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64.相容れない
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「王女殿下。これはどういうことでしょうか」
リアンはアリシアが部屋に入ると静かな口調でたずねた。なぜか激昂する気にはなれなかった。頭の中も胸の内も妙に落ち着いていて、冷めていた。
「どういうことも何もないわ。先ほどみんなの前で言った通りよ」
王女は気だるげな様子で侍女に爪の手入れをさせていた。細くて白い彼女の指先は傷一つなく、形の良い爪は艶やかに輝いていた。
「私はあなたの夫になるつもりはありません」
「身分を気にしているの? ならば大丈夫よ。お父様に頼んで、高位貴族の養子にしてもらうわ。そうすれば周りも何も言わない。言ったとしても、わたくしが許しはしないから」
「俺はあなたのことを好いておりません」
爪の表面、凹凸を滑らかにするために専用のやすりをかけていた侍女の動きが止まる。しかし王女がじっと見ていることに気がつくとまた何でもなかったように再開した。
「知っているわ。でもね、あなたの気持ちはこの際どうでもいいの。愛のない結婚をしてきた者はたくさんいるわ。わたくしのおばあさまがそうだったみたい。だからお父様は恋愛してお母様と結婚なさった。そしてわたくしが生まれた」
「俺と結婚なさっても、愛は生まれませんよ」
「生まれるわ。あなたは優しいもの」
何度言ってもアリシアには伝わらない。いつかジョナスが言っていた。王女は自分の見たいもの、聞きたいものしか、理解しようとなさらない。
「わたくしはあなたが欲しいのよ、リアン」
「まるで物のようにおっしゃる」
リアンが微かに笑うと、アリシアも目を細めた。
「物ではないわ」
「そこに俺の意思は必要ないのですか」
「ねぇ、リアン。何が不満なの? 女王の伴侶になれるのよ? この国で一番、富も名誉も最高のものが手に入るのよ?」
「俺はそんなものいらない」
アリシアはそこでちょっと笑った。リアンらしいというように。
「そうね。あなたはそんなもの、いらないわよね」
ちょっと沈黙が落ちて、でもねと彼女は続けた。
「もう決まってしまったことだから」
「ではせめて聖女を身代わりにすることはおやめください」
リアンの提案にアリシアが顔を上げた。何かを見極める目で見つめてくる。
「アレクシス陛下のもとへはあなたが嫁ぐべきだ。私もあなたの騎士として生涯付き従います。結婚もしません。一生あなただけをお慕いします。ですからどうか、聖女を他国へやることは考え直して下さい」
もう十分じゃないか。聖女としての力が開花した彼女を王宮に縛り付け、王家の都合で外へ出し、また連れ戻した。それなのに今度は国から追い出すだと?
(一体ナタリーが何をしたというんだ)
聖女が何だ。彼女だって人間だ。感情だってきちんとある。都合のよい人形では決してない。
「リアン。おまえは本当に、あの子が大切なのね……」
「これはラシア国のためでもあります」
違う。本当は国なんてどうでもいい。リアンにとって大切なのは――
「嘘つき」
王女は侍女の手を振り張ってゆっくりと立ち上がった。何の感情も浮かべていないようで、緑の瞳は怒りで煌々と燃えているようだった。
「おまえのその願いだけは聞かないわ」
一転して今度はゆっくり微笑む。
「聖女はこの国に必要ないわ」
リアンはアリシアが部屋に入ると静かな口調でたずねた。なぜか激昂する気にはなれなかった。頭の中も胸の内も妙に落ち着いていて、冷めていた。
「どういうことも何もないわ。先ほどみんなの前で言った通りよ」
王女は気だるげな様子で侍女に爪の手入れをさせていた。細くて白い彼女の指先は傷一つなく、形の良い爪は艶やかに輝いていた。
「私はあなたの夫になるつもりはありません」
「身分を気にしているの? ならば大丈夫よ。お父様に頼んで、高位貴族の養子にしてもらうわ。そうすれば周りも何も言わない。言ったとしても、わたくしが許しはしないから」
「俺はあなたのことを好いておりません」
爪の表面、凹凸を滑らかにするために専用のやすりをかけていた侍女の動きが止まる。しかし王女がじっと見ていることに気がつくとまた何でもなかったように再開した。
「知っているわ。でもね、あなたの気持ちはこの際どうでもいいの。愛のない結婚をしてきた者はたくさんいるわ。わたくしのおばあさまがそうだったみたい。だからお父様は恋愛してお母様と結婚なさった。そしてわたくしが生まれた」
「俺と結婚なさっても、愛は生まれませんよ」
「生まれるわ。あなたは優しいもの」
何度言ってもアリシアには伝わらない。いつかジョナスが言っていた。王女は自分の見たいもの、聞きたいものしか、理解しようとなさらない。
「わたくしはあなたが欲しいのよ、リアン」
「まるで物のようにおっしゃる」
リアンが微かに笑うと、アリシアも目を細めた。
「物ではないわ」
「そこに俺の意思は必要ないのですか」
「ねぇ、リアン。何が不満なの? 女王の伴侶になれるのよ? この国で一番、富も名誉も最高のものが手に入るのよ?」
「俺はそんなものいらない」
アリシアはそこでちょっと笑った。リアンらしいというように。
「そうね。あなたはそんなもの、いらないわよね」
ちょっと沈黙が落ちて、でもねと彼女は続けた。
「もう決まってしまったことだから」
「ではせめて聖女を身代わりにすることはおやめください」
リアンの提案にアリシアが顔を上げた。何かを見極める目で見つめてくる。
「アレクシス陛下のもとへはあなたが嫁ぐべきだ。私もあなたの騎士として生涯付き従います。結婚もしません。一生あなただけをお慕いします。ですからどうか、聖女を他国へやることは考え直して下さい」
もう十分じゃないか。聖女としての力が開花した彼女を王宮に縛り付け、王家の都合で外へ出し、また連れ戻した。それなのに今度は国から追い出すだと?
(一体ナタリーが何をしたというんだ)
聖女が何だ。彼女だって人間だ。感情だってきちんとある。都合のよい人形では決してない。
「リアン。おまえは本当に、あの子が大切なのね……」
「これはラシア国のためでもあります」
違う。本当は国なんてどうでもいい。リアンにとって大切なのは――
「嘘つき」
王女は侍女の手を振り張ってゆっくりと立ち上がった。何の感情も浮かべていないようで、緑の瞳は怒りで煌々と燃えているようだった。
「おまえのその願いだけは聞かないわ」
一転して今度はゆっくり微笑む。
「聖女はこの国に必要ないわ」
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