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4章 港湾都市アイラ編
164話 要求
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『汝ラ、我ガ怒リノタケヲ知り、身ノ程ヲ知ッタナラバ、我ガ要求ニ応エヨ──』
壊滅状態のアイラの港口に海竜が姿を現すと、巡回・調査に赴いていた警備隊がそれを見つけて集まってくる。
その様子を見ていた海竜は彼等に向かって口上を述べたのだが、
「しゃ、喋った!?」
『……ソノ程度ノ事スラ弁エヌ虫ケラ共、2度ハ言ワヌ、ヨク聞キ、速ヤカニ履行セヨ』
兵士の口をついて出た言葉に海竜は、呆れと嘲りを込めた声で言葉を紡ぐ。
『我ノ棲ミ家ヨリ盗ミセシ秘宝、アレハ我ガ命ニシテ我ガ全テ、直チニ我ガ元ヘ返スガ良イ。ソシテ此度ノ所業ノ首謀者ノ首ヲ我ガ前ニ疾ク差シ出セ、ソレガ成ルマデ、我ノ怒リガ収マル事ハ無イデアロウ……仔細、違ウ事無ク伝エヨ、期日ハ次ノ満月ノ夜マデデアル』
それだけ告げた海竜は、最後に一度、激しい咆哮を上げて海中に没す。
竜の咆哮を浴びてその場にへたり込む兵士は、それでも任務を果たさんと気力を振り絞り立ち上がるが、腰砕けの状態で歩く事もままならない。
そこへ遅れてやってきた兵士達が彼等の元へやって来る。
「おい! 何があった!?」
「あ、ああ……ドラゴンが、やってきて……それより急いで上に伝えてくれ! 何やら大変な事態になっているんだ!!」
兵士は、男から海竜の伝言を聞くと大層驚き、そして急いでアイラの行政府に駆けて行く……そこにまた不幸が一つ重なることになる。
──────────────
──────────────
「つまり海竜は、盗まれた宝を「全て」返すまで、そして首謀者を差し出すまで怒りを静めるつもりは無い、そういう事か?」
「そのようですタレイア様……まったく、どこの愚か者が海竜の住処を荒らすなどという愚挙を……」
「おそれながら執政官様と補佐官殿……」
報告を聞いた2人が表情を曇らせる中、災害対策の為に集まっていた部下の一人が手を上げる。
「どうした?」
「はっ、可能性の問題ではありますが、あの薬師、シンと申しましたか、アレが何やら画策したという可能性は無いのでしょうか?」
「彼が!? それはどういう事だ!!」
タレイアの剣幕に部下は一瞬怯むが、それでも言葉を続ける。
「あの男の去り際の態度から察するに、お二方には相当な恨みを持っていたとしても不思議ではございません。もちろんただの憶測ではありますが……」
「……根拠も無い憶測のみで誹謗するものではありませんよ? それよりもタレイア様、犯人探しも重要ですが、今は盗まれたという宝を集めて海竜の元に戻す方を考えませんと。一度市場に流れた財宝を取り戻すのは困難となりましょう!」
クレイスの言葉にタレイアは頷くと、
「そういえば先日、いくつかの漁村が船団を組んで遠海漁に出たと報告にあったな、まさか?」
「おそらくは……」
「直ちに警備隊から人数を裂いてその村に馬を走らせろ! 同時に商人の動きにも注意を怠るな! 災害から逃げ出すために財宝の一部を現金化しようとする者がいたら拘束せよ」
「はっ──!!」
部下に指示を与え、各地から上がってきた被害状況の書類に目を通しだすタレイアだったが、
「失礼します、危急の事態であると、執政官に面会の申し込みが御座います」
「……こんな時に誰だ?」
「はっ、薬師のシンと名乗っております。以前、執政官の元に出入りしていた者に相違ないかと!」
「────!? 通せ! それから衛兵を「裏」に展開させておくのを忘れるな!!」
その名前を聞いたタレイアはすぐさま指示を出すとその後、疲れたように身体を椅子の背もたれに投げ出し天井を仰ぐ。
「タレイア様?」
「クレイス、どう思う?」
「……のこのこ現れる程に不用意な事をするとは思えませんが」
「とは思うがな、裏をかくつもりかもしれぬ。保険のような物だ」
クレイスはそれ以上何も言わず、タレイアに向かってただ頭を下げた。
──やがて、
「お困りのようですね、執政官殿?」
