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一章・化け猫ねねこの聖痕
満腹ねねこの困惑する指摘および脅迫的世迷い言
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猫耳付きの美少女が自室にいる。
この光景に目眩を覚えずいられるか。
しかもこいつは自分が過去に書いた小説の登場人物、いや登場猫物(と思しき生命体)である。
思わずLINE友だちに報告した。
【実在しないはずの化け猫キャラが来た。今目の前ですごい量のファミチキをがつがつ貪り食っているよ】
【太陽、また嘘ばっかり言っちゃって】
【だと思うじゃない。でもマジ】
【写真撮ったら送って】
【うん、撮ろうとしたの。そしたら引っ掻かれた。ゴースト臭い子なんだけどやはり実体でさ、幻覚とは違うよ】
【ヒマなのねえ。小説の続きでも書きなさいな】
【忙しいわい! 忙しいけどこそこそ書くのがぼくキャラだって知ってるだろ!】
「太陽君、スマホばっかり触ってないで君もおひとつ食べたらどうですか」
「何? おおーっ?! ぼくの分がマジでひとつしか残ってない! ねねこ、お前ってやつはどんだけ早食いで大食いなんだっ」
スマホを放り投げて、最後のファミチキを確保しなければならなかった。
ねねこがわずかに残された理性で(たとえわずかであれ)ぼくにもチキンを食べさせてやろうと考えてくれたことは、ある種の奇蹟的展開。
「コーヒーをいれてあげます。あいにく不味いインスタントしかありませんが。わたしと揉めたくないならば、素直な犬のように喜んで飲めば良いと思います」
「ぼくの部屋でぼくが毎日飲んでるものを不味いとか言うな。と言うか、何だね、そのツンツンした態度は。そんな性格の子には設定していなかったはずだ。ねねこ、お前まるで別の物語の影響を受けてるみたいだぞ」
別の物語の影響。
あ、デジャヴ。
エヴァンゲリオンを初めて観た時と同じ既視感がした。まるで同じおとぎ話を以前もこの場所でこいつと共有していたかのような。
「意外と部屋もキッチンも綺麗なのですね。太陽君がこんなにまともっぽく一人暮らしをしているのは予想外でした。この室内状況をご覧になったら、お母様もさぞご安心されることかと」
「やかましいわ。架空のキャラが作者の実母の話なんか持ち出さなくていいわ。あと部屋の物には勝手に触らないでくれ」
「理解しました。壁や床には適当に爪跡を残しますが、その辺の汚い物には触りません」
「わかってないな……賃貸なんだぞ……汚い物なんかも特にないよ……」
「あの、文字数の無駄打ちはこの辺でやめにして本題に移りませんか? わたし、ちゃんと話し合いたいんです」
おい、誰のフリで終わりの見えない無観客漫才が始まりかけた。いちいちつっこんでほしそうな猫目が小憎たらしい。その泣き出しそうな小芝居もよせ。
よく覚えていないが、まさか調子に乗せると際限なくふざけたがる設定だったか? あるいは朝から食物を摂取すると、理性が崩壊してグレムリンみたいにからんでくると? 大量のファミチキなんか、買い与えるべきではなかったのかもしれない。
「先に聞いておくとしよう。ねねこよ、お前は、本当にねねこなのか?」
「先に言っておきます。私はねねこです。にゃんにゃん。凡俗の中の凡俗であり卑屈の天才作家である君・泡沫太陽が約二年前に発表しかけたお蔵入り短編小説『化け猫ねねこの意味不明』の超絶美形ヒロインです。本日はお日柄もよく、はるばる君に世迷い言をお届けに参りました。どうぞよろしくお願いします。はい、コーヒー」
「なんてこった、果てしなくめんどくせえ。夢なら覚めてほしい。あ、コーヒーはいただきやす」
「夢と言えば夢。この世界はほぼ半仮想現実。太陽君、君はそう感じていますよね。春、そんなブログもどきの文章も書かれていました。あれはおそらくひとつのトリガーです。
君は気付きすぎているのでは?」
ごくり。
いつものインスタントコーヒーの味がする。これこそ泡沫太陽の果てしなき現実の味というものだ。
部屋はぼくが賃貸契約した家賃格安のワンルームで、これもまた現実味がする。その辺にある物たち、家具家電や、衣類や、メガネや、本や、ノートや、筆記具や、菓子入れや、消臭剤や、その他の物もことごとくぼくの現実日常的な所有物である。
それは、思い違いのしようもないリアルだ。
日常の品々はどれも些末でありながら、大事にしようがしまいが相応に大切な欠片たちだと認識している。
さて。ここから論理的に考えられる美しき可能性なんぞを少々黙想してみると、どうだ。
職場の同僚が業務で取り扱う某かの部品然り、LINEでつながる友人が書く優しいメッセージ然り、近所のコンビニでちょっと気になるアルバイト店員の美女が絶望的大量に調理販売してくれるチキン然り。
そしてぼくの過去の華麗なる純粋想念が生み出した、この破格の人外美少女キャラクターも然り。
純粋現実の人間が誰かのために何かを創り出す以上、その行為によってこの世に現れるあらゆる事象は、いずれもがここにある現実を揺るがす証拠の一個となりえるのだ、と言っても差し支えはない、のかもしれない。
「さっさと本題を言え、化け猫ねねこ。ひまではないけれど、話くらいは聞いてやろう。ただし言っておくが、ぼくはけして卑屈者ではない。見得を切らせていただくとしたら、我こそは不滅の太陽。正真正銘の灼熱自虐愛好家にして、大天才なんて絶対自負しちゃいないメガネっ子、生まれながらに同じ穴のムジナさえ地味に驚かせるちょっぴり消極的イケメン、んでその本質は! ただの退屈な、一般ピープルなのさ」
