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第五章

96 使い捨てられるリチャードの宝物

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「さて、と。これで終わりだと思ってもらっては困りますよ。さぁ、覚悟してください。ここからです。ここからが私の復讐の本番なのです」
「なっ……」

 アメリアの無情な宣言を聞いたリチャードは思わず絶句する。城塞都市オーランデュを奪われた時点で彼の、オーランデュ侯爵家の誇りはこれ以上ない程に踏みにじられている。
 また、オーランデュ侯爵家の当主であるリチャードは先祖代々受け継いできた城塞都市を奪われた事で今迄の人生で味わった事がない程の屈辱を味わっているのだ。
 だが、彼に屈辱を与えた張本人であるアメリアはこれで終わりではないという。彼が絶句するのは無理もない事だろう。

「きっ、貴様っ、これから一体何をするつもりだ!?」
「ふふっ、それはすぐに分かりますよ。さぁ、次の会場へと移動しましょうか」

 そして、アメリアが指を鳴らすと、二人は再び別の場所へと転移する事になるのだった。





 彼等が転移した先、それは先程と同様に何処かの丘の上だった。しかし、その丘の周囲には先程まであった城塞都市の姿は全く見受けられない。ここが、先程とは全く別の場所であるのは間違いないだろうというのはリチャードにも理解できた。

「……ここは、一体……?」
「では、次のゲストをお呼びいたしましょうか」

 そして、アメリアは再び勢い良く指を鳴らす。
 すると、突如として、二人のいる丘の下に広がる大きな平原の一角に騎士のものと思われる服装を身に纏った者達が現れた。その人数は百人を超える程だ。
 しかし、リチャードは現れたその騎士達が一体何者なのかが分からず困惑を隠せなかった。

「……あれは、一体誰だ?」
「ふふっ、王国第一騎士団の団長も務めている貴方ならば彼等に見覚えがある筈では?」
「なん、だと……?」
「彼等は貴方が団長を務めている王国第一騎士団に所属する騎士、その中でもあの逃亡の時に私を追っていた者達ですよ」
「なっ……」

 アメリアのその言葉でリチャードは目を凝らしながらその騎士達の姿を改めてよく見ると、その場に集まっていた者達は彼にとっては見覚えのある者ばかりだった。
 当然、彼等もアメリアの復讐対象に入っている。

「さて、これから面白い見世物が始まります。きっと、貴方にも楽しんでいただけるかと思います。是非とも最後までご覧くださいませ」

 そして、アメリアはリチャードの元から少し離れ、その視線を騎士達のいる平原へと向けた。

「さて、と。では、最後の準備をしましょう」

 アメリアがそう言いながら指を鳴らすと、騎士達の目の前に無数の刀剣が山積みの状態になって表れた。
 それらの刀剣は、鞘や柄に豪華な装飾が施されていたり、綺麗な宝石が取り付けられていたり、と一目で明らかに非常に高価な物であると分かる様な外見をしている。
 だが、アメリアの横にいるリチャードはその山積みになっている刀剣の数々を目にした瞬間、驚愕の表情を浮かべながら慌ててアメリアの方へと振り向いた。

「あっ、あれは、まさかっ!?」
「ふふっ、そんなに慌てて、一体どうしたのですか?」
「あそこにある刀剣、まさかあれらは私のコレクションではないのか!?」
「ええ、よく分かりましたね。ご明察通りです」

 リチャードは刀剣蒐集を趣味としていた。世に名高い名工に作らせた一品物の剣であったり、鞘や柄、或いは刀身に数多の宝石が彩られた美術品や芸術品に近い剣など、価値が高い刀剣ならどんな物でも集めてきた。
 侯爵家の財力を使って集めてきたリチャードのコレクション、その総数は一万点以上にも及んでいる。
 だが、リチャードにとって、それらのコレクションは自身の生涯を掛けて集めてきた文字通りの宝だ。その為、集めた刀剣の数々は自身の屋敷の地下にある宝物庫で厳重に保管している筈である。
 だというのに、そんな自分の大切なコレクションが何故あんな所にあるのか、それが彼には全く分からなかった。

「何故、宝物庫にある筈の私のコレクションがあんな所に!? っ、貴様っ、私のコレクションを使って、一体何をするつもりだ!?」
「ふふふっ、それもすぐに分かります」

 そして、アメリアはその視線を再び丘の下の平原にいる騎士達へと向けた。

「さぁ、これよりゲームを始めましょうか。今回のゲーム、そのルールは簡単です。私の用意したそれらの刀剣を使ってこれから現れる敵の全てを倒してください。もし、全員を倒す事が出来たら貴方達の勝ち。ですが、途中で貴方達が全滅すればその時点で貴方達の敗北となります。
 また、事前にお伝えした通り、もし貴方達がこのゲームに敗北した場合、貴方達の家族の無事は一切保証いたしません。
 さ、もうすぐゲームが始まりますよ。準備を急いだ方が良いのではないですか?」