「お困りのよう、だと?」
眉をピクンと吊り上げるタレイアを見たシンは、はて? といった表情を作り肩をすくめて続ける。
「まさか、今の状況を見て困っていないと豪語なさるので? それなら私はここに居る必要は無さそうなので失礼させていただきますよ」
「……相変わらずの減らず口だな、だがまあ、それがキミだというのであれば何もいうまい。で、何をしに来た?」
「さっき海竜の巣の様子を見てきた。ひでえモンだな、アレを見ただけで海竜の怒りの程が知れるってもんだ」
シンは巣の様子を2人に聞かせた。
どのくらい昔かは判らないが、少なくとも人間と海竜が良好な関係に会った時代があったのだろう、洞窟の中は大理石で作られた床と太い柱で支えられた天井で囲まれ、さながら神殿のようでもあったが、それら全てがことごとく破壊され廃墟と化していた。
おそらく竜の卵を安置させていたのであろう祭壇も跡形も無く砕かれ、そしてそのどれもが最近破壊されたものだと、色あせない傷口と砂化していない破片が物語っていた。
「アンタら、どうケリをつけるつもりだ?」
「それなら先程、海竜から通達が直接されたそうだ。曰く、「全ての財宝の返却」と「首謀者の首」だそうだ。財宝については既に今回の事態を引き起こした漁村に兵をやっている。正直なところ、彼奴等も海竜に引き渡したいところではあるが、復興に人手が足りないのでな、罪に問わない代わりにその身を粉にして償ってもらおう」
「全ての財宝」の部分にひっかかりを感じたものの、それが海竜の望みであるというのであれば従わねばならないだろう、シンはそれについては同意する。
ただ、漁民に対する怒りも哀れみも、そして翻ってみれば己の失策から生まれた事態だと理解しているのか怪しいほどに感情の見えないタレイアの言葉には少々違和感を覚えたシンだった。
「で、首謀者の首はどうするつもりだ?」
「それについては皆目見当がつかない、とりあえず可能性のある人間を片っ端から拘束して、事情を聞くしかないな。それで、君は何をしに来た?」
「なに、運び屋が必要になるんじゃないかと思ってね。盗った物を返すにしてもどうやって? 海竜にウチまで持って帰れって指図するつもりか? 見たところ港の船はどれも大規模修理が必要なようだが?」
「…………………………」
「幸いな事に、被災して困ってる知り合いから現在大型船を借りててね、そっちが頭を下げてお願いするなら引き受けてやってもいいぜ?」
シンの言葉を聞くタレイアの顔から徐々に表情は消え、瞳から感情が抜け落ちると、やがて俯き、肩を揺らしながら笑い出す。
「フフフ……ハアーッハッハッハ!!」
「?」
「衛兵! この男を捕らえよ!」
「なっ!?」
「タレイア様!?」
驚く2人をよそに衛兵は部屋の中へなだれ込み、シンに向かって剣や槍を向け威嚇する。
「クレイス、この男を拘束、その後に尋問して知っている事を洗いざらい喋らせろ! 今回の海竜事件の最重要容疑者だ!」
「はぁっ!? 何を根拠に?」
「根拠だと? 動機なら先日の件があろう! 貴様は下々の者の懐に入るのも得意そうだから漁民をそそのかす事も容易、そのうえこのタイミングで財宝を運べる船を用意できるだと!? 全てが繋がっているではないか! 違うと言うのであれば尋問の場で潔白を証明してみろ!」
「タレイア様! ……いえ、わかりました。シン殿、済まないがここは大人しく従ってくれないだろうか? 決して粗略に扱う事はしないと約束しよう」
「その言葉がどこまで信用できるか判らんがね……好きにしな。後で痛い目を見るのはそっちだからよ」
シンは炭化タングステン製の棒を衛兵に投げて寄越すと、バンザイして無抵抗の意思を示す。
衛兵に連行されるシンを見送り、部屋に2人きりになると、
「……よろしかったのですか、タレイア様?」
「首謀者を探すにせよ、間に合わなかった時の身代わりは必要だ……」
「!? タレイア様!!」
「──っ、そうしなければ! 期日までに首謀者が見つからなければ、せめて責任者の首を用意しなければならないだろう、そうなったら恐らく選ばれるのは執政官ではなく補佐官だろう……私はそんなのはイヤだ!」
「ですが──!」
バッ──!!
