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第二章 最狂ダディは専属講師

第六十五話 通りすがりの怪鳥再び

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 セレスティナが教室に戻ると、授業は始まっていなかった。何やら見覚えのある怪鳥が、教室の中央にどっかりと居座っていて、担任教師のエバ・マシュートが、それを追い出そうと躍起になっていたのだ。生徒達は全員、隅っこに集まって、その様子を眺めている。

「ほらっ! 早く出て行きなさい! しぃ! 誰よ、こんな嫌がらせした奴っ! 見つけたらとっちめてやるわ!」

 マシュートが手にしているのは、警備棒だ。警備兵が持つ武器で、ビリッとショックを与えることが出来、不審者程度ならこれで追い払える。
 セレスティナが教会で目にしたことのある怪鳥は、そうした攻撃をひらりひらりとかわし、揶揄うように別の場所に移っては翼を広げ、ギャーと威嚇する。その繰り返しだ。

「……通りすがりの怪鳥さん?」

 セレスティナがぽつりと呟くと、シャーロットがぼそりと突っ込んだ。

「ティナ、通りすがりの怪鳥なんていないわよ」

 ええ、そうね。セレスティナは苦笑するしかない。これはきっと、シリウス様の仕業だわ。でも、何でこんな真似をしたのかしら?
 セレスティナの疑問には、シャーロットが答えた。

「多分、ティナがいないから、授業を妨害したんじゃないかしら? パパなりの思いやり? ティナに対してだけだけど……」

 そう、どう見ても他の生徒には迷惑でしかない。もちろん教師であるエバ・マシュートにとってもだ。シャーロットの言葉を証明するように、例の怪鳥はセレスティナの姿を見ると、今一度翼を広げてギャーと鳴き、しゅっぽんと消えた。どうやら召喚が解除されたようである。

「どうなさいました?」

 直後、教室に姿を現した警備兵達を見て、マシュートがきっとまなじりをつり上げる。

「おそいのよ、あなた達! もう消えちゃったわ!」

 駆けつけた警備兵二人に向かって、教師のマシュートが食ってかかった。どうやら、怪鳥が召喚されたと同時に、警備兵を呼びつけたけれど、彼らが到着する前に怪鳥が消えてしまい、遅いと怒っているようだ。

「も、申し訳ありません!」

 警備兵二人がびしっと敬礼し、謝った。
 マシュートが気を取り直したように、パンパンと手を叩く。

「さあ、では! 記念すべき第一回目の授業は、アルカディアの歴史よ。教科書を出して頂戴。忘れた子はいないわね?」

 教師のマシュートがはきはきと言う。濃茶の髪をきっちり結い上げ、高いハイヒールをカツカツ鳴らしながら歩く姿は快活だ。
 セレスティナが手にしたのは真新しい教科書。真新しいノート。真新しい筆記用具。どれも専門店で購入したもので、こうして見ているだけでも楽しい、わくわくする。

 セレスティナの隣の席はシャーロットだ。
 勉強は苦手、なんて言っていたけれど、せっせとメモを取っている辺り、やる気満々ね。
 セレスティナは微笑ましく思うも、くすくす笑うシャーロットの姿が気になった。メモを取りながら笑っているのだ。そうっと横手から覗き込んでみると、シャーロットが書いていたのはなんと、パラパラ漫画である。

 もの凄く上手いわ。絵が上手なのは、やっぱりシリウス様譲り? でも、のっけからこれはちょっと……。大丈夫かしら?
 セレスティナが前方に視線を移せば、イザークがぼうっと窓の外を見ている。授業内容を聞き流しているように見え、心配になった。本当に勉強が嫌いなんだわ。魔工学の講義をするたびに居眠りって、誇張じゃなかったのね。
 歴史の授業が終われば、今度は専攻授業の始まりだ。

「がんばってね」

 シャーロットが励ますように、セレスティナの肩をぽんっと叩く。
 イザークとシャーロットが専攻しているのは防衛科だ。希望するものがドラゴンライダーか銃騎士かで学ぶ内容が別れるらしいが、移動する時は一緒だろう。アンジェラとエリーゼも同じ淑女科なので行動が一緒になる。ララも一緒に学ぶクラスメイトはいるから、一人で移動するのはセレスティナだけであった。

