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4 騎士と破壊のお姫さま編

1-8 一番目は笑う

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「喜べ、チビッコ! もう大人気で大儲けでガポガポよ!」

 黒竜直属の副官、エルヴェスがけたたましい声を上げ、僕の目の前で狂喜乱舞している。

 ま、けたたましいのはいつものことか。

 でも、内容は悪くない。

「だろうな! 僕が原作を書いたんだからな! 大人気は当然だろうな!」

 僕は当然のように応じた。

 あの原作はデュク様肝いりのものだ。
 人気が出ないはずがない。

 そんな僕たちの会話を、横から遮るヤツがいた。

「だから! 俺の執務室で師団と関係ない話はやめてくれないか?!」

 オッサンだ。

 オッサンは大人のくせに、軍部のトップを勤めるくせに、細かいことにうるさい。
 うちの神官長なら、大儲けの話と来れば、いっしょになって喜んでくれる。

 僕はエルヴェスを見る。エルヴェスも僕を見る。二人して、ふーっとため息をついて首をフルフルと横に振る。

「なんだよ、その反応は?!」

 オッサンこそ、いちいち反応するなよ。

 僕たちは再び、ふーっとため息をついて、さっとオッサンの方に手を差し伸べた。
 僕もエルヴェスも、手に握っているのは最新報告。

「スヴェート皇女の追加鑑定報告そのニ」

「スヴェート皇女の追跡調査報告そのニ」

「なんで、こんなタイミングよく…………」

 とたんに、さっきまでの勢いがシュンと消えるオッサン。

「わざわざ持ってきてやったのに、文句、言うのか?」

「ギラギラ、オトナゲないわねー」

 オッサンはさらに小さくなって黙り込んだ。僕たちの最新報告を手にして。




「ソレでねー コノ前、ブアイソウとほわほわちゃんが観劇したのよー」

「あぁ、四番目のやつ。喜んでたぞ。観劇は初めてなんだってな」

 オッサンが黙って最新報告を見ている間、僕たちは数を数えながら、オッサンが用意した菓子を食っていた。

 話題はさっきの続きだ。

 黒竜と四番目が観劇デートをした話は、四番目から聞いた。というか、聞かされた。

 四番目のヤツ、舎弟との菓子会に毎回毎回乱入しては、黒竜との惚気話をして去っていく。
 今回は観劇と市場巡りの話を延々と聞かされた挙げ句、土産だと言って、ハチミツの激甘菓子を置いていった。なんてヤツだ。

