蓬莱皇国物語Ⅵ~浮舟

翡翠

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迷走

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 周が行方不明になってしまって朔耶は、自分が激情のままに振る舞ってしまった事を後悔した。部屋から出る気力もなく思うように食事も喉を通らない。 

 薫に会うのも怖かった。彼に奪われたくない。それだけの理由で周を傷付けた。薫が知れば傷付く。 

 何も望んではならない。言われるまま信じて生きて来た反動は、愛しい人への独占欲となってむき出しになった。 

 周の手を縛った絹のネクタイが、持ち主に置き忘れられたままで手に取って唇を噛み締めた 嫌われたとは思わない。周は本気で抗わなかった。 

 ただ朔耶の予想以外の事があった。学院に残っている彼の噂は下級生を、次々に餌食にしていた事と従弟の夕麿への片想いだけ。常に誰かを抱く側だった話だ。それなのに……明らかに周の身体は誰かに抱かれた事がある痕跡があった。 

 欲情に朱く色付く乳首は繰り返し愛撫を受けて育てられた形をし、 押し開いた蕾は確かに固く閉じてはいた。すぐに長い間、誰も受け入れていなかっただけだとわかってしまった。 

 周を抱いた者がいる……それが朔耶を苛立たせ、嫉妬に駆らせた。官能にむせく周は朔耶が想像していたよりもずっと妖艶で淫らだった。周の身体をここまでに仕立て上げた人間がいる。年齢を考えれば当たり前かもしれない事も、純粋で潔癖な年代の朔耶には悔しくて悲しい事実だった。 

 だから酷くした。気を失うまで攻め続けた。強過ぎる快楽に耐え切れず、懸命に許しを請う周を尚も攻めたてた。さすがに体力が尽きて気を失うように朔耶も眠り、目覚めた時にはもう周の姿はなかった。彼が消息を絶ったのを知ったのは、3日後に清方からかかって来た電話でだった。武に全てから身を引くという手紙が届いたと。 

 自分が追い詰めた……… 

 義理の兄にもうすぐなる清方に、朔耶は泣きながら自分のした事を話して謝罪した。清方や高子に申し訳が立たないと周が泣いていた事も。 

 清方はすぐに飛ぶように朔耶の所へと来た。そして朔耶の罪ではないと告げた。周の弱さを自分が計り間違えたのだと清方は言ったのだ。しばらく待っても戻らない場合は、あらゆる手段を使って見付けると。

 周は弱い。だが自ら生命を絶つような真似は、決してしない事だけは確かだった。それが朔耶を取り返しのつかない程に、打ちのめしてしまうと周にはわかっている筈だった。心臓の手術をして彼の未来を繋いだのは他ならぬ周だ。周は医師である。その責任に於いて大切な患者が、生きる力を失う手段は選択出来ない。だから逃げ出したのだ。

 どこかにいる。清方にはその確証があったからありのままを朔耶に話した。それだけだった。

 問題は薫だった。周が早朝に酷く取り乱した様子で、学院を出て行くのを多数の生徒が目撃していたのだ。当然、御影 三日月の耳に入り、薫にも伝えられてしまった。

 前日、周が朔耶を連れて戻ったのは皆が知っている。誰がどう考えても朔耶との間に、何かあったらしいのはわかってしまう。周が取り乱していた事から、朔耶が原因を作ったらしいとも。憶測が一人歩きして、部屋から出て来ない朔耶が不利になる。清方が仕切りに学院に来て、朔耶の部屋に出入りしているのも噂になっていた。いつまでも部屋から出て来ない朔耶に痺れを切らした薫が、朔耶を特別室に呼びつけたのはちょうど、清方が朔耶の所に来ている時だった。 

 朔耶は既に覚悟を決めていた。罵られようと嫌われようと周を想う気持ちは揺るがない。薫に譲れるくらいなら無理やり関係を持ったりはしない。周を傷付けても欲しかったのだ。 

