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35.春の嵐ならぬ銀の嵐
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入学式も翌日に迫り、学生生活も前世ぶりだな~なんて空を見上げているとエドルドさんが重要事項を口にした。
「明日の入学式は私も出席しますので」
「入学式、エドルドさんも来るんですか?」
「レオンが行く予定でしたので、代わりに私が行くのは当然でしょう」
「別に強制じゃないですし、来なくて良いですよ」
「いえ行きます。朝一番に出ましょう」
「そこまで行く気を見せられても……なにかあるんですか?」
「ないですよ」
「怪しいですね……」
休暇とはいえ、一緒に庭でお茶をしようと言われた時から何かあるとは思っていた。
だがまさか入学式に出席すると言い出すとは。しかも何やら訳ありのようだ。
疑いの眼差しをエドルドさんに向けても何もないです、の一点張りでスコーンに手を伸ばす。私の手元に寄せていたクロテッドクリームをついっと差し出せば「ありがとうございます」と短く告げて、たっぷりとスコーンに乗せてから頬張った。
相手がレオンさんならば容赦なく聞き出すところだが、相手はエドルドさんだ。
ここはあんまり踏み込まない方がいいのだろうか。
エドルドさんの今のポジションは臨時保護者。
ただの使命感で出席すると言っている可能性もある。
強制ではないだけで、この世界の入学式には保護者が付き添うのが一般的なのかもしれない。
うちなんて中学の入学式で最後だったけどな~。
郷に入っては郷に従えというし、ここは変に遠慮しない方がいいのかもしれない。
私もスコーンへと手を伸ばせば、エドルドさんからベリージャムが差し出される。
「ありがとうございます」
お礼を告げて、私も大量のジャムを乗せて頬張ろうとした時だった。
「兄貴が女と同棲し始めたってどういうことだよ!」
ーー平穏な日常に嵐が到来した。
「いきなり来てなんですか」
「いきなり女を連れ込んだのは兄貴だろ!」
「下宿を受け入れただけです」
「女嫌いの兄貴が受け入れたんだから同じようなものだろ!」
「全く違います」
庭に乱入した嵐こと銀髪のイケメンの正体はエドルドさんの弟さんらしい。ちらっと話に聞いていた腹違いの弟さんなのだろう。
つまり貴族のご令息にして次期当主様。
そんな高貴なお方が怒鳴り込みに来たというのにエドルドさんは視線を向けることすらっしない。
もしかして、すでに厄介事が始まっているのかしら?
喧嘩なら出来れば私のいないところで始めて欲しかった。そして私が全く関わらない範囲で完結して欲しかった。
私に出来る事と言えば離脱のタイミングを窺いつつ、黙ってお茶を続行することだけ。
ああ、お茶は美味しいのに空気がまずい。
しっかりと手入れされているバラも不思議と花弁よりもトゲに注目してしまう。
ここから逃げ出せるならそのトゲ、一つ一つ取って過ごしたいな~なんて現実逃避をするが、嵐がご帰宅する様子はない。
むしろ勢力を増す一方だ。
一向に視線を上げないエドルドさんに詰め寄って、肩を掴むと強引に視線を合わせる。
「第一、なんで俺は駄目でこいつはいいんだよ!」
「あなたは実家があるでしょう」
「こいつは!」
「彼女の父親は遠い場所で働いています」
「もう十分一人で暮らせる年だろう! それに寮に入ることだって!」
エドルドさんも弟さんも顔がいいし、前世の友人だったらイケメンの修羅場! と心を踊らせたかもしれない。内容が内容だが、サイレントで楽しむ分には義兄弟の修羅場と楽しめるシーンではある。
ロマンス小説界隈の教養が薄い私も心の余裕があれば楽しめたかも知れないが、残念ながらもめ事の原因の一部は私だ。
まさか噂の義弟さんがブラコンとは……。
学園で遭遇すれば、確かに面倒臭いことになりそうだ。
けれど面倒事を予測していたエドルドさんの対応は至って冷静だ。
「なら、そうするようにレオンを説得してください」
「レ、レオンってまさか……」
「彼女の父親はレオンです。娘を一人で王都に残したくはないと私に預けていったのです」
「で、でもレオンさんの娘はすっごく強いSランク冒険者なんだって聞いているぞ! ならわざわざ兄貴の家に下宿させる必要ないだろ!」
