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プロローグ

告白と涙

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 怖ぇぇぇぇぇっ
 しかしヤルしかねぇ!!
 俺はヴォルフラムから飛び降りた。そして体の中の魔力に火を点ける。その熱が体中を満たすと、俺の体は淡い光を纏う。
「シノブ、それ……」
「私、頑張ってくるね」
 力いっぱいに地面を蹴り駆け出した。勢いにさっきまで立っていた地面が抉り取られる。その動きの速さは常人では視界に捉える事も出来ない。
「お姉ちゃん、アデリナさん!! 下がって!!」
 一瞬にしてユノ達と並び、抜き去る。
「シノブ!!?」
 俺はアバンセとの距離を一気に詰めて、拳を握り締めた。
 そして……
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 ドゴンッ!!
 子供の小さな拳が不死身のアバンセを殴り付けたその瞬間。
 凄まじい衝撃に地面は揺れ、アバンセは吹き飛んだ。もちろんそれだけで終わらすかよ!!
 ドロップキックで追撃する。
「グォォォォォォォォォォッ!!」
 低い唸り声。地面を削りながらアバンセは転がる。
 しかしそれは致命傷などにはならず、アバンセは転がる勢いを利用するように空へと飛び立つ。開かれた巨大な翼に土埃が舞い上がる。
 俺はそれを追うようにして空中を駆け上がった。両足の下には魔方陣。空を飛ぶ魔法、それも無詠唱魔法。
「この俺を殴り飛ばす人間の子供がいるとは……お前は何者だ?」
「私はシノブ。お姉ちゃんは絶対に殺させないんだから!!」
 空の上で不死身のアバンセと対峙する。
「お前はあの者の妹か……面白い。姉を守るために俺を倒すが良い。そうすれば竜の血も手に入るぞ」
「そのつもり!!」
 アバンセのその巨大な口から放たれるのは青い炎。全てを焼き尽くす高温の息吹。
 対する俺は無詠唱魔法で目の前に氷の壁を作り出す。しかし氷の壁は一瞬で蒸発し、高温の蒸気となる。しかしもうその場に俺は居ない。
 離れた位置。そこで両手を前に突き出した。その手の先に生み出される巨大な魔方陣。俺が知っている中でも最強の攻撃魔法。
「おんどれ、死にさらせぇぇぇぇぇっ!!」
 まるでレーザー光線。無数の光線が魔方陣から放たれ、アバンセの体に当たると大爆発を起こす。
「ガァァァァァァァァァァッ!!」
 アバンセの怒号と爆発音が夜空の空気を振るわせる。音が衝撃となり俺の体にビリビリと響いてくる。
 時間内に終わらせないとダメだ!! 出し惜しみ無用!!
 数百、数千という光線がアバンセを撃つ。
 しかしアバンセはその大爆発の中から離脱するように羽ばたいた。
 逃がすかよ!!
 まさに瞬間移動。俺はアバンセの首を掴み、そのまま真下へとブン投げた。地が震え、アバンセの体が地面へと横たわると、俺は再び距離を取るように空へ。そしてまた光線を撃ち出した。
 地面に押さえ付け、今度は逃げられないように。
「撃って撃って撃ちまくれ!!」
 ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!
 激しい閃光と、鼓膜が破れるかと思うような大爆発。空気も地面も竜の山全体が振動する。激しい衝撃に山の形自体が変わっていく。
 ただ時間が……もう……
 最後の一撃。
 俺は空高く舞い上がる。浮かぶ雲のさらに上。
 これで決まってくれぇぇぇぇぇっ!!
 そこから勢いを付けて急降下。そしてアバンセの体に向けて両足を突き出した。しかも回転を加えて捻り込むように!!
 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォッッッ!!
 最後の一撃がアバンセの体にめり込んだ。
 ……
 …………
 ………………
 時間切れ。
 淡く発光していた俺の体から光が消えた。
 これでアバンセに全くダメージが無かったら……
 アバンセは動かない。ただ視線だけを俺に移動させて言う。
「……シノブだったか……お前の勝ちだ」
「……アバンセ」
「この首を獲れ。俺の首ならばお前は歴史に名を残す事が出来る。それが偉業か愚行かは分からないがな」
 そう言ってアバンセは鼻で笑った。
 いや、あの、無理ぃ……もういつもの俺なんで。トドメを刺すような力は無い。それどころか、アバンセが尾を少しでも動かせたら、俺は紙人形のように弾け飛ぶ。
 よし、ここは王者の風格的な感じで乗り切ろう。
「私にその気は無いよ。私はお姉ちゃんが無事で、あなたの血を少しだけ貰えればそれで満足なの」
「俺の全身の血があれば大金持ちになる事も可能なんだぞ?」
「私は大金持ちになるより、きちんと職業を持って地味にコツコツと生きたい派なんです」
 するとそこにユノとヴォルフラムとアデリナがやって来る。
「これ……シノブがやったの?」
「お姉ちゃん……うん、どうやったかは後で説明するけど……アバンセは私が倒したよ」
「そう……シノブがやったのね……」
 ゴンッ
「っ!!? お、お姉ちゃん?」
 ゲンコツ。
 え? え? 何で? 何で今俺はゲンコツをくらったの?
「アバンセ。ごめんなさい。今すぐに私が出来るだけの回復魔法を掛けますから」
 そう言ってユノがアバンセに回復魔法を掛けてしまう。
「ねぇ、待ってよ!! なんでアバンセに回復魔法を掛けちゃうの!!? アバンセが復活したら今度こそ私たち殺されちゃうよ!!?」
 もう俺にはアバンセに対抗する力が無い。
 アバンセはゆっくりとその巨体を起こした。
「まさか……遊びのつもりだったが、本当に殺されそうになるとは……長く生きてみるものだな。実に面白い」
 俺もヴォルフラムもうろたえる。
「シノブ。私はね、アバンセに少し血を分けて貰うだけのつもりだったの」
「えっ……でも不死身のアバンセは凶暴で残忍だって……ヴォルもそう聞いているよね?」
「うん、だから竜の山には近付くなって、母さんにも聞いている」
 ……と、ヴォルフラムに見られたアデリナが答える。
「それは子供達が竜の山に近付かないようするための、大人達の嘘なのよ」
「嘘……なの?」
 ユノは頷く。
「もし俺が本当に凶暴で残忍ならば、麓のエルフの町などすでに全滅しているだろう?」
 た、確かに……
「でもでも、お姉ちゃんは剣抜いてたし」
「血を貰うのに少し剣を使うだけ」
「自分で自分の体を傷付けるとか、俺も怖いし」
 えっ、アバンセってそんな感じの竜なの!!?
 アデリナが居れば、ユノは日の出前にアバンセから血を貰い病院に戻る事が出来る。俺が何もしなくてもマイスは助かったのだ。
 つまり俺は引っ掻き回しただけ。
 こ、コイツはヤベェ……メチャクチャに……メチャクチャに怒られる気がするぜぇ……
「シノブ。後でしっかりと説明してもらうからね」
「……はい」

