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悪友
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ノックはしたものの、ほぼ飛び込むような勢いで部屋に入って来たその男性は、アイメリアをしげしげと見て、わずかに渋面になる。
「なんだ、まだ子どもじゃないか? まさかあいつ、そんな趣味が?」
それは主となる予定のラルダスに対しても、また、アイメリア自身にとっても、聞き捨てならない言葉だった。
「……あの、どなたか存じ上げませんが、失礼ではないでしょうか?」
場所が場所だけに相手が高い身分かもしれないということは、わずかにアイメリアの頭の片隅にはあった。
だが、まだ正式な従者ではないものの、主となる相手の名誉を守るべく勇気を振り絞ったのだ。
それに、ラルダスはアイメリアにとって恩人でもあった。
恩人が侮辱されて黙っているわけにはいかない。
アイメリアはそう考える。
相手の男性はアイメリアの言葉にわずかに目を見開くと、嬉しそうに破顔した。
「確かに今のは俺が悪かった、謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」
男性はアイメリアに近づくと、片膝を突いて許しを乞う。
アイメリアは、一時の感情で毅然と抗議をしたものの、いざ謝罪をされると困惑してしまう。
それでも、勇気を振り絞って答えた。
「その謝罪は、主であるラルダスさまにお願いします」
「確かに、君の言う通りだ。ラルダスには後できちんと謝ろう。しかし、今の言葉は君にも失礼だった、謝罪をさせてくれ」
「……わかりました。謝罪を受け入れます」
「ありがたい」
最初の印象はよくなかったが、どうやらこの男性は悪い人ではないらしい、とアイメリアはホッと胸をなでおろす。
こんな狭い部屋で、街で出会ったごろつきのような相手に絡まれてしまったらどうしようもない、と不安だったのだ。
「なにごとだ?」
そんな微妙な空気に支配された部屋へ、第三者の声が響く。
「ラルダスさま」
今度こそ、アイメリアの主候補のラルダスである。
「よう、ラルダス! お前がとうとう従者を選んだという噂を聞きつけて、見物にやって来たところだ」
「仕事はどうした? 近衛騎士というのはそんなに暇なのか?」
朗らかにラルダスに声をかける男性に対して、当のラルダスは辛辣だ。
さらに、さりげなく回り込んで、アイメリアを背にかばう位置に移動した。
「おいおい、俺とお前の仲だろ? そんなに警戒するなよ」
「彼女は世慣れていないんだ。あまり驚かすな」
「ふーん、見た目通りってことか。なんでそんな子どもを連れて来たんだよ」
「仕方のない事情があったのだ。そもそも俺もお前も彼女を子ども扱い出来るほど立派ではないだろ。ひよっこに毛が生えた程度だ」
「それはそうか!」
ラルダスと軽口を叩き合う男性は、カカカと豪快に笑う。
確かに、ラルダスはともかくとして、相手の男性はかなり若く見える。
下手をするとまだ十代なのではないか? と、アイメリアは思った。
世間慣れしていないと評されたアイメリアだが、自宅にはさまざまな客が訪れたため、それなりに人を見る目はあるつもりだ。
なにしろ、父は大富豪であり、客はその財産のおこぼれを狙う者が大部分だった。
表面だけの親切さと、裏側にある残酷さを、娘というよりも、使用人的な立場からさんざん見て来たのだ。
客の多くは、使用人を人間扱いなどしなかったが、だからこそ、その前では油断して本性を晒す。
そういう意味では、今目前にいる二人には、歳月によって捻じ曲げられる前の、若さゆえのまっすぐさがあった。
「そうだ。さっきお前の従者に叱られたよ」
知り合いらしい男性の言葉に、ラルダスが一瞬アイメリアを振り向く。
アイメリアは、それこそ自分が叱られるのではないかと思って、ビクリと身をすくませた。
「……貴様、彼女に何をした?」
だが、ラルダスはその様子を見て誤解したらしい。
