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企画部の女帝
同期の心配
しおりを挟むこいつ、酔っているとはいえ……
もうちょっとしっかりした方がいいんじゃないか?
俺の肩に身を預け気持ち良さそうに眠る同期。
もともとこいつとは企画の同期ということで、ライバルとして張り合ってきた。
お互い役職を目指しているのだと俺は思っていた。
だが、入社してわずか2年でそうではない事を思わぬ形で知った。
自分が企画した商品を買う客の反応を見てみたかった俺は、営業の先輩にお願いして
営業についていくことになった。
その帰りに営業の先輩から紀田の話について聞かされた。
「紀田さんっているでしょ、彼女部長になる話断ったらしいね。あんなにバリバリ仕事してるから役職の座を目指してるのかと思ってたから、驚きだよ。」
それを聞いた俺は、その日紀田を問いただそうと飲みに誘った。
「お前、役職目指してるんじゃないの?」
頼んだウイスキーのロックをグイっと飲み干すと紀田は答えた。
「……最初はそんなつもりだったんだけどね。色々理由があるのよ、断るにもね。」
意味深な言葉と視線に俺はもどかしくなり、その色々な理由とやらを聞き出そうと思ったが、突然紀田は気持ち悪そうに顔を歪ませ、つぶれてしまった。
理由も聞き出せず、つぶれた紀田をなんとか家に送り、俺に部長の座への誘いがあったのはそんな日の翌日だった。
気に食わない点はあったが、今までやってきたことの目標だった訳で、俺は誘いを受けて部長になった。
結局2年たった今も紀田の色々な理由とやらは聞けないままだ。
俺が知るのは、動きにくくはなりたくないという本当かどうかわからない主張だけだった。
今となっては、実は酒に弱かったとか、可愛い小物が好きだとか、そんなどうでもいい事ばかりで紀田を知る。
「俺は心配だよ、お前が…」
何か重たい物を背負って、いつか壊れてしまいそうで……
同期だからって心配し過ぎだろうか?
ふと隣を見るもまだ彼女は気持ち良さそうに寝ている。
そして俺は今日も彼女を家に送った。
「ごめん、藤沢。また送ってもらっちゃって。」
お昼の休憩で藤沢に謝る。
藤沢と飲みに行った次の日のお決まりの光景である。
そもそも酒に弱い私を連れて行くのが悪いのだが、送ってもらった人にそんな文句は言えない。
「いつものことだから、誘ってんの俺だし。」
うん、だから頻繁に誘わないで欲しいんだけど。
確かに藤沢と飲むのは楽しい。
面白い話が聞けるし、話も合うし、一緒にいて気が楽だ。
だが、だからといって毎回意識朦朧で送られるこっちの身も考えてほしい。
いくら藤沢でも申し訳無さすぎる。
「あのねえ、頻繁に誘わないでくれる?次の日会社もあるしいつも役立たずの体に鞭打ってお風呂入ったり化粧落としたりするのよ?」
「じゃあ今度から週末にするわ。」
「毎週末とかやめてよ?」
わかったわかった、と言って手を振るが、
絶対こいつ分かってない。
仕方なく前にある自分の席に座る。
「昨日、飲みに行ったの?仲いいねー」
隣のデスクの小雪ちゃんがニヤニヤしながら話しかけてくる。
「いや、そういうのじゃないから。はい、仕事して。」
パソコンの画面から目を話さずに仕事をするよう促す。
「冷たいなー、ま、近いうちに話し聞くことになるかもしれないけどねー」
小雪ちゃんは下を向いて何かをボソリと言うと、また再び仕事に取り掛かった。
✽
今日の仕事はいつもより少し早めに終わった。
まっすぐ家に帰って、久しぶりに手のこんだ料理を作ろう。お菓子を作ってもいいかもしれない。
そんなことを考えて帰りに家の近くのスーパーに寄る。お菓子を作るのに家に無塩バターのストックはなかったはずだし、それに海老が食べたい気分だ。
どうせ手のこんだものを作るなら、とことん良いものを使おうじゃないか。
手前に陳列された安い海老ではなく、一番上の棚にある高い海老を手に取る。
いや、でも……
結局、私は高い海老も安い海老も買わずに
スーパーでの買い物を終えた。
高いのを買うのなら、ちゃんとした魚屋に行こうと思った故である。
遠回りになるが、家にまっすぐの道には進まずに魚屋の方へ足を向けた。
「じゃあな、嬢ちゃん!おまけしといたからまた来てな!」
……嬢ちゃんっていう年でもないんだけどな。
そう思いつつも、いかにも魚屋さんという感じのおっちゃんにオマケしてもらえたのは、何はともあれ嬉しい。
鼻歌を歌いだしそうな調子で家に帰る。
「……できた」
もう22時だが、シフォンケーキが焼き上がった。
夜ご飯は予定通り海老を使ったアヒージョに、グラタン、サラダと、本当に海老づくしだった。
シフォンケーキを焼いている間に食べたが、
もちろん食べ切れなかったから、ラップをかけて明日の朝ごはんに回すつもりだ。
夜ご飯を食べながら白ワインを開けてしまった私はそこそこ酔っていて、焼き上がったばかりのシフォンケーキを素手で取り出そうとしてしまった。
分かりきったことで、先程まで170度でオーブンに入っていたアルミ製の型を素手で触れば火傷をする。
「……!!あっつい!!」
ぎりぎり落とさずにキッチンテーブルに型を置けたものの、両手の指先は真っ赤である。
急いで水で冷やすも、ヒリヒリと痛む。
阿呆だ……私は阿呆でしかない……
酔いも冷めて自分自身に呆れてくる。
一応火傷の塗り薬を塗っておく。
……少しテンションが下がってしまった。
まあ、でもこんな時間にテンションが上がっているのもおかしかったのかもしれない。
もう寝よう、とシフォンケーキを逆さにビンに挿して部屋の電気を消した。
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