「朔耶、私が何で呼んだかわかってるよね?」 

 薫が睨み付けながら言った。背後には久留島 成美が控え、少し離れて三日月と月耶がいた。 

 朔耶は無言で頷いた。 

「周先生に何をしたの!?」 

 大きな瞳が涙で潤んでいた。 

「周先生は…薫の君、あなたには渡さない。だから彼を私のものにしたのです」 

 成美が驚愕の表情を浮かべた。 

「周先生は本気で抗わなかった……それだけです」 

「意味…わからない」 

「わからないでしょうね、あなたには。あなたはただ与えられるものを享受しているだけですから。御影家はあなたをそのように育てて、私たち兄弟もあなたがそうあるように守り続けて来ました。あなたの周先生への想いは、身近な大人に甘えている事の延長に過ぎません。 

 周先生の苦しみや迷いが、あなたにはわからないでしょう?」 

 身分の差など今は関係ない。 

「兄さん、それはいくら何でも…」 

「口を出さないでください、三日月。薫の君はもう囚われの宮さまではなくなるのです。今のままでは外では生きてはいけません」

 事実だった。自分が置かれていた状況から考えて、やはり薫は暗殺される運命だったと。 

 武が救い出しに来た。武と夕麿が繰り返し狙われた話を聞いて朔耶は薫が、このままでは外では生きては行けないと感じていた。わずかな日数でも外にいて学院都市との違いも理解した。 

「薫の君、あなたには周先生が守れますか?あなたの伴侶になるという事は、周先生の身に危険が及ぶ可能性があるという事です。 

 武さまはご自分のお生命いのちを危険におさらしになられても、ご伴侶の夕麿さまを守られたそうです」 

 守る意味も守られる意味も薫にはわかってはいない。だから現実を知らせたい。 

「朔耶、何を言ってるの?守るのは久留島さんとか、成瀬さんとかのお仕事でしょう?」 

 予想した通りの言葉だった。 

「武さまと夕麿さまも皆さまに守られていらっしゃいました。それでも危険はありました、何度となく……」 

 言葉を紡いだのは清方だった。 

「武さまのお身体にはたくさんの傷痕があります。最後にお生命を狙われて投与された薬剤の後遺症が残られています」 

 清方は防げなかった数々の事に今でも胸が痛むのだろう。伏せた視線が物語っている。 

 武は極度のストレスに曝されると脳の機能が拒絶反応を示すのだと先日、清方から教えられていた。まるで小さな子供のように、夕麿に縋り付いて子供のような言動をしてしまい、もっと酷くなると自分で何も出来なくなる。一時は消えたと思った影響は、歳月を経るにつれて顕著に激しくなって姿を現し続けているのだと。 

 これに全員が苦しみ続けている。守れなかったと。 

 薫の伴侶になるには覚悟がいる。夕麿が辿った苦悩と辛酸の道を歩む可能性がある。本心は周にはそんな道は歩かせたくはない。彼は十分にこれまでの人生で、辛く哀しい想いをして来た。それでも周自身が選ぶならば……どんな事をしても守ろう。今度こそ守り抜くと清方は雫と共に決心していた。 

 薫の告白を拒絶した周の言葉を聞いて、清方は彼自身が自覚していない想いを感じていた。けれど…朔耶が予想外の過激な手段に訴えた為に、臆病で脆い周は自分の想いを自覚する前に混乱したのだと思えた。 

 ここで薫が朔耶を責めても何の解決にもなりはしない。 

「周は今、雫たちが探してくれています。学院からタクシーで駅まで行ってATMで現金を引き出したのまでは確認されています」 

 駅の改札口に設置されている監視カメラに、周が構内へ入って行く姿が映っていた。鉄道を利用して移動した事は間違いない。上りに乗車したのか、下りに乗車したのかがわからない。通勤時より前の早朝だった為、特急などはその時間帯にはまだなかった。 

 雫は各駅の改札口の監視カメラの録画を取り寄せて調べる手続きをした。兎に角、周がどの駅で降りたのかがわからなければ探しようがないのだ。雫たちだけで探索している為に限界がある。 

 周は紫霄に在校している時から、夏休みなどに一人で旅行するのが常だった。旅慣れている。もし他の路線と接続している方向へ行ってしまっていた場合、探索はかなり困難な事になってしまう。スマホはGPSの追跡を考えて、電源が切られたままだった。カルテとして使用しているメディアは、朔耶の部屋に置いたままになっている。現金を使用している為にクレジットカード使用の追跡も不可能だ。 

