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第17話 ブチ抜く

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「オラァ、さっさと詫び入れて媚びやがれ! 喘いだやつから潰してやるからよ!」
「ですから、分かっていますか!? 煽り運転やひき逃げなどは現在、ドライブレコーダーやスマホで撮られてネットで晒される時代なん……いえ、異世界ですけども!」
「きゃっほーい! おとーさんすごい!」

 荒々しく笑いながら蹴散らす英成と慌てて取り乱す刹華。
 楽しそうなオルタ。
 そんな一同にカミラは、引きつった笑みを浮かべた。

「へー、やるでないの。こいつ……ううん、この子たち」

 カミラの引きつった表情がどんどんと鋭い笑みになり、彼女は思わず叫んだ。

「けっこうイカしてんじゃない! まーけられないっと!」

 カミラも黒棒をクルクルと回し、一緒に盗賊たちを蹴散らす。
 群がる男たちを軽々と蹴散らしていく光景に、オルタは余計に目を輝かせる。

「おとーさんつよい! おとーさん、セツカママ、カミラ、がんばれ!」
「風が気持ちいいわ!」
「バレたら免停間違いなしだ」 
「退学も間違いなく、逮捕です! 就職に困りますよ! 私が働いてあなたが主夫になるというのなら構いませんけども!」
「ねえ、このまま森を抜けましょう! あんたもそれでいいわね?」
「まあ、いつまでもここに居ても仕方ねーしな」

 ぐんぐんと速度を上げて、バイクは走る。

「なんて速さだ!」
「お、おいつけねえ! に、逃すなァ!」

 追いつくどころか、触れもしない速度。
 盗賊たちの声は既に遥か後方だ。英成は最高の気分でハイになっていた。

「こうなれば……出番だァ! ボスが大枚はたいて購入した―――」

 盗賊の指笛が鳴り響いた。
 駆け抜ける英成たちのバイクの前方の木々が二つに割かれていく。
 木で覆われた深い森の景色が一気に開けた。
 その奥には、巨大な岩の固まりがあった。

「あれは!」

 それはただの岩の塊ではない。山のような巨岩。そして手足が生えていた。

「なんだァ! 」
「あれは、『キョガンゴーレム』! 岩のゴーレムよ!」
「ご、ゴーレムですか!? ついに、ついに紛れもないファンタジー天然素材の登場ですよ、英成くん!」

 行く手を完全に覆うゴーレム。それどころか手を伸ばして、こちらに向かってくる。
 流石にこれはもうやりすぎだった。

「もう……もう……」
「あなた、方向転換しなさい! って、聞いてんの?」
「あー、もう……」
「何ブツブツ言ってんの?」
「いいいいいいいいいいいいいいかげんにしろコラアアアアアアアアアアア!」

 その時、何かがブチっとなった。
 そして、カミラはゾクっとなった。顔面の血管が浮き出るほど怒りに満ちた英成に。

「不良の生き方に後悔もねえ! 命懸けのドデケェケンカで死ぬなら構わねえ! だが、これはねえ! 四王者の死に様がファンタジー? ふざけるな!」
「ヤバこいつ……何の声も届かないくらいキレちゃってる……」
「ぐっちゃぐっちゃにしてやらァ!」
「無理だと思うけど冷静になりなさい! いいから、方向を変えて!」
「なあ、サン! コウ! ノブ! ファンタジーごときが四王者を殺ろうなんざ、俺たちもナメられたもんだよなァ!」
「ダ、ダメ……こいつ……もう、目がイカれちゃってる……ちょ、奥さん? あんたも止めなさ……」

 カミラの制止など耳にも入らず、バイクは更に加速する。
 ならば刹華に止めさせようとカミラが話しかけるが……

「あぁ、ここはやはりテーマパークでドッキリでもありません。まぎれもない異世界ファンタジー……私は何になるのでしょう? 女勇者? 大魔導士? 戦う相手は魔王でしょうか? モンスターとかどんなのがいるのでしょう?」
「ちょ、何かこの子までアヘアヘしてるし、何なのよぉお!?」

 既に心ここにあらずの刹華の様子に、流石のカミラも頭を抱えて叫んだ。

「おとーさん、おおきいのくるよ!」
「あんた、何勘違いしてるか分かんないけど、あれ相当硬いゴーレムなのよ?」 

 英成の腕にしがみつくオルタに、英成の肩を慌ててゆするカミラ。
 だが、英成は屈しない。

「俺たちは人に何かを譲ったことはねえ! いつだってフルスロットルでぶち抜く!」

 英成はフルスロットルでバイクを飛ばした。

「おとーさん!」

 バイクは止まるどころか、方向転換するどころか、加速して突き進む。
 その時、英成は興奮していたために深くは考えなかったが、沸き上がる力と共に、駆け抜けるバイクの速度がいつもより速い気がした。四人も乗せているというのに。
 そして、その時カミラは目を見開いた。

「ッ……この黒髪の娘《こ》……うそ!」

 それは、英成の腰にしがみつく刹華だ。
 刹華の全身が淡い緑色の光に輝いていた。

「これ、魔法じゃない……でも、この光……!」

 そしてその光が英成に、カミラに、そしてこの乗り物を包み込んでいることを。

「私まで包まれ……何!? 力が湧いて収縮されているの!?」

 その時、英成たちは跳んだ。
 気づけば、最初は止めていた刹華もノリノリで目を輝かせていた。

「俺にやってできねえことは一つもねえッ!」
「そうです、英成くん! 異世界転移した私たちにはチート無双できる力があるのです! さぁ、突貫です!」
「カカカ、了解!」
「いざ!」