 ハロルドがいてくれるけれど、ちょっと寂しい。移動途中でセレスティナはそう思ったけれど、教室で待っていたシリウスの顔を見て、そんな思いは吹っ飛んだ。

「ようこそ、特別授業へ」

 白銀の髪の天使様が、笑顔で出迎えてくれたのだ。ぱあっと気持ちが高揚してしまう。私だけの天使様……。どきどきと心臓が高鳴った。本当に本当に嬉しい。
 専用の講堂には、以前に一度目にしたことのある歪曲したスクリーンと操作パネルが設置されていた。これって、シリウス様の研究室で目にした設計用機器よね?
 シリウスが椅子に座るよう促しつつ言った。

「まずはこれの使い方を教えよう。これを使えば、設計スピードが格段に速くなる。覚えれば非常に便利な魔道具なんだ」
「シリウス様の別荘にあったものと同じものね?」
「そう、私の研究室から持ってきたものだ」

 セレスティナはびっくりしてしまう。わざわざ? シリウスが笑った。

「私が使っている魔道具の殆どは自分で設計し、生み出したものだ。だから、機器の使い方を教えられるのは私だけ。他の連中には知らせない、触らせない、使わせない」
「……どうして?」

 シリウスが口角を上げ、皮肉るように笑った。

「勝手をされて暴走なんて、目も当てられないからな。父の二の舞はゴメンだ」

 お父様……あ、そうだわ、確か魔虫大発生の年に亡くなったのよね? 国軍に未完成の武器を勝手に使用されて、それが原因で亡くなった。じっと見上げても、シリウスの表情に変化はない。けれど相当な傷になっているのだろうということは、容易に想像がついた。

「さ、そこへ座りなさい」

 凄い、凄い、凄いわ。
 設計用機器を起動させれば、スクリーンに映ったのは製図画面だ。シリウスから機器の操作の仕方を一つ一つ丁寧に教えられて、時間はあっという間に過ぎてゆく。
 覚えることは山のようにあった。でも楽しい。未知の事を学ぶ、出来なかった事が出来るようになっていくのは、本当に楽しくて心躍る時間である。

「ティナー? 初授業の感想はどう? 一緒に帰りましょう」

 シャーロットとイザークに教室まで迎えに来られて、セレスティナははっとなった。え? もう終わり? シャーロットにくすりと笑われてしまった。

「やあだ、ほら、時計を見てみなさいよ。とっくのとうに終了時間よ? ティナったら食堂にもこないんだもの。お昼どうしたの? パパと一緒に食べた?」

 お昼……あ、そうだ。休憩時間を、もうちょっと、もうちょっとって先延ばして、結局食べていない。シリウス様が軽食を用意して下さったけれど、それも口にしなかった。

「え? 食べてないの?」

 シャーロットが驚く。

「ええ、その、夢中になりすぎたみたいで……」

 笑いながら椅子から立ち上がるも、かくんと膝から崩れ落ちそうになる。空腹で体に力が入らなかったらしい。シリウスに抱きとめられ、お腹の虫が盛大になった。は、恥ずかしい。

「うわー……」
「ほんっと、そっくり」

 シャーロットとイザークが同時にそう言った。

「パパもこれ、よくやるわよね? 餓死するんじゃないかってぐらい、夢中になったら止まらないの。もう、パパったら、ティナのことちゃんと気を付けて上げないと、危ないわよ?」
「……そうだな、気をつけよう」

 シリウスにお姫様みたいに抱き上げられて、帰宅となった。あたりまえだけれど、目立つわ、これ……。下校途中の生徒達全員がこっちを見てる。セレスティナがそろりと言った。

「あ、あの、自分で歩け……」
「駄目だ。力が入らないのだろう?」

 結局、そのまま押し通されてしまった。

「シリウス様も食事は……」
「ああ、私の場合は、三日くらい食べなくても平気だ。すまない。自分を基準にすると駄目だな」

 食事は帰りの馬車内で口にした。当然のようにシリウス様の膝抱っこで。次からはちゃんと食事をしよう。周囲の視線を一身に集めながら、セレスティナはそう決意していた。

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