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地味な生徒

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「エイデンのバカ」

ブスくれながら呟いたセレーネをエイデンが優しげな顔で見つめていて、それを視界に入れながら、痛む胸に気付かないふりをした。

「用事があるから失礼させてもらうよ」

2人にそう言って、彼らの横を通り過ぎるとセレーネが俺のことを呼び止めてきて足を止めた。

「あのっ、またお話しようね」

「……機会があれば」

「うんっ」

俺の素っ気ない返事に、にへって微笑みを浮かべるセレーネは本当に可愛らしくてその笑顔を見ているだけで胸が暖かくなる。

けど、横にいるエイデンの存在が俺の心を冷たく凍えさせてくるんだ。

「それじゃあね」

今度こそ彼等に背を向けて寮への道を進んでいく。

まだ2人が付き合っていなかった事実が仄暗い俺の心に光を当ててくれているようにも感じるけれど、セレーネのエイデンを見る表情がこの気持ちが彼に届く日は無いと教えてくれているようで直ぐに光は雲に隠れてしまう気がした。

部屋に戻ると、ネクタイを緩めて伊達眼鏡を外し、長い前髪をかき揚げていつもの地味な姿を脱ぎ去る。

机に置かれた書類たちを眺めながら、何もする気が起きないとため息を吐いた。

何年経っても変わらないセレーネへの気持ちは叶わないとわかってはいても仕舞い込むことは難しくて、俺の天人としての本能があの花人を手に入れたいと叫んでいる。

今日初めてまともに会話をしたセレーネは話す度にコロコロと変わる表情が愛らしく、ゆったりとした喋り方は好感が持てて、柔らかい雰囲気に居心地の良さを感じた。

「……欲しい」

あの子が欲しい。

出会った時からあの子は俺だけのプリンセスだった。

幼い頃に何度も読んだ王子様とお姫様の恋物語では、お姫様はかならずたった1人の王子様と結ばれて幸せに暮らす。

俺はあの日出会った天使のように愛らしいその子のことを思い浮かべては、王子様とお姫様に自分達のことを当てはめて妄想を膨らませていた。

出会えばきっとあの子も自分のことを見てくれるとなんの疑いも無く思っていた幼き日に戻りたいと少しだけ思う。

けれど……自分の姿すら偽っているような俺を彼が見てくれるとも思えないし、それに俺が彼の隣にいなくても彼の隣にはエイデンが居る。

彼の王子様はエイデンで俺ではないんだ。

瞳を潤ませながらエイデンを見つめるセレーネのことを思い浮かべる。

俺のことを好きになればいい。

そうすればあんな顔させたりしないのに。
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