クズ男はもう御免

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16 ハクラシスの旧友

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 雪がちらつくような寒い日もまだあるが、ここのところ暖かい日差しを浴びることも多くなったのを見て、ハクラシスが狩りに出ようと言い出した。
 
「レイズン、そろそろ獣も活動し始める頃だ。大型の獣を狙って狩りにでも行ってみようかと思うのだが。体が鈍っていかん」
 
 ハクラシスが狩猟道具の点検をしつつ、凝った首をゴキゴキと回した。
 
「いいですね! 俺もそろそろ体を動かしたい気分です」
 
 ストーブに薪をくべていたレイズンが、目を輝かせて振り返った。雪の間は小さな獣ばかりで、狩りに出ても手応えがなくつまらなかったが、大型の獣ならハクラシスと連携をとった大掛かりな狩りができて、やりがいがあって楽しい。
 
「雪の間に道具も手入れしておいたから、すぐにでも行けるな。今日準備しておいて、明日は朝から行ってみるか」
「やった!」
 
 レイズンは子供のように万歳をして、ハクラシスに飛びつこうとしたその時だった。
 玄関の扉から、コンコンとノックする音が聞こえた。
 
「誰か来ましたね」
 
 レイズンとハクラシスは顔を見合わせた。
 あまり人が訪ねてくることのない山小屋だ。外部とのやりとりが皆無である2人に、届く荷物も滅多にない。
 だが、もし来るとしたら……
 
「……また王都のやつらか? 雪が消えたばかりだというのに、もう来たのか」
 
 ハクラシスがチッと苦虫を潰したような顔をした。無視していれば諦めるだろう、そう言いかけたとき、今度はドンドンという大きな音が鳴り、「誰かいないのか」と外から声がかかった。
 
「俺が出ます。……はーい! 今出ます」
 
 ドアに近いところにいたレイズンがハクラシスに目配せすると、扉を開けた。
 
「はい。……どなたですか?」
 
 そこに立っていたのは、レイズンでも見上げてしまうほどの大柄な紳士だった。年齢はハクラシスと同じ、それよりも若いくらいか。端正な顔の男で、薄っすらと浮かぶ目尻のシワすら、渋味として秀麗な顔立ちを引き立たせている。その体格といい顔といい、驚くほどの存在感だ。おそらく貴族なのだろう。見るからに上等な外套を身に纏い、高圧的にレイズンを見下ろしていた。
 
「ここはハクラシス殿の家かと思ったが」
「あ、はい。そうですが……その、どなたでしょうか」
「……ハクラシスはいないのか」
 
 よく通る威圧的な低い声が、名乗る気がないことを告げている。
 
「おりますので、ちょっとお待ちください」
 
 何を聞いても無駄だと仕方なく後ろを振り返ると、そこにはもうハクラシスが立っていた。
 
「……騎士団長殿、どうしてここに。お一人か」
 
(騎士団長? 嘘だろ?)
 
 ハクラシスの言葉に、レイズンは驚いて目の前にいる男の顔をまじまじと見た。正直こんなに間近で騎士団長の顔を見たことはなかったのだが……こんな顔だったのか。
 トレードマークとも言える立派な髭もなく、印象がまったく違う。……だが、こんな迫力のある男などそうはいない。騎士団長と言われればさもありなんと思われた。
 
「ハクラシス! この前ぶりだな。見た通り俺1人だ。ちょうどこの下の街に用事があってな。それに併せて残っていた休暇ついでに、お前に会いに来た」
 
 騎士団長はレイズンの後ろにハクラシスの姿を捉えると、先程までの冷ややかな態度から一変、破顔した。
 
「髭はどうしたんです。お剃りになったのですか」
「ああ、これか。……実は剃るのに失敗してな。休暇中くらいはいいだろうと思って、剃り落としてしまった。今のお前とは正反対だな」
 
 騎士団長は髭があった顎に手をやると、はははと山に響くような声で豪快に笑った。
 
「そろそろ中にいれてくれないか。ここは寒くてならん」
 
 レイズンは慌てて2人の間から逃げ出すと、客をもてなす準備にとりかかった。
 
 
 
「それで、本当のところはどうなんですか。この前のように、私を連れ戻しに来たのでは?」
「いや、本当に今日は休暇ついでにお前に会いに来ただけだ。この前来たときはすぐに追い出されて、ゆっくり話もできなかったからな。また来ると言っただろう。久々なんだ、休暇中くらい相手をしてくれてもいいだろう」
 