男性に向かって、剣呑な声で問いただした。
「ちょ、待った! 怒るな……とは言わんが、何やら誤解しているぞ。彼女が怒ったのは、俺が彼女を子ども扱いして、更にお前がそういう幼い女性を好む輩だと言ったからだ」
「なんだと!」
「ラルダスさま」
今にも相手に殴り掛かりそうになったラルダスを見て、アイメリアは慌ててその腕を掴んで止める。
動いてしまってから、従者として出過ぎた行為だったと気づいたが、やってしまったものはどうしようもない。
「……私の分はもう謝罪していただきました」
ラルダスは見た目に反して優しい人だ、と既に気づいているアイメリアは、その怒りの大半が自分のためのものだと理解したのだ。
だから、止めて説明した。
出過ぎた行為を咎められて、せっかく得られたかもしれない仕事を棒に振るかもしれないが、アイメリアは、自分のせいでこの二人がいがみ合うのは嫌だったのだ。
アイメリアの言葉にラルダスは動きを止めて相手の男性を見る。
男性は肩を軽くすくめただけだった。
「……お前という奴は、全く。……アイメリア」
男性に向かってため息をつくと、ラルダスはアイメリアに振り向く。
アイメリアは、ラルダスが自分の名を覚えていてくれたことに、なんとも言えない喜びを覚えた。
「こいつはアーキウス。俺の悪友だ。こんなんでも近衛騎士の端くれだからな。人前では丁寧に扱ってやってくれ」
「まぁ。失礼いたしました、アーキウスさま。私はアイメリアです」
従者が名乗っていいのか? とアイメリアは一瞬迷いはしたものの、ラルダスの言い方は、人目がなければあまり身分を気にしなくていい、とも聞こえたので、アイメリアは控えめに自己紹介をすることにしたのだ。
すでにラルダスが名を呼んではいたが、正式に紹介された訳ではないので、そのままではアーキウスはアイメリアの名を呼ぶことが出来ない。
それは不便だろうと思ったので、名を告げる。
「おお、よろしくな、アイメリアさん。こいつの面倒をよろしく頼む」
「余計なことを言うな!」
仲のよさそうな二人の様子に、どうやら自分の判断に間違いはなかったようだと考えるアイメリアであった。
「なんだ、まだ子どもじゃないか? まさかあいつ、そんな趣味が?」
それは主となる予定のラルダスに対しても、また、アイメリア自身にとっても、聞き捨てならない言葉だった。
「……あの、どなたか存じ上げませんが、失礼ではないでしょうか?」
場所が場所だけに相手が高い身分かもしれないということは、わずかにアイメリアの頭の片隅にはあった。
だが、まだ正式な従者ではないものの、主となる相手の名誉を守るべく勇気を振り絞ったのだ。
それに、ラルダスはアイメリアにとって恩人でもあった。
恩人が侮辱されて黙っているわけにはいかない。
アイメリアはそう考える。
相手の男性はアイメリアの言葉にわずかに目を見開くと、嬉しそうに破顔した。
「確かに今のは俺が悪かった、謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」
男性はアイメリアに近づくと、片膝を突いて許しを乞う。
アイメリアは、一時の感情で毅然と抗議をしたものの、いざ謝罪をされると困惑してしまう。
それでも、勇気を振り絞って答えた。
「その謝罪は、主であるラルダスさまにお願いします」
「確かに、君の言う通りだ。ラルダスには後できちんと謝ろう。しかし、今の言葉は君にも失礼だった、謝罪をさせてくれ」
「……わかりました。謝罪を受け入れます」
「ありがたい」
最初の印象はよくなかったが、どうやらこの男性は悪い人ではないらしい、とアイメリアはホッと胸をなでおろす。
こんな狭い部屋で、街で出会ったごろつきのような相手に絡まれてしまったらどうしようもない、と不安だったのだ。
「なにごとだ?」
そんな微妙な空気に支配された部屋へ、第三者の声が響く。
「ラルダスさま」
今度こそ、アイメリアの主候補のラルダスである。
「よう、ラルダス! お前がとうとう従者を選んだという噂を聞きつけて、見物にやって来たところだ」