その目に涙を蓄えたタレイアはクレイスに抱きつき、やがてすすり泣く。
「それだけは……それだけはイヤなんだ」
「タレイアさま……タレイア……」
クレイスは小刻みに震えるタレイアの肩に手を添えると、そのまま優しく背中を撫でさするようにして落ち着かせる。
そんなクレイスの優しさを背中に感じながら、タレイアはこの瞬間だけ、目の前の大事を忘れていた。
………………………………………………
………………………………………………
簡素なベッドに寝転んだシンは天井のシミを見つめながら、一つため息をつく。
窓の無い、蝋燭の灯かりだけが頼りの薄暗い部屋には昼夜の区別などは無い、扉の外に控える見張りの兵の交代時間、それと時間通りに供される食事のみが時間の流れを認識させてくれる。
……もっとも、シンがここに連れて来られてから2時間も経ってはいないが。
幸い、杖代わりに使っている炭化タングステン製の棒以外、彼等に取り上げられた物は無い。
尋問の為だろうか、衛兵に囲まれて連れてこられた石造りの地下室で身ぐるみ剥がされそうになった所で必死に訴えたのが良かったのだろうか、彼等も無理に没収しようなどとはしなかった。
それよりもシンが問題視したのは尋問内容、相手の質問に対して否と答えると、それ以上追求せずに次の質問に移行する。淡々と、ハナからシンの供述など期待していないかのように。
「……完全にスケープゴート路線だな。ったく、ここまで来ると笑えてくるぜ」
コンコン──ギィ、
愉しそうに嗤うシンの耳に扉を開ける音が聞こえ、クレイスが部屋に入ってくる。
「失礼するよシン君」
「俺の部屋じゃないんだけどな、ここ……で、なんか用かい?」
「少し話がしたくてね」
「それに付き合う義理も道理も無いぜ?」
「部下が泣いていたよ、安全の為に所持品を没収しようとしたら石壁を拳で砕かれたとね……なんならその請求額の話でもしようか」
シンはバツの悪そうな表情になり、
「ムダ話は嫌いだ」
「ならば単刀直入に……キミは何の為に戻ってきた? タレイア様を追い詰めるためか?」
「アホらし、興味が無いね。あいにく言葉通り、海竜の怒りを静めるために一肌脱ごうと思ったんだよ」
クレイスの問いを鼻で笑いながらシンはうそぶく
「勿論、ただ働きをするつもりは無いけどな」
「なるほど……よほどタレイア様の事が気に食わないようだな」
「気に入る要素がどこかにあったか? 人がせっかくお膳立てした金儲けを悉くふいにしやがった、金を稼ぐことが悪だとでも思ってんのか!?」
「富の多さが幸せを計る物差しになる世の中は悲しいと思わないかね?」
「万人に平等な価値を持つものが金銭以外に発明されない限り、そんな考えは理解されないだろうよ」
もちろん、富める者の銀貨一枚と貧しい者の銀貨一枚はありがたみがまるで違うだろう、ただ、何かを買う時に銀貨1枚で買えるものは、貧乏人が使おうと金持ちが使おうと同じである、その意味で金銭は平等な価値を持つ。
「なるほど……どうやらキミと私達は、根本の部分で理解しあえないようだ」
「そうかい、で、ほかに聞きたい事は?」
「いや、もうキミと話すことは無さそうだ。キミの嫌疑が晴れるまでは窮屈な生活を強いられるかもしれないが我慢をしてくれたまえ、外の状況がアレでは私達も多少強引な手段を取らざるを得ないのでね」
「フン──!!」
────バタン。
クレイスはそれだけ言うと退出し、シン一人きりになる。
「……我慢? 誰が?」
…………………………。
翌日、没収したはずの棒も含めて、シンの姿はどこにも無かった──。
壊滅状態のアイラの港口に海竜が姿を現すと、巡回・調査に赴いていた警備隊がそれを見つけて集まってくる。
その様子を見ていた海竜は彼等に向かって口上を述べたのだが、
「しゃ、喋った!?」
『……ソノ程度ノ事スラ弁エヌ虫ケラ共、2度ハ言ワヌ、ヨク聞キ、速ヤカニ履行セヨ』
