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28.ジョナスの野望

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(そういえば俺は、こいつのことを何も知らない)

 ただアリシアを妄信するだけの男だと思っていたが、先ほどの会話で違うとわかった。むしろ全く逆の顔が浮かび上がってくる。

「ジョナス。おまえはなぜそこまで……」
「王家に忠誠がないと?」

 歯に衣着せぬ言い方に、リアンの方が戸惑う。

「……少なくとも、王女殿下に対しては、みえない」
「忠誠を持ちたくても、持てないのですよ。リアン殿」

 そんなこともわからないのかと、少し馬鹿にするように彼は言った。怒っているのかもしれない。

「私は戦争で親を亡くしましてね。王都近くの孤児院で育ちました。そこに王女も一ヵ月に一度、慰問しに足を運ばなければならないのです。それが王女として生まれた彼女の責務だったから。もっとも、彼女が訪れたのは年に二、三度でしたが」

 ジョナスもナタリーと同じ孤児だった事実に、リアンは奇妙な縁を感じたが、黙って耳を傾けた。

「孤児院にいる子はみな栄養が足りていなかった。いつも飢えていた。かつて痩せて醜かった私を、初めて出会った彼女はまるでゴミを見るかのような眼差しで一瞥しました」

 それが、とジョナスは美しい自身の顔に指を這わせた。

「貧しさから抜け出すために、私は賭けで騎士の選抜試験を受けました。そして幸運にも合格した。それからも生きるために必死についていき……」

 騎士となったわけだ。

「叙任式で、王女殿下は打って変わって女神のような笑顔を私に向けました。私がかつて薄汚れたあの孤児院の子どもだとは気づかなかったのです。いいえ、彼女のことだからそんな子どもがいたことすら記憶にないのでしょう。だからこそ私に近衛騎士になるよう勧めたんです。綺麗なあなたには私の隣が相応しいと。あの王女はそういう価値観でしか物事を測れないのです」

(ジョナスに会った時、おそらくアリシア殿下はまだ幼かったはず……)

 ある程度は仕方ないのでは、とリアンは思ったが、ジョナスは王女のことを生まれつきそういう人間だと言いたいらしい。

「それから……殿下や陛下に意見するようになったのか」
「私はただ、お二人が心の中で望んでいることを、それとなく実現してはどうかと助言しただけです。ご自身の立場をよく弁えている人間ならば、愚かな願いなど、叶えたいとは思わない。抱いたりしない」
「……そんな主君を諫めるのも、臣下の務めではないのか」

 ええ、とジョナスはぞっとするほど冷ややかな目で答えた。

「だから私は、それがどれほど愚かな結末を迎えるか知らしめてやりたいのです。あの小娘に。いえ、彼女だけではありません。それを許したこの国の王や臣下たち全員に、」

 リアンはこの男が国をのっとるつもりなのか、と息が止まりそうになった。だがすぐにジョナスは安心して下さい、とまるで彼の考えを読み取るように笑った。

「私は王になるつもりはありません。ただ、もっと相応しいものと取り替えるだけです」

 西日が差し込んだ部屋は、ひどく明るかった。暖かいはずなのに、リアンは寒気がする。

「ジョナス……」
「乱暴な方法なんて考えていません。あくまでも淡々と、だがそうだと気づいた時には取り返しのつかない方法でやってみせます」

 男はどこまでも淡々とした口調でリアンに己の野望を打ち明けた。その淡白さが、現実味を帯びて聞こえて、リアンにはジョナスが恐ろしく思えた。

「リアン。あなたはナタリー殿だけの騎士でありたいようですが、それは王女殿下がお許しにはならないでしょう。いえ、彼女だけではなく、今の国のあり方では」
「そんなの、俺とてわかっている……」

 ならば、と彼は距離を詰めた。

「王女に忠誠を誓いなさい。特別な情を抱いていると、振る舞いなさい。それが、今のあなたにできる最低限のことです」
「っ……」
「愛する彼女を救いたいのならば、あなたは自分の心すら欺かなければなりません。それが、あなたの役目ではないのですか」

 リアンは顔を上げた。こちらを見るジョナスの顔をじっと見つめ、うめき声をあげそうになる。

(ナタリー……)

 今のジョナスの言葉が、本当かどうか確信はない。アリシアの頼みを叶える策として、すべてジョナスの作り上げた嘘かもしれない。

 でもこのままではいけない。今までやり方が通じないのならば、変えるしかない。たとえ、リアンが望むものではなくとも。

「……わかった。アリシア殿下だけの騎士になろう」

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