 武も夕麿も心配していた。2人共、周の幸せを願うからこそ無事を祈り続けている。 

「朔耶、ごめんなさいは?悪い事をしたらごめんなさいでしょ?」 

 薫一人が状況を飲み込めていない。 

「薫の君…」 

「朔耶、ちゃんとごめんなさい言って」 

「誰に………あなたに言えと?何ゆえにあなたに謝罪しなければならないのです!?」 

 何故わからない。朔耶は苛立ちさえ感じていた。 

「私が謝るとしたら…周先生にです。あなたに謝罪する理由も意味もありません。 

 何故わからないのです。何故……」 

 周の身を案じる朔耶の頬を涙が零れ落ちた。両手で顔を覆って全身を震わせて声もなく泣く。清方はそんな彼を抱き寄せた。 

「大丈夫です、朔耶。周は必ず帰って来ます。雫や貴之の情報網や探索を信じましょう」 

 朔耶は頷くと清方に縋り付いて泣いた。 

「薫さま。周の乳兄弟として申し上げます。私はあなたの伴侶として周を差し上げるわけには参りません。あなたでは周を死なせてしまう」 

 生まれてすぐに肉親から離されてしまった清方にとってずっと周だけが身内だった。互いに肌を重ねて報われない想いを慰める関係ではあっても。大切な大切な愛しい存在だった。恋愛感情ではなくても、確かに清方は周を愛していた。

 この状態の薫では周は自分の生命を差し出して終わってしまうだけだ。


 シティホテルの一室に周はずっと籠もっていた。前金でかなりの額を払い残りの金も預けたにも関わらず、ホテル側はクレジットカードの提示を望んだ。身一つで手ぶらで姿を現した周を明らかに信用していないか、自殺でもしないかと心配しているらしかった。 

 周はチェックインするとそのまま部屋から出なかった。それなりの規模のシティホテルでは必要な物はある程度揃えてもらえる。周は着替えを揃えて部屋で過ごした。 

 バスルームに入れば鏡に写る身体には、朔耶の口付けの跡が無数にあるのが嫌でも目に入る。朔耶の暴挙に驚き焦ったのは最初の間だけだった。 

 久しく誰にも触れず誰にも触れられていない身体は、どうみても手慣れた朔耶の手で次第に溺れていった。だが途中で周が初めてでない事に彼は気付いてしまったのだ。欲望に染まった朔耶の顔が瞬く間に嫉妬と悲しさに歪んだ。周と朔耶の年齢差を考えれば余りにも子供の感覚かもしれない。だが周の紫霄での噂や記録には、抱く側だった事しか存在してはいない。周を抱いたのは清方と雫だけだ。清方との関係はほぼ10年程。後悔してはいない。清方も雫も愛している、今でも。恋愛感情ではない不思議な愛情ではあるが。

 それでも朔耶に悟られあんな顔をさせてしまった事が辛かった。彼を悲しませたくはなかった。夕麿が武の傍らで笑っているように、朔耶にも笑っていて欲しかった。

 それなのに………………周にはもう何をどうして良いのかすらわからなかった。紫霄の理事室で走り書きした全ての事の辞職願いを武に宛てポストに投函し、列車に飛び乗りここまで逃げて来た。海の見えるこの街のホテルまで。

 そろそろどこへ行くかを決めなければならない。全てを捨てて……何処へ行こう?何処へ行けば良いのだろう?自分の居場所は何処にあるのだろう?何処にいても自分だけが異邦人な気持ちがした。ただ武だけが居場所を与えてくれていた。

 だが……夕麿と共にある事に本当の幸せを見出した時点で周の役目は終わりを告げた。だから周は宮大夫を辞したのだ、医師に専念すると言って。

 振り払っても振り払っても、朔耶の嫉妬と悲しみに歪んだ顔が浮かんでは消えた。周の心には真っ黒な絶望しかなかった。



 あの日以来、朔耶は薫に完全に無視されるようになった。 

 食事はほぼ部屋へ運んでもらい朔耶が出る事は余りない。それでも白鳳会の長として出席しなければならない会議があり、清方に付き添われて校舎へと赴かなければならない。 

 生徒たちの眼差しは冷たかった。薫の想い人に横恋慕した挙げ句にその相手を陵辱した。そのような噂が学院を席巻していたのだ。行方知れずになった日の朝の周の様子と、薫の朔耶に対する態度から憶測された噂。なまじまるっきり嘘ではないだけに、朔耶は辛い立場に追い込まれていた。生徒会長時代の彼は思慮深く声を荒げる事もない穏やか人物として、生徒たちに絶大な信頼を寄せられていた。 