兵士の口をついて出た言葉に海竜は、呆れと嘲りを込めた声で言葉を紡ぐ。
『我ノ棲ミ家ヨリ盗ミセシ秘宝、アレハ我ガ命ニシテ我ガ全テ、直チニ我ガ元ヘ返スガ良イ。ソシテ此度ノ所業ノ首謀者ノ首ヲ我ガ前ニ疾ク差シ出セ、ソレガ成ルマデ、我ノ怒リガ収マル事ハ無イデアロウ……仔細、違ウ事無ク伝エヨ、期日ハ次ノ満月ノ夜マデデアル』
それだけ告げた海竜は、最後に一度、激しい咆哮を上げて海中に没す。
竜の咆哮を浴びてその場にへたり込む兵士は、それでも任務を果たさんと気力を振り絞り立ち上がるが、腰砕けの状態で歩く事もままならない。
そこへ遅れてやってきた兵士達が彼等の元へやって来る。
「おい! 何があった!?」
「あ、ああ……ドラゴンが、やってきて……それより急いで上に伝えてくれ! 何やら大変な事態になっているんだ!!」
兵士は、男から海竜の伝言を聞くと大層驚き、そして急いでアイラの行政府に駆けて行く……そこにまた不幸が一つ重なることになる。
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──────────────
「つまり海竜は、盗まれた宝を「全て」返すまで、そして首謀者を差し出すまで怒りを静めるつもりは無い、そういう事か?」
「そのようですタレイア様……まったく、どこの愚か者が海竜の住処を荒らすなどという愚挙を……」
「おそれながら執政官様と補佐官殿……」
報告を聞いた2人が表情を曇らせる中、災害対策の為に集まっていた部下の一人が手を上げる。
「どうした?」
「はっ、可能性の問題ではありますが、あの薬師、シンと申しましたか、アレが何やら画策したという可能性は無いのでしょうか?」
「彼が!? それはどういう事だ!!」
タレイアの剣幕に部下は一瞬怯むが、それでも言葉を続ける。
「あの男の去り際の態度から察するに、お二方には相当な恨みを持っていたとしても不思議ではございません。もちろんただの憶測ではありますが……」
「……根拠も無い憶測のみで誹謗するものではありませんよ? それよりもタレイア様、犯人探しも重要ですが、今は盗まれたという宝を集めて海竜の元に戻す方を考えませんと。一度市場に流れた財宝を取り戻すのは困難となりましょう!」
クレイスの言葉にタレイアは頷くと、
「そういえば先日、いくつかの漁村が船団を組んで遠海漁に出たと報告にあったな、まさか?」
「おそらくは……」
「直ちに警備隊から人数を裂いてその村に馬を走らせろ! 同時に商人の動きにも注意を怠るな! 災害から逃げ出すために財宝の一部を現金化しようとする者がいたら拘束せよ」
「はっ──!!」
部下に指示を与え、各地から上がってきた被害状況の書類に目を通しだすタレイアだったが、
「失礼します、危急の事態であると、執政官に面会の申し込みが御座います」
「……こんな時に誰だ?」
「はっ、薬師のシンと名乗っております。以前、執政官の元に出入りしていた者に相違ないかと!」
「────!? 通せ! それから衛兵を「裏」に展開させておくのを忘れるな!!」
その名前を聞いたタレイアはすぐさま指示を出すとその後、疲れたように身体を椅子の背もたれに投げ出し天井を仰ぐ。
「タレイア様?」
「クレイス、どう思う?」
「……のこのこ現れる程に不用意な事をするとは思えませんが」
「とは思うがな、裏をかくつもりかもしれぬ。保険のような物だ」
クレイスはそれ以上何も言わず、タレイアに向かってただ頭を下げた。
──やがて、
「お困りのようですね、執政官殿?」
「お困りのよう、だと?」
眉をピクンと吊り上げるタレイアを見たシンは、はて? といった表情を作り肩をすくめて続ける。
「まさか、今の状況を見て困っていないと豪語なさるので? それなら私はここに居る必要は無さそうなので失礼させていただきますよ」
