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求婚者たち
(25)休息の日
しおりを挟む経済を学んだり、苦手な古代語を習ったり、倉庫に眠るお宝を探しだしたり。
そういう時間はとても有意義だと思う。しかし非常に密度の濃い日々なので、たまには何もない日が欲しくなる
アルヴァンス殿と会う日は、そういう絶妙なタイミングでの休息日となる。
素面のアルヴァンス殿は時々口が悪くなるだけで、基本的には私を放置してくれるのだ。
だから私は朝からのんびりと過ごし、たまに取り寄せた本を読む。
そんな時は気がつくと同じ部屋にアルヴァンス殿がいて、しどけなくうたた寝している姿を観察することになる。その寝顔すら端正なのだから、実にお得な人だ。
こういう無防備な姿を見るのは昔からで、だから特に気になることではない。だが手に持ったままの本が何かに気づいた時だけは、私は眉をひそめたと思う。それは古代語で書かれていたのだ。
いったん気になり始めると、アルヴァンス殿が読む本に目が行くようになってしまった。私が確認しただけで、古代語を含めて六カ国語の本を読んでいた。実際はもっと多くの言語を読むのではないだろうか。
彼がよく寝ている時など、退屈を持て余した私は自国語ならと手にしてみた。しかしこれが恐ろしいくらい硬い儀典用語で書かれていて、私は早々にあきらめた。
それらのほとんどが都の帝国大学院所蔵の本であり、起きている時には訳を紙に書いている時もあった。
「……その本は面白いのですか?」
「面白くはありませんよ。長く都を離れていると、こういうものを送りつけてくる面倒な人がいるだけです」
つい、私が聞いてしまうと、アルヴァンス殿は苦笑いを浮かべていた。
そういえば、以前からアルヴァンス殿の滞在が長くなると、彼のもとによく小包が届いていた。そして今回の長期滞在では、アルヴァンス殿も都へと小包をよく送っているらしい。
メイドたちは、アルヴァンス殿には都に恋人がいるのでは、と興味丸出しできゃあきゃあ笑い騒いでいた。しかし真相は、小難しい異国語の本と翻訳文のやり取りのようだ。……メイドたちに教えてやるべきだろうか。
ファドルーン様が言っていたように、アルヴァンス殿には我々マユロウの人間が知らない顔がある。もっと話を聞きたい気もしたが、マユロウにいる間は触れてはいけない気がして、私は食事に誘うだけにとどめた。
こんな学者のようなアルヴァンス殿も、天気がいい日などは朝早くから本邸に来る。
これは遠駆けの誘いだ。
だからアルヴァンス殿の到着を聞くとすぐ、私は馬の準備をさせる。馬番たちも心得たもので、私の指示が届く前から動き始めてくれる。
昔から変わらない彼との日常の一部だった。
過密な中でこれだけゆっくりとすごせるのだから、アルヴァンス殿が加わってくれてよかったのかもしれない。父がそれを意図していたのなら、さすがマユロウ伯と言うべきだろう。
もちろん夜にある宴では、アルヴァンス殿は泥酔に近い状態になると私を口説いてくる。口説く対象が私に限定されていないのは以前と同じで、これは父の剣舞と同様、最近の酒宴での恒例行事になっている。
最近は私もすっかり慣れてきて、肩を抱き寄せられている時などに、ふと思いついた疑問をぶつけるようになっていた。
「前々から気になっていたんですが」
「ライラ・マユロウに気にしていただけたのは、私の想いも少しは通じたのでしょうか」
「うん、あのですね。アルヴァンス殿はどうしてまだ独身なのでしょう? 都でも大変に女性にもてていると聞いているのに、婚約の噂もなかったと聞いていますよ」
私がそう言うと、アルヴァンス殿は目を伏せた。
私の肩から手が離れたが、それは新しい酒を引き寄せている間だけだった。
「……あなたのせいですよ」
「えっ? どうして私のせいになるんですか」
「あなたに比べれば、どんな女性も色あせて目に入らなくなる。貧乏貴族としては裕福な未亡人と結婚するべきだとはわかっています。でも、安定した生活より……あなたのそばにいる方が私は幸せなのです」
たぶんこんな感じだったはずだ。他にもいろいろ言われた気がするが私は覚えていない。新しい口説き文句だなと思っただけだ。
こんなことを繰り返すアルヴァンス殿だが、酒が抜けた後になんとも情けない顔をすることがある。そういうときはだいたいが新ネタで口説かれた時だから、記憶が飛ぶわけではないのだろうと思う。
それにしても、私に甘い口説き文句を吐くというのは、いったいどういう感覚なのだろう。
それがいつも不思議だ。
そしてこれがまた、父の酒の肴になるのかと思うとしゃくにさわる。
しかし、私が多忙になってしまったために、これまで人に押し付けていた執務を父が真面目にするようになったのはいいことだ。それに、正妻である私の母に押し付けられるのか、マユロウ伯の名にふさわしい衣装を着るようにもなった。
父の側室方も、見目麗しい貴公子が四人もやってくるためか、以前にも増してお美しくなられた。私は相変わらずの男装だったが、異母弟カラファンドは衣装や身のこなしがすっかり洗練されてよくなった。これなら都に出ても、悲恋の貴公子の名に恥じないだろう。
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