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第二章 急発展と防衛戦

第64話 戦いの後

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「……こいつ、ゴズリングだな」

「知り合いですかい?」

 たった今切り落とした盗賊の頭領の首を見て、ユーリはそう呟いた。そこにペンスが問いかける。

「3年くらい前か、他の傭兵団と共同でオークの群れを狩る依頼を受けたことがあっただろう。こいつはそのとき組んだ傭兵団の頭だった」

 そう言われてペンスも、近くにいたラドレーも、驚いたように頭領の顔を確認した。

「こんな顔でしたかねえ」

「あんときは俺たちは下っ端だったから、組んだ傭兵団の頭なんて近くで見てねえもんなあ」

「俺はそのときもう幹部だったから顔を合わせてた。こいつも半端な魔法の才を持ってたから、似た者同士それなりに話もしたんだがな……」

 ユーリの記憶では、ゴズリングは決して悪人ではなかったはずだ。それが村を襲って罪のない人間を殺しまわるほどの盗賊に堕ちるとは。

 自分は盗賊になったときも最後の一線だけは超えないようにしていたが、もし決定的に道を踏み外していれば、こうなっていたのは自分だったかもしれない。

 そう思いながら、ユーリは数秒だけ目を瞑ってかつて肩を並べた戦友の死を偲んだ。

 既に戦いは終わり、領都ノエイナの門の前では盗賊の死体の片づけが始まっている。

「覚悟を決めてたわりにはあっさり勝てちゃったね」

 ゴーレムを使って盗賊の死体を運びながら、ノエインはユーリにそう話しかける。

「こっちにはクロスボウが大量にあったからな。見晴らしのいい場所で、柵の上から一方的に撃ちまくったら盗賊だってひとたまりもないだろう……あと、お前のゴーレムは反則だ」

「ははは、僕も対人戦で本気でゴーレムを使ったのは初めてだったけど、まさかここまで一方的な蹂躙になるとは思わなかったよ。まるで虐殺だったね」

 盗賊相手でゴーレム越しとはいえ、たった一人で数十人を殺したにも関わらず、ノエインはいつものようにヘラヘラと笑っている。

「ノエイン様は人間相手に戦うのは初めてだろう? 大抵は初陣のあとは泣くか吐くか漏らすかするもんだが、随分と余裕そうだな」

「一応はベンデラで殺しの経験を積んでたからね。何事も2度目は楽なものさ。それにこいつらは文句なしに領地と領民を脅かす害だったんだから、罪悪感も後悔もないよ」

「そうか。まあ平気ならそれに越したことはないだろう」

 ユーリとそんな会話を交わしていたノエインのもとへ、既に川辺から領都ノエイナに戻っていたアンナが駆け寄ってきた。彼女は他の女性や子どもたちとともに、負傷者の手当てに奔走しているところだ。