どうやらレオンさんは義弟さんと知り合いだったらしい。自慢するくらいならついでにもめ事が起こらないように話をつけておいてくれれば良かったのに……。
だが会う人全員に紹介する勢いだったレオンさんから養子であるメリンダの話を聞いていないということは、最近は顔を合わせていないのだろう。
何でもいいからさっさと話し合い解決しないかな。
ポットの交換に来てくれたマリアさんから新たなお茶を注いで貰い、傍観を続行する。
「それは武者修行に出た方の娘で、こちらは比較的大人しくて最近冒険者になった方の娘です」
比較的大人しいって……。
確かに大剣ぶん回す女を大人しいとは言いがたいが、その例えはどうなのだろう。
メリンダになったからには大人しい地味系女子を目指した方がいいのだろうか。
でも私には冒険者としての仕事もある。
大人しい女の子がソロで魔物と対峙しているのも変な話だ。
加減って難しいな~。
「兄貴がレオンさんの頼みを断れないのは仕方ないかもしれないけど、二人いるなんて聞いてない!」
「聞いていても聞いてなくても二人いる事実に変化はありません。ほら帰ってください」
「お父様達に言いつけてやる!」
「構いませんよ。あの人だって独立した息子に口出ししてくることはないでしょうし」
「むうううう」
「唸ったところで何も変わりませんよ。用事が済んだのなら帰ってください。私、これから用事があるので」
「そんなにこいつのことが大事なのかよ!」
「大事ですよ」
「俺よりも?」
「当たり前でしょう」
「…………兄貴なんて嫌いだ」
「そうですか。ならもう来ないでくださいね」
「くっそおおお」と叫びながら義弟さんが退場することで決着はついたらしい。
若干というか、随分と義弟さんが可哀想でならないのだが、人の家の兄弟事情に首なんて突っ込むものではない。
そう分かっていても、退場する直前、涙を大量に貯めた目でキッと睨まれれば気にするなというのが無理な話だ。
私はエドルドさんの義弟さんと少女漫画の王道展開を繰り広げる気はさらさらないのだから。
「明日の入学式は私も出席しますので」
「入学式、エドルドさんも来るんですか?」
「レオンが行く予定でしたので、代わりに私が行くのは当然でしょう」
「別に強制じゃないですし、来なくて良いですよ」
「いえ行きます。朝一番に出ましょう」
「そこまで行く気を見せられても……なにかあるんですか?」
「ないですよ」
「怪しいですね……」
休暇とはいえ、一緒に庭でお茶をしようと言われた時から何かあるとは思っていた。
だがまさか入学式に出席すると言い出すとは。しかも何やら訳ありのようだ。
疑いの眼差しをエドルドさんに向けても何もないです、の一点張りでスコーンに手を伸ばす。私の手元に寄せていたクロテッドクリームをついっと差し出せば「ありがとうございます」と短く告げて、たっぷりとスコーンに乗せてから頬張った。
相手がレオンさんならば容赦なく聞き出すところだが、相手はエドルドさんだ。
ここはあんまり踏み込まない方がいいのだろうか。
エドルドさんの今のポジションは臨時保護者。
ただの使命感で出席すると言っている可能性もある。
強制ではないだけで、この世界の入学式には保護者が付き添うのが一般的なのかもしれない。
うちなんて中学の入学式で最後だったけどな~。
郷に入っては郷に従えというし、ここは変に遠慮しない方がいいのかもしれない。
私もスコーンへと手を伸ばせば、エドルドさんからベリージャムが差し出される。
「ありがとうございます」
お礼を告げて、私も大量のジャムを乗せて頬張ろうとした時だった。
「兄貴が女と同棲し始めたってどういうことだよ!」
ーー平穏な日常に嵐が到来した。
「いきなり来てなんですか」
「いきなり女を連れ込んだのは兄貴だろ!」
「下宿を受け入れただけです」
「女嫌いの兄貴が受け入れたんだから同じようなものだろ!」
「全く違います」
庭に乱入した嵐こと銀髪のイケメンの正体はエドルドさんの弟さんらしい。ちらっと話に聞いていた腹違いの弟さんなのだろう。
つまり貴族のご令息にして次期当主様。
そんな高貴なお方が怒鳴り込みに来たというのにエドルドさんは視線を向けることすらっしない。
もしかして、すでに厄介事が始まっているのかしら?