「……相変わらずの減らず口だな、だがまあ、それがキミだというのであれば何もいうまい。で、何をしに来た?」
「さっき海竜の巣の様子を見てきた。ひでえモンだな、アレを見ただけで海竜の怒りの程が知れるってもんだ」
シンは巣の様子を2人に聞かせた。
どのくらい昔かは判らないが、少なくとも人間と海竜が良好な関係に会った時代があったのだろう、洞窟の中は大理石で作られた床と太い柱で支えられた天井で囲まれ、さながら神殿のようでもあったが、それら全てがことごとく破壊され廃墟と化していた。
おそらく竜の卵を安置させていたのであろう祭壇も跡形も無く砕かれ、そしてそのどれもが最近破壊されたものだと、色あせない傷口と砂化していない破片が物語っていた。
「アンタら、どうケリをつけるつもりだ?」
「それなら先程、海竜から通達が直接されたそうだ。曰く、「全ての財宝の返却」と「首謀者の首」だそうだ。財宝については既に今回の事態を引き起こした漁村に兵をやっている。正直なところ、彼奴等も海竜に引き渡したいところではあるが、復興に人手が足りないのでな、罪に問わない代わりにその身を粉にして償ってもらおう」
「全ての財宝」の部分にひっかかりを感じたものの、それが海竜の望みであるというのであれば従わねばならないだろう、シンはそれについては同意する。
ただ、漁民に対する怒りも哀れみも、そして翻ってみれば己の失策から生まれた事態だと理解しているのか怪しいほどに感情の見えないタレイアの言葉には少々違和感を覚えたシンだった。
「で、首謀者の首はどうするつもりだ?」
「それについては皆目見当がつかない、とりあえず可能性のある人間を片っ端から拘束して、事情を聞くしかないな。それで、君は何をしに来た?」
「なに、運び屋が必要になるんじゃないかと思ってね。盗った物を返すにしてもどうやって? 海竜にウチまで持って帰れって指図するつもりか? 見たところ港の船はどれも大規模修理が必要なようだが?」
「…………………………」
「幸いな事に、被災して困ってる知り合いから現在大型船を借りててね、そっちが頭を下げてお願いするなら引き受けてやってもいいぜ?」
シンの言葉を聞くタレイアの顔から徐々に表情は消え、瞳から感情が抜け落ちると、やがて俯き、肩を揺らしながら笑い出す。
「フフフ……ハアーッハッハッハ!!」
「?」
「衛兵! この男を捕らえよ!」
「なっ!?」
「タレイア様!?」
驚く2人をよそに衛兵は部屋の中へなだれ込み、シンに向かって剣や槍を向け威嚇する。
「クレイス、この男を拘束、その後に尋問して知っている事を洗いざらい喋らせろ! 今回の海竜事件の最重要容疑者だ!」
「はぁっ!? 何を根拠に?」
「根拠だと? 動機なら先日の件があろう! 貴様は下々の者の懐に入るのも得意そうだから漁民をそそのかす事も容易、そのうえこのタイミングで財宝を運べる船を用意できるだと!? 全てが繋がっているではないか! 違うと言うのであれば尋問の場で潔白を証明してみろ!」
「タレイア様! ……いえ、わかりました。シン殿、済まないがここは大人しく従ってくれないだろうか? 決して粗略に扱う事はしないと約束しよう」
「その言葉がどこまで信用できるか判らんがね……好きにしな。後で痛い目を見るのはそっちだからよ」
シンは炭化タングステン製の棒を衛兵に投げて寄越すと、バンザイして無抵抗の意思を示す。
衛兵に連行されるシンを見送り、部屋に2人きりになると、
「……よろしかったのですか、タレイア様?」
「首謀者を探すにせよ、間に合わなかった時の身代わりは必要だ……」
「!? タレイア様!!」
「──っ、そうしなければ! 期日までに首謀者が見つからなければ、せめて責任者の首を用意しなければならないだろう、そうなったら恐らく選ばれるのは執政官ではなく補佐官だろう……私はそんなのはイヤだ!」
「ですが──!」
バッ──!!