★★★

 マイスは助かった。
 竜の血、様様だな。
 マイスの『少し遅くなる』の言葉からの大怪我。てっきり秘密の仕事があり、その結果に大怪我を負ったのかと思ったが、実際は全く違った。仕事はただの雑務であり、怪我はただの事故。
 前世で言う警察署。その二階の一室で作業をしていた時に、床が崩れ落ちるという事故に巻き込まれたのだ。
 ただ幸いだったのは同僚のデルスが一緒だった事。一人だったらそのまま手遅れになっていたかも知れない。
 そして無事にマイスも戻ってきた所で……
「じゃあ、シノブ。隠している事を話して」
 有無を言わせないユノの表情。
「本当にシノブがあの不死身のアバンセを倒したのか?」
 もちろん信じられないマイスは疑いの表情。
「それは私がしっかりと見ていたから確かよ」
 小さくなったアデリナ。
「俺も見た。シノブが光ってた」
 同じく小さくなったヴォルフラム。
「シノブが赤ちゃんの時に不思議な光に包まれて、ヴォルを殴り飛ばした事があったのよね?」
 その話をアデリナから聞いていたセレスティ。
「そんな事もあったような気がする」
 ヴォルフラムも小さかったから、その辺りはうろ覚え。
「私にはその時と同じに見えた」
「どうなの、シノブ?」
 ずいっとユノが顔を近付ける。
 ダメだ、こりゃ逃げられん。
「えーとね、私ね。本当は魔法が使えないわけじゃないの」
 これは俺の能力の話。