 アメリアは何らかの魔術を使って離れた場所にいる騎士達へと自分の声を届けている様だ。

「……っ」

 彼女の言葉が聞こえた騎士達は一度息を飲んだかと思うと、覚悟を決めた様な表情を浮かべて、各々が自分達の目の前にあるリチャードのコレクションを手に取っていく。
 だが、その光景の一部始終を見ていたリチャードの表情は次第に驚愕のものへと変わっていった。

「なっ、まさか、貴様っ!!」

 アメリアがこれから何をするつもりなのか、それにリチャードは気が付いたのだろう。リチャードは慌ててアメリアの方を向き、焦る様な表情を浮かべながら口を開いた。

「まさかっ、止めろっ!!」
「あははっ、お断りです」

 リチャードの意見など聞く必要が無いと言わんばかりにアメリアはそう告げると勢い良く指を鳴らす。すると、突如として彼等の周り四方八方を取り囲む様に武装した無数の人間が現れた。
 その総数は一万にも及ぶ、彼等はアメリアがリンド王国より借り受けた者達である。

「さぁ、これより貴方達の生き残りを掛けたゲームを始めましょうか!!」

 そして、アメリアが高らかにゲームの開始を宣言した直後、騎士達を取り囲んでいたリンド王国の者達の内、最前列にいた者達は一斉に騎士達へと襲い掛かった。

「死ねえええええ!!!!」
「お前達を殺せば俺の刑は軽くなるんだ!!」
「俺達の為に早く死んでくれっ!!」

 鬼気迫る表情でそんな事を叫びながら、彼等は騎士達を殺そうと一心不乱に猛攻を行っている。
 先程の言葉から分かる通り、騎士達が戦っているのは死刑囚や重犯罪者の類の者達だ。彼等はこの戦いで敵を殺せば刑を軽くするという約束で戦っているのだ。その為、彼等の士気は極めて高かった。

 だが、一方の騎士達は焦る事無く、リンド王国の者達の猛攻を冷静に対処する。

「ぎゃああああああああああああああ!!」
「があああああああああああああああ!!」

 騎士達は彼等を一人ずつ確実に仕留めていく。彼等は叫び声を上げながら死んでいく者達に見向きもしない。
 所詮は死刑囚や重犯罪者の類である。戦う為の術を身に着けて、日々鍛錬をしている騎士達の敵ではなかった。
 冷静に立ち回ったおかげか、今の所、騎士達は誰一人として欠ける様子もない。このままの立ち回りを続けていけば、今後の戦いでも不利になる事は無いだろう。

 しかし、戦っている騎士達にも問題が無い訳では無かった。その問題は彼等が全く予想していない所から発生したのだ。

「くそっ、この剣、数回使っただけでもう駄目になったぞ!?」
「こっちもだ!! この剣、装飾だけは豪華だが、実戦では全く使えない!!」

 そう、今回のゲームでアメリアが用意した刀剣はリチャードのコレクションの中でも美術品に近い物ばかりだったのだ。当然、そんな物は武器としての使用が想定されている筈も無い。
 耐久力が低い物では数回使うだけで、刀身が芯ごと圧し折れてしまう。耐久力がある物でも十数回程度で限界が訪れるだろう。
 そんな軟な物で敵を倒せているのは、ひとえに騎士としての鍛錬を続けてきた彼等の剣の腕が優れていたおかげである。

「くそっ、これも駄目になったっ!!」
「なら、早く新しい物と交換しろ!!」
「っ、ああっ!!」

 そして、彼等は自分が持っている刀剣が使えなくなる度、慌ててそれをその場に投げ捨てて、武器を新しい物へと交換しながら、敵への応戦を続ける。

「あ、ああ……」

 一つでも売れば平民の家族四人でも一年は遊んで暮らせる程の金銭になるであろうリチャードのコレクション、その数々が湯水の様に使い捨てにされていく。
 当然、今戦っている彼等は自分達の使っている刀剣の数々がリチャードのコレクションの一部だとは知る由もない。
 また、今の騎士達の様な粗雑な使い方をすれば、彼等が使っている様な美術品に近い刀剣の価値は一気に損なわれる。鞘や刀身に施されている見事な装飾は今や見るも無残な状態になり、鞘や刀身についていた筈の宝石達はその殆どが剥がれ落ち、何処かへ消えてしまっていた。

「そんな……、何十年と掛けて集めた私のコレクションが……」

 自らが生涯を掛けて集めてきたコレクションが少しずつ、だが確実に失われていく様を見せつけられるリチャードは絶望した様な表情を浮かべながら呆然と呟く。
 しかし、そんな事などお構いなしと言わんばかりに今も戦い続ける騎士達は生き残る為にリチャードが集めてきたそれらのコレクションを使い捨てるかの様に扱いながら、必死に戦い続けるのだった。
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