その目に涙を蓄えたタレイアはクレイスに抱きつき、やがてすすり泣く。
「それだけは……それだけはイヤなんだ」
「タレイアさま……タレイア……」
クレイスは小刻みに震えるタレイアの肩に手を添えると、そのまま優しく背中を撫でさするようにして落ち着かせる。
そんなクレイスの優しさを背中に感じながら、タレイアはこの瞬間だけ、目の前の大事を忘れていた。
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簡素なベッドに寝転んだシンは天井のシミを見つめながら、一つため息をつく。
窓の無い、蝋燭の灯かりだけが頼りの薄暗い部屋には昼夜の区別などは無い、扉の外に控える見張りの兵の交代時間、それと時間通りに供される食事のみが時間の流れを認識させてくれる。
……もっとも、シンがここに連れて来られてから2時間も経ってはいないが。
幸い、杖代わりに使っている炭化タングステン製の棒以外、彼等に取り上げられた物は無い。
尋問の為だろうか、衛兵に囲まれて連れてこられた石造りの地下室で身ぐるみ剥がされそうになった所で必死に訴えたのが良かったのだろうか、彼等も無理に没収しようなどとはしなかった。
それよりもシンが問題視したのは尋問内容、相手の質問に対して否と答えると、それ以上追求せずに次の質問に移行する。淡々と、ハナからシンの供述など期待していないかのように。
「……完全にスケープゴート路線だな。ったく、ここまで来ると笑えてくるぜ」
コンコン──ギィ、
愉しそうに嗤うシンの耳に扉を開ける音が聞こえ、クレイスが部屋に入ってくる。
「失礼するよシン君」
「俺の部屋じゃないんだけどな、ここ……で、なんか用かい?」
「少し話がしたくてね」
「それに付き合う義理も道理も無いぜ?」
「部下が泣いていたよ、安全の為に所持品を没収しようとしたら石壁を拳で砕かれたとね……なんならその請求額の話でもしようか」
シンはバツの悪そうな表情になり、
「ムダ話は嫌いだ」
「ならば単刀直入に……キミは何の為に戻ってきた? タレイア様を追い詰めるためか?」
「アホらし、興味が無いね。あいにく言葉通り、海竜の怒りを静めるために一肌脱ごうと思ったんだよ」
クレイスの問いを鼻で笑いながらシンはうそぶく
「勿論、ただ働きをするつもりは無いけどな」
「なるほど……よほどタレイア様の事が気に食わないようだな」
「気に入る要素がどこかにあったか? 人がせっかくお膳立てした金儲けを悉くふいにしやがった、金を稼ぐことが悪だとでも思ってんのか!?」
「富の多さが幸せを計る物差しになる世の中は悲しいと思わないかね?」
「万人に平等な価値を持つものが金銭以外に発明されない限り、そんな考えは理解されないだろうよ」
もちろん、富める者の銀貨一枚と貧しい者の銀貨一枚はありがたみがまるで違うだろう、ただ、何かを買う時に銀貨1枚で買えるものは、貧乏人が使おうと金持ちが使おうと同じである、その意味で金銭は平等な価値を持つ。
「なるほど……どうやらキミと私達は、根本の部分で理解しあえないようだ」
「そうかい、で、ほかに聞きたい事は?」
「いや、もうキミと話すことは無さそうだ。キミの嫌疑が晴れるまでは窮屈な生活を強いられるかもしれないが我慢をしてくれたまえ、外の状況がアレでは私達も多少強引な手段を取らざるを得ないのでね」
「フン──!!」
────バタン。
クレイスはそれだけ言うと退出し、シン一人きりになる。
「……我慢? 誰が?」
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翌日、没収したはずの棒も含めて、シンの姿はどこにも無かった──。
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