「仕事はどうした? 近衛騎士というのはそんなに暇なのか?」
朗らかにラルダスに声をかける男性に対して、当のラルダスは辛辣だ。
さらに、さりげなく回り込んで、アイメリアを背にかばう位置に移動した。
「おいおい、俺とお前の仲だろ? そんなに警戒するなよ」
「彼女は世慣れていないんだ。あまり驚かすな」
「ふーん、見た目通りってことか。なんでそんな子どもを連れて来たんだよ」
「仕方のない事情があったのだ。そもそも俺もお前も彼女を子ども扱い出来るほど立派ではないだろ。ひよっこに毛が生えた程度だ」
「それはそうか!」
ラルダスと軽口を叩き合う男性は、カカカと豪快に笑う。
確かに、ラルダスはともかくとして、相手の男性はかなり若く見える。
下手をするとまだ十代なのではないか? と、アイメリアは思った。
世間慣れしていないと評されたアイメリアだが、自宅にはさまざまな客が訪れたため、それなりに人を見る目はあるつもりだ。
なにしろ、父は大富豪であり、客はその財産のおこぼれを狙う者が大部分だった。
表面だけの親切さと、裏側にある残酷さを、娘というよりも、使用人的な立場からさんざん見て来たのだ。
客の多くは、使用人を人間扱いなどしなかったが、だからこそ、その前では油断して本性を晒す。
そういう意味では、今目前にいる二人には、歳月によって捻じ曲げられる前の、若さゆえのまっすぐさがあった。
「そうだ。さっきお前の従者に叱られたよ」
知り合いらしい男性の言葉に、ラルダスが一瞬アイメリアを振り向く。
アイメリアは、それこそ自分が叱られるのではないかと思って、ビクリと身をすくませた。
「……貴様、彼女に何をした?」
だが、ラルダスはその様子を見て誤解したらしい。
男性に向かって、剣呑な声で問いただした。
「ちょ、待った! 怒るな……とは言わんが、何やら誤解しているぞ。彼女が怒ったのは、俺が彼女を子ども扱いして、更にお前がそういう幼い女性を好む輩だと言ったからだ」
「なんだと!」
「ラルダスさま」
今にも相手に殴り掛かりそうになったラルダスを見て、アイメリアは慌ててその腕を掴んで止める。
動いてしまってから、従者として出過ぎた行為だったと気づいたが、やってしまったものはどうしようもない。
「……私の分はもう謝罪していただきました」
ラルダスは見た目に反して優しい人だ、と既に気づいているアイメリアは、その怒りの大半が自分のためのものだと理解したのだ。
だから、止めて説明した。
出過ぎた行為を咎められて、せっかく得られたかもしれない仕事を棒に振るかもしれないが、アイメリアは、自分のせいでこの二人がいがみ合うのは嫌だったのだ。
アイメリアの言葉にラルダスは動きを止めて相手の男性を見る。
男性は肩を軽くすくめただけだった。
「……お前という奴は、全く。……アイメリア」
男性に向かってため息をつくと、ラルダスはアイメリアに振り向く。
アイメリアは、ラルダスが自分の名を覚えていてくれたことに、なんとも言えない喜びを覚えた。
「こいつはアーキウス。俺の悪友だ。こんなんでも近衛騎士の端くれだからな。人前では丁寧に扱ってやってくれ」
「まぁ。失礼いたしました、アーキウスさま。私はアイメリアです」
従者が名乗っていいのか? とアイメリアは一瞬迷いはしたものの、ラルダスの言い方は、人目がなければあまり身分を気にしなくていい、とも聞こえたので、アイメリアは控えめに自己紹介をすることにしたのだ。
すでにラルダスが名を呼んではいたが、正式に紹介された訳ではないので、そのままではアーキウスはアイメリアの名を呼ぶことが出来ない。
それは不便だろうと思ったので、名を告げる。
「おお、よろしくな、アイメリアさん。こいつの面倒をよろしく頼む」
「余計なことを言うな!」
仲のよさそうな二人の様子に、どうやら自分の判断に間違いはなかったようだと考えるアイメリアであった。
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