七魔の語り部

三昧だれ

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第一章【承炎】

第三話【実力差】

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「裏切り者の、ルミュー・グラジオラスを殺しに来たんだったよ」


まるでそのことがさも当然であるかのように、恐ろしいまでに軽薄にドンナーはそう告げる。
行きつけのカフェでモーニングでも注文しているような、そんな気軽さ。
普段から殺意と同居した生活をしている人物にしか出せない雰囲気。
ルミューはそんな集団を裏切った、それはその集団に属していたという裏返し。


「お嬢様が、裏切り者だと?」

「そうだよ、俺たちはその始末つけに来たの。全く困っちゃうよね、色んなところに迷惑かけてさ。それともそれが楽しかったのかも、色んなとこに吹っかけてトンズラするのが目的———」


「目的だったんじゃない」と、ドンナーがその言葉を言い切る前にナイトの拳が振り抜かれる。
左頬を狙った右ストレートは、生憎身を捩った回避によって空振りに終わる。


「お前がお嬢様を語るな」

「おっと、怒らせちゃった?随分血気盛んだね。でも嫌いじゃないよ。こんな出会いじゃなければお友達から始められたかも」

「お前如きに殺されると?」

「強い奴は実力差を見れるからさ」


追撃の蹴りをのらりと躱し、さらに口を回らせるドンナー。
その滑るような軽い口が、ナイトの怒りをさらにヒートアップさせる。


「ならば、ここはお前に任せて良いな」

「了解しましたアヴァンニールさん、とっとと帰って飯にしましょー」

「のこのこと行かせると思うのか」


階段を上がるアヴァンニールを追って走るナイト。
しかし簡単には追いつけない。槍を構えてドンナーが立ち塞がる。
頬にうっすら笑みを浮かべながら、槍を振り回しての牽制。
その背に隠れて、アヴァンニールの姿が見えなくなってしまう。
槍が空を切る音が、羽虫のように煩わしい。


「まずはお前を潰す」

「だから、強い奴は実力差をしっかりと見極めるんだって」


先に動いたのはナイトだった。

この戦闘は一刻を争う。記憶の失ったルミューでは、アヴァンニールには敵わないだろう。
今すぐに駆けつけなければ、ルミューは殺されてしまう。

そんな思いが先行し、ナイトの気持ちを逸らせる。
距離を詰めるまでは一瞬、そこからの攻防も刹那。左腕を仕舞い込み、足腰の踏ん張りを効かせて振り抜いた右拳が、ドンナーの顔右部分を狙う。

しかし速度では互角、否、ドンナーがやや上回っている。
身体を後ろへのけぞらせ、結果ナイトの殴りは空振りに終わる。
その攻撃直後の隙に返す槍での一撃。
しかし持ち手の位置があまり良くない。
穂先、刃での攻撃は諦め、持ち手の棒部分での打撃を与える。


「ガラ空きのボディにクリーンヒットォ!」


確実な手応えと、それに見合うほど後方へ後退るナイトを見ての発言。
しかし、顔を上げたナイトの顔からダメージは見られない。


「今の一瞬で防御したのかよ。案外やるなぁ」


秘密は仕舞い込んでいた左腕。
それが盾の役割を果たし、胴への攻撃を防いでいたのだ。
右腕で貫き、左腕で守る攻防一体の騎士の拳法。
その動きにはドンナーも見覚えがあった。


「スターチス式の王国拳法?エリートかよ!尚更生かしておかないぜ」


次はドンナーがナイトへ距離を詰める。
狭い廊下では得意の大振りの攻撃は使えない。
仕方がないと、刺突の攻撃へと転じた。
高速で持ち手を槍の前方刃付近へと変える。
突き出すと同時に握力を少し緩め、それによって槍が前方へと一気に突き出される。

ナイトの心臓を突き狙う超速の攻撃、それが服を掠めるギリギリで身を捩って躱し、そのまま左腕で壁際に槍を押し退ける。

押し除けられ、壁にめり込む槍。
得物を失い、絶体絶命となるドンナー。
しかしその状況を待っていたかのように、ドンナーの表情には笑みが張り付いている。


「“パラリッジ”!」


ドンナーの掛け声と共に、槍先から迸る黄色い閃光。
直後、ナイトの左腕、槍に触れていた部分から急激に広がる痛みと痺れ。
その異常に、ナイトは思わず後方へと数歩下がってしまう。


「魔法か」

「正解。って、そんな勿体つけるモンでもないでしょ。珍しくもない」


魔法使い特有の、呪文詠唱までに発生するタメが無かった。
槍に付与しているのか、それとも事前に準備していたのか、いずれにせよもう気軽にあの武器に触れることはできなくなった。
左腕はダラんと下がったまま上がらない。
筋肉に力が入らない。


「教えたげる、今のは事前に作ってたやつだよ。あと二回魔力を練らずに撃てる」

「どうやらかなり舐められているみたいだが」

「そりゃそう。だってアンタ、魔法使えないでしょ?」

「ほぅ、何故わかる」

「んー、勘」


事実、ドンナーの勘は当たっており、ナイトは魔法を使うことが出来ない。
しかし、ナイトはそれを不利とは思わない。
むしろ———


「また右ストレートかよ!芸が無いやつ!」


踏み込みからの右拳。
左腕は垂らしたまま、今度は顎を狙った鋭いパンチがドンナーを襲う。

しかしドンナーはそれを軽々躱し、逆に右足の蹴りで反撃をする。
蹴りは垂れ落ちたままの左腕を狙うが、ナイトは跳んでそれを回避する。
勢いそのままにドンナーを飛び越え、両足で床にしっかりと着地する。
そのままナイトは2階への階段に向かって真っ直ぐに走り出した。