「アンナ、お疲れさま。どうだった?」

「奇跡的にこちらに死者はいませんでした。ただ重傷者は10人以上です。なかでも何人か、特に酷い人がいて……」

 彼女によると、片目を失明した者が2人、片腕や片足を失くした者が3人、そして腰の神経をやられて下半身が動かなくなった者が1人いるという。

 その者たちは、一生涯ずっと生活や仕事に支障をきたすことになるだろう。特に腕や足、腰をやられた者はもう農作業はできまい。

「そっか……全員で生き残れたのは幸いだけど、彼らには僕からも見舞金を渡して今後の仕事を工面しなきゃね。何よりまずはレトヴィクからちゃんとした医者を呼ばなきゃ」

「手の空いてる人に、伝令用の馬の準備をさせますね」

「ありがとう、お願いするよ……なんか、あんなに覚悟を決めて別れを交わしたのに、こうしてあっさり再会すると気恥ずかしいね」

「何言ってるんですか、あっさり再会できる方がいいにきまってますよ」

「確かに、違いないね」

 そう言って苦笑を交わし、アンナが去っていったかと思えば、入れ替わるようにバートが歩いて来る。

「ノエイン様、捕虜をまとめました」

 バートに促されて、ノエインは捕虜になった盗賊たちのもとへと足を運ぶ。

 目の前にノエインが現れると、捕虜たちは恨みがましい目を向けてきた。

 拘束して無抵抗にさせた後に、さらに抵抗力を削ぐため両手の平をクロスボウで1回ずつ撃ち抜いたので無理もないだろう。

 荒くれ者たちに睨まれてもどこ吹く風といった様子でノエインはバートに言う。

「けっこう生き残ったね」

「全部で42人です。こいつらはどうしますか……さすがに領民にするとは言いませんよね?」

「あははっ、いくら僕だってそこまで慈悲はないよ。虐殺や強姦にまで手を染めて、しかもうちの領を襲ってきた奴らなんてお断りだね。こいつらは奴隷商会に売り払おう」

 盗賊など重犯罪者が奴隷落ちすれば、その末路は悲惨だ。過酷な労働現場で酷使されて早死にすることになる。

 それを想像したのか、捕虜の一人が脱走を図った。いきなり立ち上がって見張りの領民に掴みかかり、クロスボウを奪おうとする。

「おっと!」

 咄嗟にバートが剣を抜き、その捕虜の肩を切りつける。捕虜は「ぎゃっ!」と叫んで倒れ、あっけなく抵抗を止めた。

「手を縛ったはずなのに……縄が焼き切れてるな。魔法か」

 魔法の才を持った人間は数十人に一人はいる上に、「火魔法」の才は全魔法の中で最も割合が多い。魔法使いと呼べるほどの実力がなくても、小さな種火を起こす程度のことができる者は少なくない。

 この捕虜も、「着火」で手を縛る縄を焼き切って逃げようとしたらしい。

「こいつはどうしましょう? 殺しますか?」

「ただ殺すのも芸がないからな……両足の腱を切って、森の中に放置しようか。獣や魔物たちが綺麗に片づけてくれるよ」

「了解です」

 ノエインが凄惨な処罰を命じると、バートは涼しい顔でそう応えて逃げようとした捕虜の足に切れ目を入れる。そのまま「嫌だ! もう逃げねえ! 許してくれ!」と泣き叫ぶ捕虜を引き摺って森に入っていった。

「逃げようとした人はああなるからね。生きたまま魔物に食い殺されるのが嫌なら大人しくしておくようにね」

 青ざめた顔でそれを見ていた他の捕虜たちに、まるで子どもに言いつけるような口調で警告を残し、ノエインもその場を離れる。

・・・・・

 門の外での仕事をあらかた終えて、ノエインは領都ノエイナの中に入る。

 そこへ近づいてきたのは、行商人のフィリップだった。

「あの、アールクヴィスト閣下」

「ああ、フィリップさん……報せを届けてもらっただけでなく、戦闘まで手伝ってもらってなんとお礼を言えばいいか」

「いえ、私も男ですので……少しでも力になれればと思った次第です」

 フィリップは盗賊接近を知らせてくれただけにとどまらず、クロスボウの矢を運んだりと、戦闘の準備にまで手を貸してくれたのだ。

「ところで、危険を承知で情報を届けてくださった理由を聞いても?」

 そう尋ねるノエインの表情は穏やかなままだが、その目に警戒心が宿ったことにフィリップも気づいた。

 商人は利益を何よりも重んじる。フィリップがただの親切心でアールクヴィスト領まで馬を走らせたわけではないのはノエインも分かっていた。

「……私はそれなりに商人としての野心が強い方ですので。せっかく行商人として市場をほぼ独占させてもらってるアールクヴィスト領が無くなったら大損だなと思いまして」

 フィリップは観念したように苦笑して言う。

「それに、報せを届ければ閣下に大きな恩を売れるのではないかと。しがない木っ端商人にとっては、この度の行動で命を賭すに値する利益が得られると考えました」

「ははは、それくらい正直に言ってもらえるとこちらとしてもやりやすいですね……フィリップさん、うちの領に来て商会を構えませんか? 店舗の建物はこちらで用意します。場合によっては融資もしましょう。ゆくゆくはアールクヴィスト家の御用商会になれると思いますが、どうですか?」

