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三人の中の一人

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チュンチュン

小鳥のさえずりでぱちりと目を覚ましたのはロアンヌは、元気よく起き上がるとカーテンを開ける。
今日は待ちに待った婚約式。
雲ひとつ無い青空が広がっている。今日は良い日になる。 そんな気がする。
窓を開けて、朝のすがすがしい空気を吸い込む。
「う~ん」
伸びをして最後の眠気を追い出す。
(昨日飲んだハーブティーのおかげね)
睡眠不足は美容の大敵と、アンに無理やり飲まされたけれど、その甲斐あってぐっすりと眠れた。
顔に当たる日差しも温かく、お天気も私達を祝福してくれているようで、幸せな気分になる。

これからのスケジュールを考えると大変そうだけど……。
髪を洗うのは分かる。だけど、お風呂に2回も入ることになっている。
(どうして? 一回で十分だと思うけど……)
まあ、でも、アンが、そう言うんだから従うしかない。 なんと言っても 私のおしゃれの先生だし。
さあ、準備に取り掛かろう。
しかし、窓を閉めようとした手が止まる。
土煙を舞い上げて、一頭の馬がこちらに向かって来る。
(こんな朝早くに誰?)
黒くて大きな馬に黒髪の大柄な男は乗っている。
「嵐?」
(まさか?)
馬上の男は、風を受けて髪は乱れ胸元がはだけている。着の身着のままと言っていいくらいラフな格好だ。
でも、近づいてくる男はレグールで間違いない。
だけど、レグールらしくない。
いつも完璧な装いなのに ……。

じっと見ているうちに、シャツの下がどんなに素敵か思い出して一人で頬を
染める。
「ふふっ」
 そんな不埒な事を考えていた。
しかし、下から聞こえる使用人の声に我に返る。
そこうしている間にも、どんどん近づいて来る。もうすぐ門を潜ってしまう。大変。見惚れてる場合じゃない。現実に引き戻されたロアンヌは、出迎える前に顔を洗って何か羽織ろうと、
くるりと踵を返す。
しかし、振り返った時には別のことを考えていた。こんな早朝に来たのは、
何か不測の事態が起きたのだ。
後で会うことになっているんだから、
それ以外に考えられない。
( ……… ) 
ぎゅっと口をひき結ぶ。



下に降りようと踊り場に着くと、既にレグールの姿があり 玄関ホールで、何かを突きつけながら執事と言い争っている。
それを取り囲むように人だかりができていた。今にも胸ぐらを掴みそうなほど詰め寄っている。
(何をそんなに揉めてるんだろう)
眉をひそめる。

とにかく止めよう。
急いで階段を駆け下り始めた。すると、その前に私に気付いたレグールが振り返った。その顔は青ざめ、まるで病み上がりのように影が顔にできている。一晩で老人になったみたいだ。
その代わりように足が止まる。
( こんなになるなんて何があったの? )
「レグール様?」
「ロッ……ロアンヌ……」
目が合った刹那、レグールの瞳に驚きが浮かぶ。そして、安堵の涙があふれた。
(えっ、泣いてるの?)
初めて見るレグールの涙に 動揺が隠せない。何があった分からないが、どうやら原因は私らしい。 慌ててレグール
の元へ向かおうする。すると、レグールが二段飛ばして階段を駆け上がってくる。

階段の途中で出会うと、レグールが骨の折れるほどきつく抱きしめる。
「ああ、ロアンヌ。ロアンヌ。ロアンヌ。本当に良かった。本当に…… 良かった。本当に……」
「はい。レグール様。私です」
その取り乱した姿に余程の心配事があったのだろうと察しする。
とりあえず安心させないと。
宥めるように背中を優しく叩く。
すると今度は、私の腕を掴んで体を離したかと思うと、大きな手で頬を挟まれた。
「ロアンヌ。顔を見せて、本当に君なんだね」
「はい。私……」
本人かどうか確かめるように瞳を覗き込んで来る。驚いたことにレグールの瞳は激しく揺れていて、黒かと見紛うほど色を濃くしていた。

さっきの涙といい。
レグールのみせるその烈しい感情に飲み込まれた。
その瞬間、雷に打たれた様に その思いが全身を貫く。
(ああ、この人は私を愛してくれている)
男に愛されることで自分の愛を知る。
私は恋するのも、愛するのも初めてで、自分で自分の心が分かっていなかった。でも、今ハッキリと確信した。
恋しさは愛しさに変わり、心が燃え上がり、瞳が絡み合う。私の愛がレグールに伝わる。それを感じ取ったレグールの瞳が見開かれる。そして、目を細めた。