この光景に目眩を覚えずいられるか。
しかもこいつは自分が過去に書いた小説の登場人物、いや登場猫物(と思しき生命体)である。
思わずLINE友だちに報告した。
【実在しないはずの化け猫キャラが来た。今目の前ですごい量のファミチキをがつがつ貪り食っているよ】
【太陽、また嘘ばっかり言っちゃって】
【だと思うじゃない。でもマジ】
【写真撮ったら送って】
【うん、撮ろうとしたの。そしたら引っ掻かれた。ゴースト臭い子なんだけどやはり実体でさ、幻覚とは違うよ】
【ヒマなのねえ。小説の続きでも書きなさいな】
【忙しいわい! 忙しいけどこそこそ書くのがぼくキャラだって知ってるだろ!】
「太陽君、スマホばっかり触ってないで君もおひとつ食べたらどうですか」
「何? おおーっ?! ぼくの分がマジでひとつしか残ってない! ねねこ、お前ってやつはどんだけ早食いで大食いなんだっ」
スマホを放り投げて、最後のファミチキを確保しなければならなかった。
ねねこがわずかに残された理性で(たとえわずかであれ)ぼくにもチキンを食べさせてやろうと考えてくれたことは、ある種の奇蹟的展開。
「コーヒーをいれてあげます。あいにく不味いインスタントしかありませんが。わたしと揉めたくないならば、素直な犬のように喜んで飲めば良いと思います」
「ぼくの部屋でぼくが毎日飲んでるものを不味いとか言うな。と言うか、何だね、そのツンツンした態度は。そんな性格の子には設定していなかったはずだ。ねねこ、お前まるで別の物語の影響を受けてるみたいだぞ」
別の物語の影響。
あ、デジャヴ。
エヴァンゲリオンを初めて観た時と同じ既視感がした。まるで同じおとぎ話を以前もこの場所でこいつと共有していたかのような。
「意外と部屋もキッチンも綺麗なのですね。太陽君がこんなにまともっぽく一人暮らしをしているのは予想外でした。この室内状況をご覧になったら、お母様もさぞご安心されることかと」
「やかましいわ。架空のキャラが作者の実母の話なんか持ち出さなくていいわ。あと部屋の物には勝手に触らないでくれ」
「理解しました。壁や床には適当に爪跡を残しますが、その辺の汚い物には触りません」
「わかってないな……賃貸なんだぞ……汚い物なんかも特にないよ……」
「あの、文字数の無駄打ちはこの辺でやめにして本題に移りませんか? わたし、ちゃんと話し合いたいんです」
おい、誰のフリで終わりの見えない無観客漫才が始まりかけた。いちいちつっこんでほしそうな猫目が小憎たらしい。その泣き出しそうな小芝居もよせ。
よく覚えていないが、まさか調子に乗せると際限なくふざけたがる設定だったか? あるいは朝から食物を摂取すると、理性が崩壊してグレムリンみたいにからんでくると? 大量のファミチキなんか、買い与えるべきではなかったのかもしれない。
「先に聞いておくとしよう。ねねこよ、お前は、本当にねねこなのか?」
「先に言っておきます。私はねねこです。にゃんにゃん。凡俗の中の凡俗であり卑屈の天才作家である君・泡沫太陽が約二年前に発表しかけたお蔵入り短編小説『化け猫ねねこの意味不明』の超絶美形ヒロインです。本日はお日柄もよく、はるばる君に世迷い言をお届けに参りました。どうぞよろしくお願いします。はい、コーヒー」
「なんてこった、果てしなくめんどくせえ。夢なら覚めてほしい。あ、コーヒーはいただきやす」
「夢と言えば夢。この世界はほぼ半仮想現実。太陽君、君はそう感じていますよね。春、そんなブログもどきの文章も書かれていました。あれはおそらくひとつのトリガーです。
君は気付きすぎているのでは?」
ごくり。
いつものインスタントコーヒーの味がする。これこそ泡沫太陽の果てしなき現実の味というものだ。
部屋はぼくが賃貸契約した家賃格安のワンルームで、これもまた現実味がする。その辺にある物たち、家具家電や、衣類や、メガネや、本や、ノートや、筆記具や、菓子入れや、消臭剤や、その他の物もことごとくぼくの現実日常的な所有物である。
それは、思い違いのしようもないリアルだ。
日常の品々はどれも些末でありながら、大事にしようがしまいが相応に大切な欠片たちだと認識している。
さて。ここから論理的に考えられる美しき可能性なんぞを少々黙想してみると、どうだ。
職場の同僚が業務で取り扱う某かの部品然り、LINEでつながる友人が書く優しいメッセージ然り、近所のコンビニでちょっと気になるアルバイト店員の美女が絶望的大量に調理販売してくれるチキン然り。
そしてぼくの過去の華麗なる純粋想念が生み出した、この破格の人外美少女キャラクターも然り。
純粋現実の人間が誰かのために何かを創り出す以上、その行為によってこの世に現れるあらゆる事象は、いずれもがここにある現実を揺るがす証拠の一個となりえるのだ、と言っても差し支えはない、のかもしれない。
「さっさと本題を言え、化け猫ねねこ。ひまではないけれど、話くらいは聞いてやろう。ただし言っておくが、ぼくはけして卑屈者ではない。見得を切らせていただくとしたら、我こそは不滅の太陽。正真正銘の灼熱自虐愛好家にして、大天才なんて絶対自負しちゃいないメガネっ子、生まれながらに同じ穴のムジナさえ地味に驚かせるちょっぴり消極的イケメン、んでその本質は! ただの退屈な、一般ピープルなのさ」
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