「よ、よろしいのですか?」

 フィリップは目を見開いてそう聞き返す。大きな恩を売れたとは思っていたが、その見返りに店舗と御用商会の立場を与えられるのは予想外だった。

「アールクヴィスト領に命を賭けてくれたあなたは信用できます。どうか僕たちと一緒にこの地で生きて、この地で最初の大商人になってほしい」

 ノエインの提案は、フィリップの商人としての野心を大いにくすぐった。

「閣下……そのような言葉をいただけて、商人としてこれほど嬉しいことはありません。是非そのお話をお受けさせてください」

 感極まりながらそう言ったフィリップに、ノエインも「ありがとう。感謝します」と微笑んだ。

 フィリップが離れたあと、近くで負傷者の手当てに奔走しながらこの会話を聞いていたマイが声をかけてくる。

「ノエイン様、いいんですか? あの人はケーニッツ子爵にうちの情報を売ってたんじゃ?」

「だからこうして取り込んで、うちの領と運命共同体にさせて味方につけちゃおうと思って。それに彼にはうちの詳細な戦力もクロスボウのことも知られちゃったから……まあ、今回の件でほんとに彼を信用したっていうのもあるけど」

 先ほどまでの慈愛に満ちた微笑みが嘘のように、ヘラヘラと軽薄に笑うノエイン。

「……相変わらずですね、ノエイン様は」

「そりゃあ領主だから、いつでも領地の利益を考えて立ち回るよ。っていうか、マイはそんなに動いてて大丈夫なの? お腹の子に障るんじゃない?」

「周りが忙しく働いてるから居ても立っても居られなくて……そろそろ切り上げて休みます」

「それがいいよ、ユーリも心配しちゃうからね」

 ノエインはその後も細々とした仕事……医者の手配や戦場の片づけの指示、捕虜の監視の指示などを行い、日が暮れる頃にようやく屋敷に帰って落ち着いたのだった。

・・・・・

「ふああ、疲れたああ」

「お疲れ様でした、ノエイン様」

 屋敷の浴室でお湯をたっぷりと張った湯船に体を沈め、ノエインはそう息を吐く。マチルダも当然のように一緒にお湯に浸かっている。

「勝てた……領民も領地も守れた……全員が五体満足とはいかなかったけど」

「死者が出なかっただけでも素晴らしいことです。それもノエイン様のゴーレムによるご活躍と、過去にクロスボウの有用性を見出して開発の援助に踏み切ったご決断あってこそです」

「そうだね……誇っていいかな?」

「はい。誇って当然です」

 マチルダの体にもたれかかりながらノエインが顔を上げて言うと、マチルダも上からノエインの顔を覗き込んでそう返した。

「今日は守ってくれてありがとう、マチルダ。かっこよかったよ。僕が今生きてるのはマチルダのおかげだ」

 ゴズリングがノエインに肉薄してきたとき、マチルダがその瞬発力を発揮してゴズリングの前に立ちはだからなかったら、ノエインの命はなかっただろう。

「私がノエイン様をお守りするのは当然のことです。ノエイン様は私の……大切な方ですから」

「……へへ、愛してるよ、マチルダ」

「私もです、ノエイン様」

 ノエインの表情は領主のそれではなく、緊張を解いて愛する女に甘える男のものだった。

 マチルダの表情もまた、忠実な副官のそれではなく、愛する男を癒そうとする女のものだった。

 戦いを終えて平穏を取り戻したアールクヴィスト領の夜は、そして愛し合う男女の顔になった2人の夜は、こうしてゆっくりと過ぎていく。
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