 フルスロットルでぶち抜いた。
 まるで砲弾のように突き進んだバイクは、いとも容易くゴーレムというデカ物の上半身をバラバラに砕いた。

「「バラバラに砕きやがった!」」

 後方の盗賊たちもカミラも皆同じ顔で固まっていた。

「信じらんない……あんたたち……イカれてる以上に、イカしてんじゃない! あのゴーレムのレベル50ぐらいでないと倒せないのに……彼が13、この子が12、そして私が48……それなのに……」
「おとーさん、すごい!」  
「ゴーレムを砕くチートの力……やはりです! 私たちの異世界無双がこれから始まるのですね!」
「ねえ、前見て! 森を抜けるわ!」

 カミラが前方を指差した。木々の向こうには明るい世界が待ち構えていた。
 四人乗りのバイクは光る世界へと飛び出した。

「おお……」
「わっ……」

 英成と刹華が思わず感嘆の声を漏らした。
 森林を抜け出した英成の視界には、どこまでも広がるなだらかな大地が広がっていた。
 壮観だった。

「きれーだね、おとーさん! セツカママ」
「……ああ」
「そうですね……とても美しい夕日です」

 その時、怒りに狂った英成も、憧れの異世界に興奮していた刹華もようやく冷静な思考を取り戻した。
 自分たちが今まで見てきた建物やビルや街のネオンなど無い。
 遥か彼方まで続いている大地を見ながら、世界の大きさを英成と刹華は感じた。
 これほどの広大な大地をバイクで走ることが出来ることを、少し得に感じた。
 風が吹く。その風は、街の廃棄ガスなどが混ざっていない爽快な風だった。
 いっぱいに吸い込んだ空気は、英成と刹華の目を一瞬輝かせた。

「でっ、あんたたちの名前は?」

 感慨にふけっている英成に、カミラが後ろから聞いてきた。

「あ……」

 そういえば英成は名乗っていなかったことに気づいた。

「志鋼英成だ」
「近衛刹華です」
「シコウエイセイとコノエセツカね。そしてそっちが、オルタね?」
「うん!」
「ふふ、よろしくね!」

 森林から抜けたが、英成はまだバイクを止めなかった。
 今はこの雄大な土地を堪能していたかった。

「ここのまま北へ行けば、『シルファン』に着くわ。この便利な乗り物のお陰ですぐね」
「シルファン?」
「ええ。『シルファン王国』よ。一旦入って休みましょう。疲れたでしょ?」

 カミラが当たり前のように呟いたが、そこで英成はバイクを急ブレーキで止めた。


「あ……私のレベル上がってる。そっか、盗賊たちと、何よりゴーレム倒したし……うわっ、私レベル上がって49になってる! 50の大台まであと一つ! ってことはあんたたちも……わ、あんたたちも一気に5つ上がってるじゃない! レベル19とレベル18! 大したもんじゃな~い! やっぱゴーレム退治はデカいわね!」

「すまん……よく分からねーんだが……」

「わ……あ……あ……」


 英成と刹華は、雄大な景色に感動していた心が一瞬で吹き飛んだ。
 遥か彼方まで続く大地の向こうで沈む日の光を見ながら、英成は溜息ついた。

「……とりあえず、何で俺がこんなところに居るのか……ひとまずそれは置いておく」

 娘を名乗っていきなり現れた幼女。 
 自宅から一瞬で深い森の中に移動したこと。
 人が乗れる巨大なトカゲを見たこと。
 絵本に出てきそうな盗賊たちに襲われたこと。
 魔法みたいな力を使ったデンガロンハットの女。
 近所では決して見られない、雄大な大地。

「魔法だか何だかも聞かん。素人から見れば魔法使いも手品師も同じだからな」
「てじなし? なにそれ」
「盗賊もいい。どっかの海峡では海賊が多発するご時世だ」
「おとーさん?」
「オルタのこともとりあえず置いておく。だが、頼むからこれだけはツッコませてくれ」

 ブツブツと呟く英成に、カミラとオルタが不思議そうに顔を覗き込んできた。

「アレは何だ……」

 英成と刹華の前方、目算で数キロメートルは離れている。
 どこまでも雄大な大地だけが見えると思っていた。
 しかし、地平線の先に、何かが見えた。

「『シルファン王国』よ。私も色々と思い入れのある国よ。懐かしいわね。私には、良い思い出も悪い思い出も詰まっているのよ」

 英成と刹華の視界に映ったもの。村とも街とも言えない、一言でいうなら国のようなもの。
 石造りの巨大な囲いが円形状に土地全体を覆っている。
 まるで外部からの侵入を寄せ付けないかのような雄大さと鉄壁を表している。
 もっとも、そんなことはどうでもいい。問題なのは、そんなものがあること自体なのだ。
 ここは日本ですらない。それを決定づけるにふさわしいものだった。

「オルタ。お前は一体誰なんだ? てか、やべ。冷静になったらさっきの盗賊みてーなのも、巨大なトカゲも岩のデカブツも何だったんだ?」
「あんた、何いきなり落ち込んでんのよ?」
「てか、オメーも何なんだよ!」。
「むーっ、オルタはおとーさんの子供だもん!」

 どうやら、自分たちはこの四歳の幼女に、とんでもない出来事に巻き込まれてしまったようだと実感したのだった。


「ふぉーーー、リアルファンタジー&ドリームカムトゥルーですぅううう!!」


 そして、刹華は両手を上げて涙を流しながら嬉しそうに叫んだ。
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