 俺は魔法が使えない……わけではなく、本当はその逆。
 人間が使える魔法ならば、魔方陣を知るだけで俺は全てを無詠唱魔法として使えるのだ。さらに魔力を使い、人間としての身体能力を大幅に引き上げる事も可能だった。
 しかしそれも時間にして数分程度。さらに一度その能力を使えば、しばらくは何も使えない。
 だからマイスに回復魔法を使うべきか、ユノを追うべきか迷った。

「これが私の能力の全部だよ」
 多分これはアリア様に頼んだ『絶対に負けない』能力。その力を得るための代償が時間制限と回数制限だったのだろうと思う。
「何で教えてくれなかったんだ?」
 マイスの疑問も当然の事。
「自分でも自分の力が強力なのは分かっていたから。使い方によっては国一つを引っくり返す事も可能な能力なんだよ? もしこんな力を私が持っているなんて事が周りにバレたら、どんな利用をされるか不安だったの」
「でも家族にも秘密だなんて……」
 少しショックを受けたようなセレスティの表情。気持ちは分からんでもないけどな……
「それぐらい危ない能力だし、弱点も多いから」
 そう俺の言葉は紛れも無い真実。実際そうだろ? こんな力があったら絶対に国家間の争いに利用されるって。嫌や、嫌や、わいはスローライフを楽しむんや!!
 これで俺の秘密は終わり……
「違うでしょう? 隠していた本当の理由は」
 ユノの真っ直ぐな視線。
 ドキリッと心臓が飛び上がる。
「ううん。これが理由だよ」
 胸が苦しい。
「私はシノブのお姉ちゃんだよ? 隠せると思うの?」
「……」
 終わりじゃない。俺の秘密は。俺の心は……
「家族なんだから」
 そう家族……俺の家族……その家族に俺は心を隠して生きていくのか? このままずっと?
 胸が苦しいのは、心が苦しいからだ。吐き出したい想いがあるからだ。
「……お父さん……お母さん……何年か前に私が大森林で迷子になって大怪我した事を覚えてる?」
 二人とも頷いた。
 これは告白。
 あれは俺が5、6歳の頃だったろうか……探検隊と称して、立入を禁止されていた大森林の奥へと迷い込んでしまった。その頃はまだ自分の能力の使い方がよく分からず、そこで魔物に襲われ大怪我をしてしまった事がある。
「あの時、お父さんもお母さんも凄く怒って、お姉ちゃんは泣いちゃって……でも私は嬉しかったんだよ」
 マイスもセレスティもユノも本気だったから。
「その夜ね。お父さんとお母さんが話しているのこっそり聞いてたの」
 もう俺が寝てしまったと思ったのだろう。ただ俺はその時の話をしっかりと聞いていた。
「お父さんがね『シノブをユノと同じく自分の本当の子供だと思っている。だから本気で怒った。けどシノブは俺達を本当の両親と思ってくれているのかな?』って。そうしたらお母さんが『あなたと私の子供なんだから心配はいらない』って。私は自分が捨てられたの知っていたから……だからこの人達が私の本当のお父さんとお母さんなんだって思ったよ」
 ああ、ヤバイ……止められない。
「誰の代わりでも無い。私の本当のお父さんとお母さん、お姉ちゃん……でもね……」
 こぼれ落ちる。
「私が捨てられたのは白い髪と赤い瞳が原因だって。特別だから捨てられたって噂くらい知ってる。もし私の能力が特別なものだって分かったら……また捨てられちゃう……」
 涙がポロポロと流れ落ちた。
「怖かったの……もうやだぁ……捨てられたくない……私、お父さんとお母さんの子供でいたい……お姉ちゃんの妹が良い……だから言えなかった……」
 止まらない。しゃくり上げながら顔を両手で覆う。
「私は……ずっとこの家に居たい……ずっと一緒に居たい……大好きなの……」
「馬鹿。シノブは本当に馬鹿」
 ユノに抱きしめられる。
「本当よ。私の娘なのよ? そんな事あるわけ無いの」
 セレスティもユノごと俺を抱きしめる。
 二人とも泣いていた。それを見た瞬間。
「ううっ……うわぁぁぁぁぁんっ……」
 泣いた。
 大泣き。号泣。胸の中のモノ全てを吐き出した。
 マイスの目からも涙が落ちる。それはヴォルフラムもアデリナも。
 でもこれは悲しい涙じゃない。
 温かい涙だ。
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