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16 今の私は
しおりを挟む―――唯冬と暮らして一週間たった。
アパートの契約は月末までにして、荷物は週末に少しずつ片付けに行くことにした。
これはもう『彼氏と同棲』ってやつよね?
きっとそうよね?
ジッとお弁当を見た。
今日は二人分のお弁当を作ってから出てきた。
唯冬は昨日から作曲の仕事をしていて、眠ったのは明け方近くだと知っている。
私を起こさないように静かに部屋に入ってきて、髪をなでたから。
本当はどんな顔をしているのか見たかったけど、疲れているだろうと思って目を閉じていた。
早く休んでほしくて。
私が出勤する時間になっても唯冬は目を覚まさず、朝ご飯も食べないで眠っていた。
起こさないように気をつけてメモ紙を添えてお弁当を置いてきたけど、ちゃんと食べてくれたかな。
あれだけ私に体調管理を言っておいて自分はほとんど徹夜って。
仕事とはいえど、納得いかないわ。
なんだか、不公平な気がすると思いながら、唐揚げを口に放り込んだ。
うん。生姜がきいておいしい。
「あれ?雪元さん、お弁当ですか?」
隣の席に座る後輩の桜田さんの言葉にどきっとして卵を箸から落としそうになって、真剣な顔でバッとつかんだ。
セーフ!
この動揺を悟られるわけにはいかない。
「え、ええ。健康のためにお弁当にしたの」
よく私を見てるわね。
そう思いながら、目をすいっとそらした。
「もしかしてー!彼氏?彼氏ですか?」
な、なんでばれてるの!?
一度はつかんだ卵焼きがぼとっと箸から落ちてお弁当箱の上にダイブした。
「飲み会に誘ってもこないはずですよね」
「ま、まあ。なんていうか、そうなんだけど、その」
どもる私に桜田さんはいいなぁとマーメイドのネイルを見ながら、ため息をついた。
「こないだの飲み会、いい人いなくてー。彼氏との出会いってどこだったんですか?」
出会いか。
今、思い出すと昔の唯冬は私より小さくて、色も白くて、儚げな雰囲気があった。
繊細そうな男の子だったのにそれが今じゃ、あんなに身長も高くて力も強くて―――がっしりとした手と体を思い出し、赤面した。
なに考えてるの!?
私は!
「雪元さん、大丈夫ですか?」
ハッとして、こくこくと首を縦にふった。
「出会い、出会いよね!?」
待って。
これ、ジュニアコンクールとか言ったら、面倒なことになってしまうかもしれない。
桜田さんの顔をみると期待に満ちたキラキラした目で私をみていた。
素敵なエピソードを期待しているに違いない。
「……カフェで会ったの」
「おしゃれな出会いですねー!」
そこまで私から聞き出すと満足したらしく、パン屋で買ったと思われるパンをおいしそうに食べていた。
ほっとして、ごま昆布のおにぎりを食べ、机の上に置いてあったスマホ画面をのぞくと唯冬からメッセージが入っていた。
『仕事が終わったら、カフェ『音の葉』に寄ってほしい。知久が妹の無礼を謝りたいと言っている』
先日の楽器店の件だろうか、
陣川結朱さん。
お兄さんに似た華やかな美人だったなと思い出した。
そして、私の過去を知る人。
虹亜が言ったことをそのまま鵜呑みにしたからなのか、最初から敵意を感じていた。
言葉の端々にトゲがあって、私のことが嫌いなんだなってわかったけど、どうして話しかけたのだろう。
それが不思議だった。
お弁当を食べ終わるとまだ昼休みを半分すぎたところで時間に余裕がある。
本屋で買った雑誌を読もうと人の少ない場所まで移動した。
自販機近くにソファーが置いてあり、そこに座って雑誌を開いた。
以前の私なら、売場にすら寄り付かなかった音楽雑誌のコーナー。
もしやと思って本屋をのぞいてみたら、表紙に知った顔が見えて買ってしまった。
楽器店で目にした雑誌と別のものでこの雑誌は表紙になっていたから、ついね……
表紙は唯冬と知久さん、逢生の三人。
もうこんなのモデルと変わらない。
中には三人のインタビュー記事があった。
『クラシック界のプリンス達』
『女性達を魅了する音』
またそんな煽り文句が書いてある。
気持ちはわかるけど。
あの時よりなんだか、今は複雑な気持ちだ。
燕尾服姿の唯冬と知久さん、逢生さんが揃っていてメンズモデルみたいにかっこいい。
記事の内容に目を落とすと
―――三人は同じ音大附属高校出身だとか。とてもモテたとうかがっておりますが。
知久『唯冬が一番モテたよな?』
唯冬『付き合った女性の数だと知久が一番ですよ』
知久『遊び人みたいに言われたくないな。意外と俺は真面目なんだよ?』
逢生『どこが』
後は三人のコンサートの話が続いていた。
コンサートがあるらしい。
聴きに行きたいと思いながらも、気になるのはここ。
『付き合った女性の数』って書いてある。
「ふ、ふーん」
この言い方だと私以外にも付き合った人がいるってことよね?
なんとなく面白くないけど、あの顔だし、今までに恋人の一人や二人いたっておかしくない。
それに人気もあるし……
自分の現状と比べてしまって、憂鬱になりながらパラパラと雑誌をめくると小さい記事だけど、妹の虹亜が出ていた。
『若く伸びやかな演奏をする。海外の音楽院で学び、卒業して帰国。今後の活躍が楽しみなピアニストの一人だ』
その後はインタビューが続く。
―――今後はどのような活動をされるんですか?
虹亜『まずは姉が出場した最後のコンクールに出場し、優勝します』
―――そういえば、お姉さんは天才少女と呼ばれてましたね。
虹亜『それも過去の話です。まったく弾けなくなって、今はただの人。両親が少し厳しかっただけでピアノを弾かなくなってしまったんです』
―――なるほど。厳しい練習が嫌になったわけですか。
『よくある話ですみません。だから、姉は失敗作だって両親は言っているんですよ。その失敗を生かして私には自由に弾かせてくれてます』
―――お姉さんで学んだんですね。
『そうです』
暗い部屋を思い出し、バンッと雑誌を閉じた。
少し厳しかっただけ?
いまだに私を苦しめているのに。
両親と妹は今も私をこうやって馬鹿にしているんだと思うと、目の前がぼやけた。
虹亜が有名になれば、また私の名前を出して苦しめることはわかっていた。
いつまで続くのだろう。
この苦しみは―――浮かれた気持ちが水底に沈んだみたいになり、どろりとした重たい水が私の心を深く沈めた。
助けて。
私を。
そう願わずにはいられなかった。
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