 訝しげにするハクラシスに向かってニヤッと笑うと、レイズンがいれたお茶をすすった。公爵家の血筋である騎士団長は何をするにも格好がよく、見窄らしい木のカップで茶を飲む姿すら絵になっている。
 
「噂には聞いていたが、ここは寒いな。来る途中、茂みにまだ雪が残っていた。王都はもう暖かいぞ」
「やっと雪が消えたんです。暖かくなるのはまだ先でしょう」
「……その喋り方どうにかならんのか。休暇の間くらい、その改まった言い方はやめてくれ。俺とお前の仲だ、昔のように仲良くしようじゃないか」
「私があなたと仲が良かったことはないはずですが」
「おい冷たいな。……本当にお前は変わらないなハクラシス」
 
 しれっとした態度で失礼なことを言うハクラシスに、レイズンはハラハラして見ていたが、騎士団長はくだけた会話で笑って流した。
 
「騎士団長と呼ぶのもよしてくれ。アーヴァルでいい」
 
 ハクラシスの嫌味などまったく意に介さない。それどころか嬉しそうにも見える騎士団長の態度に、この2人がいかに見知った仲であるかが窺えた。
 戦友である2人は、こうやっていつも口喧嘩を繰り返しながら、騎士団を率いていたのだろう。
 
 最初は頑なに騎士団長呼びを貫いていたハクラシスも、飲み物がお茶から酒に変わる頃には、呼び名も騎士団長からアーヴァルに、形式ばった口調から普段の物言いに変わっていった。
 
「お前は相変わらずの酒好きだな」
「そういうアーヴァルは、酒と一緒にまだ甘いものを食べているのか? ふん、年ばかりとった子供だな」
「はっ、そうやって塩気のあるものばかり食べていると、早死にするぞ」
「お前こそ、そのうち宰相閣下のようにでっぷりと太るんだからな」
 
 2人は食べるものの好みも正反対であるようだ。酒といえばしょっぱいものだろうと、塩気のあるつまみしか用意してなかったレイズンは、慌てて甘いものをとりに走った。今あるのは、この前街で買っておいた果物でできたゼリー菓子だけだ。色とりどりに透き通ったこの菓子は、宝石のようにうっとりするほど美しく、その上値段も高い。上等な木箱に入っていて、今日のような賓客に出すにはうってつけだ。だがこれはレイズンがとても楽しみにしていた菓子でもあった。正直出したくない……しかし今はこれしかないのだ。
 大事に1粒ずつ食べようと楽しみにおいていたのにと、レイズンは泣く泣く箱から出した。
 
「お前のところの使用人は気がきくな」
 
 目の前に差し出された美しい菓子を見て、アーヴァルは強い酒を片手に、ひょいと無遠慮に1つ摘むと口に入れた。「甘いな」と満足そうな顔に、レイズンは笑顔を見せながらも、内心は絶望し落胆していた。
 
「……レイズン、また今度買ってやる」
「はい……」
 
 悲しそうなレイズンの様子に、ハクラシスが慰めの言葉をかける。しかしあれはふもとの街では限定で販売されていたものだ。王都ならまだしも、ここじゃすぐには手に入らない。
 
「アーヴァル、人の家を訪れるときは手土産くらい寄越せ。お前の好きな菓子があるだろう。それくらい持ってこい」
「……なんだ、ハクラシス。やけにその使用人に優しいな。菓子まで買い与えているのか」
「この子は使用人じゃない」
 
 ハクラシスの言葉に、アーヴァルはおや? と意味ありげな目でレイズンを見てニヤニヤと笑った。
 
「……ほう、なるほど、そういうことか」
 
 何がそういうことなのか分からないが、アーヴァルはハクラシスの言葉の意を勝手に解釈し、1人で納得したようだった。
 
「それにしてもハクラシスとこうして酒を飲むのも久々だな」
「……まあ、そうだな」
「昔はみんなでよく飲んで騒いだ」
 
 酒を傾けながら、アーヴァルが懐かしそうに遠い目をした。
 
「そうか? 騒いでいたのかお前と取り巻きだけじゃないか」
「ははっ、取り巻きとは失礼だな。友人だろう? まったくお前はいつもそうやって知らん顔して飲んでいたな。……だがみんなそんなお前に夢中だった」
「……なんだそれは。みんなの中心にいたのはお前のほうだろうが、アーヴァル」
「酒を飲んだ翌朝は、必ずお前の部屋から誰かしら朝帰りしていたな」
 
 アーヴァルの発言に、ハクラシスが珍しくブフッと酒を吹き出した。
 
「おい、アーヴァル!」
「なんだよ、昔のことさ。お前はモテていたからな。みんなお前と関係を持ちたがっていた」
 
(え? 関係?)
 
