大人の恋愛の始め方

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【第2部】17.プレゼント

1.

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 聡子の誕生日は、十二月だ。
 いつだったか思い出せなかったが、聡子が自ら答えてくれたことで判明した。
「聡子、もうすぐ誕生日だよな?」
「えっ、はい、覚えててくれたんですか」
「……ああ、うん」
 日にちまでは覚えていない。探るために尋ねたのだから。
「夜、会いに来てもいいか?」
「はい! もちろんです! じゃあ二十日の夜は、起きて待ってますね!」
(二十日!)
 よしっ、と心の中で雄叫びを上げた。
「なるべく早く帰るな」
「無理しないで下さいね」
「無理してでも来るから」
 彼女を抱きしめ、額をくっつける。それから唇に触れる。
 こんなキスの仕方をするのは、聡子が初めてだ。少し照れくさい。
「何か欲しいものはないのか」
「……えー……特に……何もなくていいですよ。智幸さんと会えたら幸せです」
「欲がねえなあ」
 もう一度キスをする。
「ほんとですよ? 智幸さんがわたしだけの人になってくれた、それだけで充分幸せですから」
 恥ずかしいことを平気で言う聡子に、思わず顔が熱くなる。
「……そっか」
 もう帰り間際だったのに、身体が反応する。
「やべ」
「?」
「なんでもない」
 ぎゅっと聡子を抱きしめ、ごまかした。聡子も同じように両腕を回して抱きしめてくれた。
 今までの女たちとはしたことがない行為だ。些細なことなのかもしれないが、こんなことが幸せだと感じる瞬間だった。このまま、また抱いてしまいたい衝動にかられたが、思い留まった。
「……じゃあ、帰るな」
「はい。また」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 ぽんぽんと頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに笑った。
(可愛い……)
 聡子の部屋を出て、公園の駐車場に向かった。


「ああ、おかえりなさい。お疲れ様です」
 トモが帰宅すると、カズは部屋に戻る前だったようで、共有スペースであるリビングで出会った。
「ただいま。カズは寝るところか?」
「まだ寝ないですけど、部屋に戻ろうかと」
「そっか」
 カズはマグカップを手にしていた。どうやら飲み終えて、それを台所で洗うつもりだったようだ、そこに鉢合わせたと思われた。
「どうしたんですか、難しい顔して」
 トモは無意識のうちにしかめっ面をしていたようだ。
 ジャケットを脱ぎ、台所で手を洗う。
「彼女さんとうまくいってないんですか?」
「いや、うまく……うまくやってる」
「なんで口ごもったんですか」
 カズは眉を顰める。
「いや、なんつーか、うまくいってる、って言うのがどういう状態なのかがわかんねえからさ」
「トモさんがうまくいってるって思えば、うまくいってるってことでいいと思いますよ」
 カズは笑った。
「そうか……」
「で、なんでそんな難しい顔してたんですか」
「あー……そんなつもりはなかったけど、考え事してたからな。もうすぐ彼女の誕生日だから、プレゼントをどうしようかって」
 カズには素直に話してしまうトモだ。これではどちらが年上なのかわからない。しかし恋愛経験は確実にカズのほうがありそうだ。そして極道の世界とは縁の無い世界で生きてきた男だ、一般的な常識も確実に持っている。
「誕プレですか……。彼女さんに直接訊いてみたらどうですか?」
「訊いたけど……」
「えっ、高級ブランドのバッグが欲しいとか?」
「いや」
「財布とか?」
「いや……」
「まさか宝石?」
「いや……。何もいらないって」
「そうですか、何もいらな……いらない!?」
 カズは驚いて、持っていたマグカップを落としそうになっている。
「トモさんの周りの女の人でそういう人、いるんですか!?」
「……俺も驚いた」
 カズはマグカップを洗い終えると、水切りに伏せて置いた。
「何もいらない、俺が自分だけの人になってくれた、それだけで充分幸せ、とか平気で言ってくるんだよな」
「うわ、それ、惚気ですか」
「そういうつもりはない。でも本気でそう思ってるみたいで……勃ちそうになった」
 リア充爆発しろ、とカズは言った。
「どういう女性かわかりませんから、俺がどうこうアドバイスは出来ませんけど。彼女さんがトモさんに会うことが幸せだって言うなら、嘘は言ってないでしょうね」
「ああ、嘘をつく女じゃない」
「じゃあ、その日はめちゃくちゃ甘やかして愛してあげたらいいんじゃないですか。トモさんは得意でしょ?」
「……まあ」
「はい決まり。その日は、とろっとろに甘やかして、めちゃくちゃ愛してあげて、彼女さんとイチャイチャしてください」
「わ、わかった」
 こくこく、と頷く。
「とろとろ、めちゃくちゃ……イチャイチャ」
「まあ、その最後に、指輪をはめてあげるとか、ネックレスをかけてあげるとか、そういう演出もいいかもですよ」
 なるほど、とトモは頷いた。
(俺がプレゼントしたネックレス、俺が壊したしな……)
「カズ、サンキュ」
 トモはカズの両肩を叩き、笑顔になった。
「いえ。いい誕生日にしてあげてくださいよ」
「おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
 無意識にほくほく顔になっていることは、カズしか知らない。

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