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30.ユグリット国
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「病人は少しずつ、減っているそうですよ」
リアンを一人部屋に呼び出したジョナスは、そう切り出した。
「そうか。それはよかった」
「王女殿下から聖女様を休ませるよう命じられたことで、癒せる力が十分回復したのではないか、と教会の人間たちはおっしゃっています」
病自体が収まったわけでもなく、周りが尽力したからでもない。ただナタリーの力が凄まじいだけ。彼女に頼り切った現状に、リアンは苦々しい思いであった。
「万能の治癒能力。素晴らしい能力ですね」
「……そうだな」
「どうしてそんな能力が、あんなか弱い少女に宿ったのでしょう」
「他者から支配されやすいようにするためだろう」
吐き捨てるように言ったリアンの横顔を見ながら、ジョナスはなるほどと頷いた。
「一理ありますね。本人に反抗されては、我が国は今頃もっと多くの死人を出していたかもしれませんから」
ところで、とジョナスは扉や窓が閉まっていることを確認して話を変えた。
「以前、ユグリットが真っ二つに分かれていると言ったことを覚えていますか?」
「ああ。兄弟同士で争っていて……だが兄の方に分があると」
ユグリット国の後継者争い。兄のアレクシスと弟のカルロス。二人はどちらも前国王の血を引いており、歳もそう変わらない。だが兄のアレクシスの方が出来がよく、王として相応しいという声が多くあった。継承順で言えば、彼が次の王となるのが自然な流れだ。
「しかしアレクシス殿下は苛烈すぎるお人柄。それゆえ臣下たちが弟のカルロス殿下を焚きつけ、次の国王になるよう秘密裏に進めていたそうです」
「それを知った兄に幽閉されるか、殺されそうになって、慌てて王都を逃亡して今に至るというわけか」
「ええ。カルロス自身は必ずしも王となることを望んでいないようですが、こうなっては後には引けない状態。どちらかがこの世を去るまで、争いは終わらないでしょう」
隣国が戦争になると、こちらも気が気ではない。
「それで、本題は何だ」
「カルロス殿下が、我が国に援軍を要請してきました」
ついに来たか、とリアンはため息をつきたくなった。
「国王陛下や他の重臣たちは何と言っているんだ」
「長年強敵であったユグリット国に貸しを作る機会。いえ、もしかすると隣国へ攻め入る絶好の機会ではないかと浮かれていますね」
「愚かな……ユグリットに勝てるわけあるまいのに」
たとえ何かの奇跡で勝てたとしても、広い大国をどうやって統治していくというのか。
「それが、今は全く可能性がないとも言えません」
「何か策でもあるのか」
「こちらにはナタリー殿がいらっしゃる」
ナタリーの名に、リアンはカッとなる。なぜここで彼女の名前が出てくる。
「彼女の治癒能力があれば、いくらでも兵士を送り出すことができる。傷ついてもすぐに傷を治し、再び敵のもとへ送り返す。減らない兵士に、敵も恐れをなし、戦意を挫くことができるのではないか、と考えているようです」
馬鹿な! とリアンはジョナスに詰め寄った。別に彼が思いついたことではないが、自身の怒りを抑えきれなかった。
「そんな簡単に上手くいくものか! いいか? 傷を治す度に、ナタリーだって疲労がたまるんだ。大きい傷ほど、疲労は重なる。そして一度死んだら彼女とて生き返らせることはできない。絶対にどこかで破綻するのが見えている!」
なぜそんなことがわからない。彼らの頭には、綿でも詰まっているんじゃないのか。
(相手はか弱い女性だ。なのになぜそんな無理なことさせる!?)