 上級生や下級生と付き合っていた。 

 そういう噂もあった。ただ心臓に病を抱えている為、活発に身動き出来ない。余り長くは生きられない身体だと同情と憐れみの眼差しを向けられていた。病を治療した途端、眼差しが真逆になった。朔耶は自分の罪は認めている。だから薫の態度も生徒たちの冷たい眼差しも甘んじて受けていた。 

 清方はこの義弟が心配で毎日のように学院に来ていた。療養中であるのに朔耶は食事も満足に摂らず、痩せ細り憔悴して行く。朝夕にブドウ糖とビタミン剤を点滴投与していなかったら、朔耶はとっくに病院に逆戻りになっていた。三日月も月耶も当然ながら薫の側になった。多分三日月は朔耶の出生の真実に気付いている。朔耶が護院家へ引き取らるに当たって、両親から聞かされたのかもしれない。 

 朔耶ではなく三日月が御影家の後継ぎであると、物心ついた時から言い聞かされて来た事だった。薫の為にお前は生きるのだ。そう言われて育った。けれどどんなに言い聞かされても朔耶には違和感があった。薫に付き従って生きるのも、運命を共にするのも嫌なわけではない。しかし薫をあんな風に育てて良いのだろうか?あれでは薫の人としての姿を無視しているようなものだ。紫霞宮夫妻と彼らの忠臣たちと出会いが、朔耶が抱え続けていた疑問に答えを与えたのだ。間違ってはいない、と。 

 薫が主治医として通って来る周に憧れ、恋と呼ぶにはまだまだ不十分な感情を抱いていると気付いたからこそ、朔耶は周を呼び出して直接話をしたのだ。周は自分の在校時代の醜聞を素直に認めた。夕麿への片想いは学院に残る者の推測に過ぎない。その潔さに朔耶は彼に対する認識を改めさせられた。

 恋に変わったのは多分、心臓の治療が出来ないかと奔走してくれた頃だ。まずは附属の病院に交渉して周自らが徹底的に検査をした。レントゲン、CT、エコー…附属病院にはMRIこそなかったが、周はそれを持って保に相談したのだ。

 朔耶の身体を今までそこまで気にかけてくれた者はいなかった。彼は実家の御影家には捨て駒に過ぎなかったのだ。武に話が行き、朔耶は『暁の会』の救済対象になり、そして清方の両親、護院夫妻が身元引受の名乗りを上げたのだ。

 会議を終えた後、昼食の為に校舎側の食堂の前に来た時だった。不意に傍らにいる清方の携帯が鳴った。

「はい…え!?…見つかった?………ええ、わかりました……………雫、ありがとう」

 清方の口から出た言葉に朔耶は息を呑んだ。

「朔耶、周が見付かりました。滞在していたホテルで倒れて、所持していた身分証明書から御園生家に連絡が行ったそうです。倒れた原因は軽い脱水症状と栄養不良。あなたも入院していた病院に搬送されました。もちろん生命に危険はありません」 

「…良かった…良かった…」 

 朔耶は清方の腕を掴んで涙を流しながら呟き、そのままズルズルと床に崩れ落ちた。両手で大理石の床を叩くようにして、朔耶は人目もはばからずに声を上げて慟哭どうこくした。 穏やかで感情の起伏を余り見せない彼のそんな姿に、居合わせた生徒たちが驚いて立ち竦んでいた。その中には薫と三日月、月耶に成美の姿もあった。 