 レイズンには何の話か最初はわからなかったが、意味が分かった瞬間、思わずハクラシスに目がいった。
 
「お前は堅物に見せて、見境なく遊んでいたからな。ここじゃ物足りないんじゃないか」
 
 そう言ってレイズンのほうをチラッと横目で見ると、クッと喉で揶揄うように笑った。
 
「おい、失礼なことを言うな。……レイズン、こいつの言うことを真に受けるなよ。二十年も昔の話だ。それにアーヴァル、見境ないのはお前のほうだろう。何人も部屋に連れ込んで。そりゃルルーだって呆れ……」
 
 その時、ダンッとテーブルにカップを叩きつける音が響いた。
 
「……ルルーがどうしたって?」
 
 音の主はアーヴァルだった。ルルーという名にアーヴァルが鋭く反応したのだ。その威圧感にハクラシスもハッとなって押し黙り、先ほどまでの和やかな雰囲気から緊張感漂う空気に一変した。
 だが、ただ1人レイズンだけは意味が分からず、この妙な空気に目だけをキョドキョドと動かした。
 
「ルルーが俺の元を去ったのは、俺のせいだと言いたいのか」
「……お前たち2人の間に何があったのかは知らん。ルルーは自分の気がすむようにしただけだ」
「俺の浮気癖のせいだと? だからお前は・・・俺からルルーを奪い取ったのか?」
「奪い取ってなどいない。ルルーとのことは、お前が一番よくわかっているんじゃないのか」
 
 2人の間にバチバチと火花が見える。
 正直レイズンにはまったく会話の内容が見えてこない。ルルーというのは昔の恋人か? たぶん昔の因縁みたいなものなのだろう。こういう喧嘩を繰り返していたんだな、きっと。そう1人納得するしかない。
 
「……レイズン、お前はもう寝なさい。俺はこの男と話がある」
 
 そう促され、口だしすることも出来ないレイズンは、すごすごと自室に引き下がった。
 
 
 
(この分だと明日は狩りどころじゃないだろうなあ)
 
 布団にくるまると、レイズンはため息をついた。扉の向こうでは、アーヴァルとハクラシスが何やら言い合っているのが聞こえる。しかし、声をセーブしているのか内容までは分からない。
 
(ヤバそうな感じになったら止めに入ろう)
 
 あの筋肉の塊のような大男2人が取っ組み合いの喧嘩を始めれば、この小さな家などひとたまりもないだろう。そうなったとき、正直レイズンには止められる自信はない。酒が悪い方に向かわなければ良いのだが。
 
 でも本当はもうちょっと昔のハクラシスのことについて聞いていたかったのになあと、少し残念だった。2人が言い争いをはじめてしまったのでそれどころではなくなってしまった。
 
(小隊長殿、昔は結構遊んでたって本当かな)
 
 アーヴァルの言っていたハクラシスが昔は結構遊んでいたという話は、レイズンにとっては衝撃的だった。レイズンから見たハクラシスは寡黙で淡白で、普段の雰囲気からは、そんなこと全く想像できない。
 
『酒を飲んだ翌朝は、必ずお前の部屋から誰かしら出てきていたな』
 
(んん? あれ? さっきの話って騎士団での話だよな??)
 
 これは複数の団員とそういう関係にあった、ということであっているのだろうか。とすると、ハクラシスは元々男女両方イケるということになる。
 ずっと奥さん一筋だと聞いていたから、異性としかだめなのだと思っていたが、なるほどと腑に落ちた。どうりで手慣れている訳だ。
 だが、ではなぜ自分には積極的に触ってくれないのだろうかという疑問が生まれてくる。
 
(うわ~なんか、落ち込みそう……俺)
 
 レイズンは枕に顔を擦り付けた。外ではまだ2人は何かを言い争っているのが聞こえる。そもそもあれもレイズンの知らない、ハクラシスの昔の相手が喧嘩の元になっているのだ。レイズンからしたら、あんまり気分はよくない。
 そう考えると2人の喧嘩などどうでも良くなってきた。
 
(家が壊れようと知ったことか。もう寝よ)
 
 くだらない昔のことをいまだに引き摺り喧嘩する男2人のことなど無視して、レイズンは目を瞑った。
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