「落ち着いて下さい、リアン殿。私とて、彼らの意見は馬鹿馬鹿しいと思っています」
これが落ち着いていられるか、と内心毒付きながらもリアンは黙った。まだ話の途中だからだ。
「弟のカルロス殿下の要請に応じるということは、我々は兄であるアレクシス殿下を王と認めない。つまり彼からすれば、裏切り者だと判断されます。もし援軍を出し、カルロスが死ねば……アレクシスが新しい国王となり、非常に厄介なことになります」
よくもあの時は裏切ってくれたな、という報復が待ち構えているわけだ。侵略される、ことにはならずとも、不利な条件を呑まされる可能性は十分あり得る。
「では弟の要請を無視し、兄であるアレクシス殿下を援護すればいい」
「ええ。私もそうするのが妥当だと思いました。しかし……最近ある噂が国境付近で広まっているそうです。」
「噂?」
ジョナスはリアンをしばしじっと見つめ、やがて口を開いた。
「隣国のユグリット国に、聖女と謳われる女性がいると」
リアンを一人部屋に呼び出したジョナスは、そう切り出した。
「そうか。それはよかった」
「王女殿下から聖女様を休ませるよう命じられたことで、癒せる力が十分回復したのではないか、と教会の人間たちはおっしゃっています」
病自体が収まったわけでもなく、周りが尽力したからでもない。ただナタリーの力が凄まじいだけ。彼女に頼り切った現状に、リアンは苦々しい思いであった。
「万能の治癒能力。素晴らしい能力ですね」
「……そうだな」
「どうしてそんな能力が、あんなか弱い少女に宿ったのでしょう」
「他者から支配されやすいようにするためだろう」
吐き捨てるように言ったリアンの横顔を見ながら、ジョナスはなるほどと頷いた。
「一理ありますね。本人に反抗されては、我が国は今頃もっと多くの死人を出していたかもしれませんから」
ところで、とジョナスは扉や窓が閉まっていることを確認して話を変えた。
「以前、ユグリットが真っ二つに分かれていると言ったことを覚えていますか?」
「ああ。兄弟同士で争っていて……だが兄の方に分があると」
ユグリット国の後継者争い。兄のアレクシスと弟のカルロス。二人はどちらも前国王の血を引いており、歳もそう変わらない。だが兄のアレクシスの方が出来がよく、王として相応しいという声が多くあった。継承順で言えば、彼が次の王となるのが自然な流れだ。
「しかしアレクシス殿下は苛烈すぎるお人柄。それゆえ臣下たちが弟のカルロス殿下を焚きつけ、次の国王になるよう秘密裏に進めていたそうです」
「それを知った兄に幽閉されるか、殺されそうになって、慌てて王都を逃亡して今に至るというわけか」
「ええ。カルロス自身は必ずしも王となることを望んでいないようですが、こうなっては後には引けない状態。どちらかがこの世を去るまで、争いは終わらないでしょう」
隣国が戦争になると、こちらも気が気ではない。
「それで、本題は何だ」
「カルロス殿下が、我が国に援軍を要請してきました」
ついに来たか、とリアンはため息をつきたくなった。
「国王陛下や他の重臣たちは何と言っているんだ」
「長年強敵であったユグリット国に貸しを作る機会。いえ、もしかすると隣国へ攻め入る絶好の機会ではないかと浮かれていますね」
「愚かな……ユグリットに勝てるわけあるまいのに」
たとえ何かの奇跡で勝てたとしても、広い大国をどうやって統治していくというのか。
「それが、今は全く可能性がないとも言えません」
「何か策でもあるのか」
「こちらにはナタリー殿がいらっしゃる」
ナタリーの名に、リアンはカッとなる。なぜここで彼女の名前が出てくる。
「彼女の治癒能力があれば、いくらでも兵士を送り出すことができる。傷ついてもすぐに傷を治し、再び敵のもとへ送り返す。減らない兵士に、敵も恐れをなし、戦意を挫くことができるのではないか、と考えているようです」
馬鹿な! とリアンはジョナスに詰め寄った。別に彼が思いついたことではないが、自身の怒りを抑えきれなかった。
「そんな簡単に上手くいくものか! いいか? 傷を治す度に、ナタリーだって疲労がたまるんだ。大きい傷ほど、疲労は重なる。そして一度死んだら彼女とて生き返らせることはできない。絶対にどこかで破綻するのが見えている!」
なぜそんなことがわからない。彼らの頭には、綿でも詰まっているんじゃないのか。
(相手はか弱い女性だ。なのになぜそんな無理なことさせる!?)
「落ち着いて下さい、リアン殿。私とて、彼らの意見は馬鹿馬鹿しいと思っています」
これが落ち着いていられるか、と内心毒付きながらもリアンは黙った。まだ話の途中だからだ。
「弟のカルロス殿下の要請に応じるということは、我々は兄であるアレクシス殿下を王と認めない。つまり彼からすれば、裏切り者だと判断されます。もし援軍を出し、カルロスが死ねば……アレクシスが新しい国王となり、非常に厄介なことになります」
よくもあの時は裏切ってくれたな、という報復が待ち構えているわけだ。侵略される、ことにはならずとも、不利な条件を呑まされる可能性は十分あり得る。
「では弟の要請を無視し、兄であるアレクシス殿下を援護すればいい」
「ええ。私もそうするのが妥当だと思いました。しかし……最近ある噂が国境付近で広まっているそうです。」
「噂?」
ジョナスはリアンをしばしじっと見つめ、やがて口を開いた。
「隣国のユグリット国に、聖女と謳われる女性がいると」
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