「待て待て待てよ!“エクレール”!」


ドンナーは走るナイトの背を見て、槍を両手で持つと、そのまま足に魔力を込めて一気に跳躍した。
目で追えぬほどのスピードで走るジグザグの閃光が一瞬迸ると、その線に沿ってドンナーが雷速で動き、そのままナイトの前方に轟音を上げて着地する。


「室内向きじゃないんだよこの魔法は」

「知らん」


着地直後、座り込んだドンナーにさらに距離を詰め、もう何度目かもわからない右拳が顔面を襲うが、ドンナーは後ろに倒れる形でのけ反って躱す。

倒れ込んだドンナーへの追撃の右ストレートが襲う。
今度は当たると確信する程、完璧に決まった攻撃、そう思われた。
しかしドンナーはその場で壁際に向かって回転し、そのままバク宙で階段の上に跳び乗った。
それにより行き場を失ったナイトの拳が屋敷の床を貫き、屋敷中にその衝撃と轟音が響き渡る。

拳を抜いて立ち上がるナイトに、パラパラと床の破片が降り注ぐ。


「次はお前のその角を砕いてやる」

「言いやがる」


ナイトの拳の威力を目の当たりにし、いよいよドンナーの表情から笑みが消える。
槍の先を右手で、後部を左手で構えたその姿勢は、ナイトの目から見ても完全に隙がない。

だが無いのならば作るまで———


一気に踏み込むナイトに沿うように、槍の穂先がその筋肉質な肌を撫で上げる。
一瞬の攻防のうちに飛び散る鮮血、しかし傷は深く無い。
ナイトは意にも介さず引き続き自身の右拳をドンナーへ叩きつけようと、肘から一気に振りかぶった。


「これ忘れてるだろ!」


そう、ドンナーはただの槍の戦士ではない。
その穂先に雷の魔力を携えた、魔法戦士。
対してナイトは魔法が使えない。
使わないのではなく、使えない。
どんな下級の剣士でも一般汎用魔法は習得しており、相手の動きを魔力の感知で読み合うこともあるこの世界において、最も致命的な弱点。

しかしナイトはそうは思わない。
何故ならば、ナイトにとって魔法は遅い。


「”パラ“」


そう呪文を唱え終わる直前、その口に左拳が力の限り叩き込まれる。
右手を後ろへ振りかぶっていた為に威力は減衰、しかしフェイントとしての効力は計り知れない。

麻痺させたはずの左腕で、見せたことのない動きを見せた超速のパンチ。
体よりも思考が追い付かない。

ここが決め時とばかりに、振りかぶっていた右腕が倒れ込むドンナーに向かって、まるでハンマーのように振り下ろされる。

先ほどの左拳とは違う、腰の入った本気の一撃。
それがドンナーの胴体に直撃する。
が、ドンナーもなんとか直撃は避け、ダメージは肩口を少し掠める程度に留まる。

思考が半歩遅れて追い付いた。
左腕が使えないのはダミー、全てはこの為の布石だったのだ。
さらに言えば油断もしていた。魔法が使えないばかりか、この人間には魔力による感知も通らないので、自分よりも格下だと決めつけて闘ってしまっていた。


「この未熟モンが」

「反省会はあの世でするんだな」


壁際へ転がろうとしたドンナーを、振り下ろされたナイトの左足が防いだ。
いよいよ逃げ場はない。
先程の攻撃で槍も手放してしまった。
防御を取る手段もない。
あの拳を受ければ死んでしまう。
ならばせめて、アヴァンニールに報いて死ぬ。


「“パラリッ”」


そう唱え終わる前に、ナイトの右ストレートがドンナーの顔面に叩きつけられた。
頬が歪み、血を吐いて白目を剥く。


「実力差がわからなかったようだな」


殺さないように手加減をして殴ったが、あのダメージでは当分立てはしないだろう。

ナイトはその場を立ち上がり、念の為槍を遠くへやってから、ドンナーの倒れる階段前廊下を後にした。


「早くお嬢様の元へ向かわなければ」


ナイトは槍が掠った部位と、まだ少し痺れの残る左腕を気にしながら、ルミューの元へと急ぐのだった。


▽▽▽▽▽


ナイトが行ってしまってから、随分長い時が経ったように思える。
彼は随分私の安全を気にしていたようにも思えた。
しかし、きっと私は一人部屋で閉じこもっている箱入りのお嬢様というわけではないのだろう。いつでも何かに首を突っ込みたくてウズウズしている気持ちがどこかにあるのだ。

しかし、それと同時に不安もある。
時折聞こえる戦いの音に、一度した地響き。
彼の無事を信じられなくなるには、あまりにも十分すぎる材料だった。


「考え事か、今まさに死にかけているというのに」

「明日の夕飯のこと考えてたの」


目の前に立っているのは、片方折れた二本の角と立派な白髪を持つ男。
そばには二匹の狼を従え、手に据える杖の切先がこちらを狙っている。

それに対峙するのは記憶を無くしたお嬢様。
足からは血を流し、綺麗に整えられていた髪は乱れて散々になっている。


「二度と食うことのない食事について考える必要はあるまい」

「そう?未来に想いを馳せるのは大事って言うでしょ」


抱いている怯えや不安と、それによって起こる震えを必死で抑えながら、ルミューはたった一人で目の前の恐怖と戦っている。
決して自身の隙を見せぬよう、気丈に目の前の人物と対峙しているのだった。
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