「朔耶、寮に戻りましょう、ね?」 

 抱き起こして言うと彼は泣きながら頷いた。 

「久留島警視」 

「はっ」 

「申し訳ありませんが、寮に食事を…」 

「承知いたしました」 

 任務中ゆえに彼は周の事を訊かなかった。それでも応えた彼の表情は明るかった。

 寮に戻って2時間程して、朔耶の部屋に義勝と雅久が来た。清方を周の元へ向かわせようという夕麿の配慮からだった。 

 周が見付かった今、朔耶がどのような行動に出るかわからない。今まで彼を支えていたのは、周の無事を確認した一念だったとわかっていたからだ。義勝は未だ駆け出しとはいえ精神科医である。雅久の相手を包み込むような優しさも、朔耶の気持ちを落ち着かせるだろう。 

 夕麿はそう判断して武がそれを承知した。清方を送り出して義勝と雅久は朔耶と向き合った。 

「俺たちを覚えているか?」 

「はい、紫霞宮夕麿さまの時の副会長、御園生 義勝先輩と…戸次 幸久君の叔父上、御園生 雅久先輩」 

「そうだ。夕麿に頼まれて来た」

「はい…」 

「俺たちは周さんの事情とかも知ってる。何か訊きたい事はないか?」 

「義勝…」 

 雅久が柳眉を逆立てた。 

「夕麿と武の許可は出てる。ついでに成瀬さんの許可もな」 

 そう言っても雅久は不満そうだった。 

「あの…周先生に恋人は…」 

「恋人?いや、あの人は夕麿への片想いが長かったからな。遊び相手はかなりいたが特定の相手は…」

 そこまで言って義勝は言い淀んだ。恋人ではないが特別な相手はいた。そう、清方だ。

「恋人ではないけれど、特別な方がいらっしゃったのですね?」

「…」

「周先生はその方と…」

「それはそんなに大事な事ですか?あなたの周さまへの気持ちはあの方が、過去にどのようなお付き合いをされていたかで、変わってしまう程のものですか?」

 雅久の凛とした言葉が響いた。

「私には高等部2年の途中からしか記憶がありません。自分がどこの誰で、どのような方と交流があったのか。誰を愛していたのか。何もわからなくなってしまいました。今も僅かな断片しか戻っておりません」

 雅久は言葉を切って傍らにいる義勝を見詰めた。

「彼はそんな状態になった私を、変わらずに受け入れて愛してくださいました。あれから10年の歳月が過ぎた最近になって、私は何故記憶を失うような事になったのか。やっと話していただきました。彼は私の事で苦しんだと思います。当の私は何も覚えてはいなかったのですから。それでも過去よりも明日を見詰める事を、皆さまに教えていただきました」

 雅久の優しい言葉が続く。

 幼い周の逃げ場所は歳の離れた兄のような存在である清方と隣家の従弟だけだった。同じように両親が不仲だった義勝には、その悲しさがわかる。ただ義勝の場合は両親のどちらも、息子には関心がなかったというだけだ。

 生まれてすぐに母の実家に捨てられた清方。

 自分が遅れて生まれた事が、両親を不仲にしたと思う、周。

 その二人を誰が責められるというのか。責めて欲しくはない。責めるべきではない。

「周さんはきっと君に気付かれた事が辛かったんだと俺は思っている」

「周さまは優し過ぎて弱いお方なのです」

「私は…嫉妬にかられて、酷い事を…」

 どれだけ周は傷付いただろうか。そう思うと涙が込み上げて来る。拳を握り締めた朔耶を雅久が立ち上がってそっと抱き締めた。

「卒業式までもう10日余りです。その頃には周さまもお元気になられています。今の素直なあなたの気持ちを、あなた自身の口で伝えてあげてください」

 双方が傷付いてしまう事を誰も望んではいない。むしろ周を薫の主治医として学院に派遣した事で、彼を傷付ける結果を呼んだと武が胸を痛めている。周の行方がわからなかったこの20日近く、武はずっと周の身を案じ続けていた。結果、ストレスを溜めた彼は、発作を起こして昨日から伏せっている。

 武が一番、周の幸せを願っていた。周の想い人である夕麿を奪ったのだからと。

 この話を聞いて朔耶は無言で雅久の腕の中で頷いた。もう 周に許されなくても良い。卒業したら会いに行ってちゃんと謝罪しよう。そして自分も周と同じ医師になる道を行くと話そう。身体をしっかりと治して外の大学の医学部へ。

 朔耶はそう決心していた。

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