レグールが口づけで愛を伝える。
私も愛を込めて口づけを返す。
互いの気持ちが通じ合った歓びに、激しく唇を奪い合う。
レグールが放さないと言うように、私の頭を手で支える。私も近づこうと背伸びしてレグールの頭を引き寄せる。
何時もの口づけと違ってコントロールなんて出来ない。
ムードもへったくれも無い口づけを夢中で何度も繰り返す。今までの口づけはおままごと。これが本当の男女のくちづけだ。

しかし、二人だけの世界に水をさすように大きな咳払いが何度も続く。
「ゴホン。ゴホン。ゴホン」
邪魔するのは誰?
渋々口づけを止める。 だけど息は荒く、まだ足下がふわふわしていて頼りない。膝の力が抜けた私をレグールが腰を抱いて支えてくれた。
ボーッとしてて頭が回らない。

私と違いレグールは頭を切り替えている様だ。でも私は余韻に浸っていたくて、レグールに凭れかかる。
そのままぼんやりと辺りを見回すと、
階段の下には何時の間にか両親も顔をそろえていた。
(何で、こんなに集まってるの?)
そう考えた。そして、気づいてしまった。両親や使用人が見ている前で、レグールと挨拶以上の口づけをしたところを見られたと。
顔から火が吹くほどの恥ずかしさに襲われる。 みんなの顔がまともに見られない。レグールの背に隠れる。
(ああ、もう……)
しかし、別のことに気を取られていて、誰もそのことを気にする様子はない。

お父様も執事も真剣な顔でレグールと話をしている。
何の事か分からない。一人だけ話についていけないのは面白くない。
仲間外れは嫌だとレグールのシャツを
引っ張っる。
「いったい何の話をしてるんですか?」
「ああ、実は」
レグールが口を開いたが
「ここで話していても仕方ない。場所を変えよう」
話し終わる前に 父の一言でゾロゾロと移動することに。
(聞きそびれてしまった)

レグールが肩を抱き寄せると私の頭にキスをする。見上げると穏やかな笑みを浮かべている 。
一体何が何やら、分からないままついて行く。

執務室に入ると、お父様とお母様、執事に警備隊長。そして、メイド長のアンが着席している。私もレグールと並んで座る。
我が家のブレーンが揃ってる。
どんな話し合いがもたれるんだろう。 
重苦しい空気が漂う中、レグールが机の上に紙を置く。
「今朝、これが届けられました」
みんなの目が一斉に、その紙に皆の目が注がれる。

お父様が、読み終わるとお母様へと、一人一人 紙を読んでは隣に回す。
その間に執事が内容を説明してくれた。
(私以外もう皆知っている様だ)
「レグール様の所に、お嬢様を攫ったので、返して欲しければ今日の婚約式を中止するようにと言う内容の脅迫状が届いたんです」
(えっ、脅迫状?)
「私を?」
自分を指さすと全員が頷く。
初めてレグールの行動の意味が理解できた。でも、私はここにいる。
狐につままれた話しに眉を顰める。
いったい誰が、こんなイタズラを。

そう思っていた。
回ってきた脅迫文を読むまでは。
首を捻りながらを読んでいたが、そのうちに手が震だす。
(これは……)
『ロアンヌ嬢は ジジイのお前との結婚を望んでいない。嫌がる女性と無理やり結婚するなど、男の風上にも置けない。お前がこの結婚を取りやめるまで、ロアンヌ嬢は預かる。
返して欲しければ金の用意をしろ。金額は追って知らせる』

この文字。見覚えがある。
何度も目にした物とそっくりだ。
(まさか……)
あの手紙の送り主の一人?
パッとアンをみると、私と同じように顔を強張らせている。
その顔を見て自分と同じことを考えていると分かった。手紙には色々と書いてあったけど、こんな恐ろしいことをするなんて思ってもみなかった。

『返事など書いたら、その気があると思われてしまいます。だから無視するのが一番です』
そういうアンからアドバイス通りにしていたのに……。 大事になってしまった。
「どうしたロアンヌ?」
お父様の声に皆が私に注目する。
隠しても仕方ない。 意を決して口を開く。
「実は……」


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