喧嘩なら出来れば私のいないところで始めて欲しかった。そして私が全く関わらない範囲で完結して欲しかった。
私に出来る事と言えば離脱のタイミングを窺いつつ、黙ってお茶を続行することだけ。
ああ、お茶は美味しいのに空気がまずい。
しっかりと手入れされているバラも不思議と花弁よりもトゲに注目してしまう。
ここから逃げ出せるならそのトゲ、一つ一つ取って過ごしたいな~なんて現実逃避をするが、嵐がご帰宅する様子はない。
むしろ勢力を増す一方だ。
一向に視線を上げないエドルドさんに詰め寄って、肩を掴むと強引に視線を合わせる。
「第一、なんで俺は駄目でこいつはいいんだよ!」
「あなたは実家があるでしょう」
「こいつは!」
「彼女の父親は遠い場所で働いています」
「もう十分一人で暮らせる年だろう! それに寮に入ることだって!」
エドルドさんも弟さんも顔がいいし、前世の友人だったらイケメンの修羅場! と心を踊らせたかもしれない。内容が内容だが、サイレントで楽しむ分には義兄弟の修羅場と楽しめるシーンではある。
ロマンス小説界隈の教養が薄い私も心の余裕があれば楽しめたかも知れないが、残念ながらもめ事の原因の一部は私だ。
まさか噂の義弟さんがブラコンとは……。
学園で遭遇すれば、確かに面倒臭いことになりそうだ。
けれど面倒事を予測していたエドルドさんの対応は至って冷静だ。
「なら、そうするようにレオンを説得してください」
「レ、レオンってまさか……」
「彼女の父親はレオンです。娘を一人で王都に残したくはないと私に預けていったのです」
「で、でもレオンさんの娘はすっごく強いSランク冒険者なんだって聞いているぞ! ならわざわざ兄貴の家に下宿させる必要ないだろ!」
どうやらレオンさんは義弟さんと知り合いだったらしい。自慢するくらいならついでにもめ事が起こらないように話をつけておいてくれれば良かったのに……。
だが会う人全員に紹介する勢いだったレオンさんから養子であるメリンダの話を聞いていないということは、最近は顔を合わせていないのだろう。
何でもいいからさっさと話し合い解決しないかな。
ポットの交換に来てくれたマリアさんから新たなお茶を注いで貰い、傍観を続行する。
「それは武者修行に出た方の娘で、こちらは比較的大人しくて最近冒険者になった方の娘です」
比較的大人しいって……。
確かに大剣ぶん回す女を大人しいとは言いがたいが、その例えはどうなのだろう。
メリンダになったからには大人しい地味系女子を目指した方がいいのだろうか。
でも私には冒険者としての仕事もある。
大人しい女の子がソロで魔物と対峙しているのも変な話だ。
加減って難しいな~。
「兄貴がレオンさんの頼みを断れないのは仕方ないかもしれないけど、二人いるなんて聞いてない!」
「聞いていても聞いてなくても二人いる事実に変化はありません。ほら帰ってください」
「お父様達に言いつけてやる!」
「構いませんよ。あの人だって独立した息子に口出ししてくることはないでしょうし」
「むうううう」
「唸ったところで何も変わりませんよ。用事が済んだのなら帰ってください。私、これから用事があるので」
「そんなにこいつのことが大事なのかよ!」
「大事ですよ」
「俺よりも?」
「当たり前でしょう」
「…………兄貴なんて嫌いだ」
「そうですか。ならもう来ないでくださいね」
「くっそおおお」と叫びながら義弟さんが退場することで決着はついたらしい。
若干というか、随分と義弟さんが可哀想でならないのだが、人の家の兄弟事情に首なんて突っ込むものではない。
そう分かっていても、退場する直前、涙を大量に貯めた目でキッと睨まれれば気にするなというのが無理な話だ。
私はエドルドさんの義弟さんと少女漫画の王道展開を繰り広げる気はさらさらないのだから。
応援ありがとうございます!
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