 …………ま、余程、楽しかったんだろうな。

 黒竜がこうやって、四番目にいろいろと初体験させてやるのを見て、こっちも安心している。

「………………観劇が初めて、だと」

「オッサン。静かに報告書、読めよ」

 なんだ、そんなことも知らなかったのかよ、このオッサン。
 黒竜の方がよっぽど詳しいぞ。
 これだから、コイツらとは関わらせたくないんだ。

「ソレでねー 本物の荒竜と破壊のお姫さまが来た!って話題になってねー」

「あぁ、あの二人、目立つしな。黒竜なんてデートの見せびらかしが目的だろ」

 黒竜は黒竜で子どもっぽいことをしてるように見えるが、これが竜種の標準仕様。文句も言えない。

「ソレでねー さらに大人気で公演延長がケッテイしたのよー」

「さらに大儲けだな!」

「ウヘヘヘヘ」

「創造の赤種が金勘定してていいのかよ」

 オッサンがまた口を挟んでくる。
 こっちの話に聞き耳立ててないで、さっさと報告書を読んでしまえばいいのに。

 そう思いながらも、親切な僕はオッサンの質問に答えてやった。

「あぁ、収入源は多く確保した方がいいって言われてるからな」

「誰にだよ?!」

「ヘクトルドだ」

 僕はサラッと神官長の名をあげる。

 ゴホゴホゴホ。

 むせるオッサン。

「アー、元祖シタリ顔! 元王族のくせにお金にウルサいのよねー」

「そうか? お金は大事だぞ」

「世の中、お金だけじゃないのよ、チビッコ」

「エルヴェス、大儲けしてウヘウヘ言ってるお前が言うなよ」

 またもや、オッサンが反応した。
 まったく、オッサンは細かいことにうるさいんだよな。だから、オッサンなんだよ。

「ハァー、あのね、ギラギラ。金儲けはツイデよ、ツイデ」

「そうだぞ、オッサン。ついでに儲けてるだけだぞ」

 金儲けが目的ではない。

 あくまでも本来の目的のための行動に、大儲けが付随しただけ。それを勘違いしないでもらいたいな。

「なら、その大金はなんだよ?!」

 オッサンが指差す先にあるのは、紙幣がぎっしり詰め込まれたカバン。
 僕たちはさっきからずっと、紙幣の枚数を数えていた。

「原作の使用料だな」

「ソーいう契約なんでー」

 事も無げに答える僕とエルヴェス。

 そもそもそういう契約なんだ。
 純利益の三割。正当報酬ってヤツだ。
 エルヴェスも金払いは悪くない。

「やっぱり金勘定してるだろうが」

「枚数は数えておかないとな」

「チビッコ、しっかりしてるわよねー」

 僕を相手に誤魔化すとも思えないけど、念には念を入れとかないとな。
 慎重にペラペラと紙幣を数えていく。

「用が終わったんなら、帰ってもらいたいんだかな」

 呻くオッサンを無視して僕たちはひたすら紙幣を数えた。

「ま、劇も人気で、デートで見せびらかしもできたなら、しばらくは静かに過ごせそうだな」

「そりゃソーでしょ。アレを見て、クチダシしてくるヤツ、いないってー」

 あともう一束。

「そうだよなぁ。そういや、最近、ベルンドゥアンがウロチョロしてるって、舎弟が言ってたんだよなー」

「気のせいよ、チビッコ。気にしてたら、背、伸びないわよー」

 よし、終わった。

「そうだよなぁ、気のせいだよなー んじゃそろそろ帰るか」

「ウヘヘヘヘ」

 オッサンに聞こえるようにワザと大声で話しながら、僕たちはオッサンの執務室を後にした。




「オッサン、大人なんだから大人しくしてるよなぁ」

 使用料の入ったカバンを大神殿に転移させ、身軽な格好でテクテクと本部内を歩く。

「コレだけ釘を刺しとけば、ギラギラもダイジョーブでしょ」

「でも、オッサン。身内に甘いからな」

 僕がポツリと零した言葉を、エルヴェスがすくいあげた。

「ほわほわちゃんは、グランフレイムもグランミストもベルンドゥアンも、一切合切、ガン無視なんでしょー」

「あぁ。あいつは四番目だからな」

「ソレ、理由になるのー?」

「なるぞ。なんだかんだ言っても、四番目の中身は完全に赤種。考え方も赤種そのものだ」

 いくらオッサンが自分の妹の面影を四番目に重ねてたとしても、いくら元護衛が大切なお嬢様の姿を四番目に見いだしているとしても。

「アー、確かに。ほわほわちゃん、時々、ギョッとすることを普通に言うわねー」

「それが赤種の普通だからな」

 彼らの追い求めるものは、すでに失われている。戻ってくるはずがない。

 バカだよな。失って後悔し続けるなら、最初から手放さなければ良かったんだよ。

「見た目はネージュ、中身は破壊の赤種。それをオッサンや他のやつが理解できるかどうかだ」

「マー、アタシたちには関係ないわー」

「そうだな。高みの見物といくか」

 エルヴェスの言葉に僕はニタリと笑った。

 僕も四番目も、愚かで哀れな普通種の生き様を楽しませてもらうとしよう。

 そう、僕たちは赤種なんだから。
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