クズ男はもう御免

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17 強引なアーヴァル

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 朝、レイズンは自分の体を弄る手の感触で目が覚めた。
 背後から伸びた手が胸や腰を撫であげ、首筋に温かい吐息が触れる。
 
「——ん…………? どうされたんです、朝から……」
 
 珍しく大胆だなと、いつになく積極的なハクラシスに不思議に思いながら、レイズンは寝ぼけ眼で後ろに寝返りをうった。
 
 まだうまく開かない目のまま首に手を回し、もう少しで唇に触れるかという時、相手がククッと喉で笑ったのを聞いて、レイズンはパッと絡めた腕を離した。
 
「へ? ……誰だ」
 
「……なんだ、キスしてくれないのか? 平凡過ぎてたいしてそそらないと思ったが、こうしてみると案外かわいいな」
 
 まだややぼやける眼に、寝乱れてもなお驚くほど端正な顔が写った。冷淡そうな目も笑うと目尻に皺が寄り、柔和にみえる。
 
「……え、騎士団長殿……? なんで俺のベッドに……」
 
「役職名で呼ぶな。ムードもへったくれもない。アーヴァルでいい。そら、続きをするぞ」
 
「ひっ」
 
 レイズンの首に顔を埋め、胸の辺りを弄りながら、レイズンの腰にグリッと自身の昂りを押し当てた。
 
「……いつもハクラシスの相手をしているんだろう? 今日は俺の相手をしろ。あいつの相手ができるなら、構わんだろう」
 
 嗅ぎ慣れない重い香水の匂いが鼻をつく。
 
 密着したアーヴァルの体はさすが硬く肉厚で、今のレイズンでは重量に負けて押し退けることができない。
 
 朝立ちしかけていたレイズンのペニスに、アーヴァルの硬く勃ち上がったモノが擦り付けられ、刺激で勝手に反応してしまう。
 
「あ、ちょ、嫌だ!」
 
「嫌とはなんだ。お前もこういう行為は好きだろう? さっき風呂場で張型を見つけた。年甲斐もなくハクラシスも好きモノだな。親子ほど年の離れた男と、あんなもので愉しんでいるとは。若い頃騎士団ででアレを作る遊びが流行ったが……。ククッ、まさかいまだに役立っているとは」
 
 アーヴァルがキシキシとベッドを鳴らしながら腰を揺らし、クククとおかしそうに声を抑えて笑った。
 
 どうやら洗ったまま風呂場に置いていたのを見られてしまったらしい。普段誰も来ないからうっかりしていた。ちゃんと隠しておけば良かったとレイズンは後悔した。
 
 しかしまさかハクラシスの張型作りが、騎士団内で流行った遊びからきているとは。昨日の話といい、昔の騎士団の風紀はどうなっていたのだと、内心呆れたが今はそれどころじゃない。
 
 この件については後日ハクラシスに追求するとして、今レイズンは貞操の危機の真っ最中なのだ。なんとかこの腕の中から脱出しなくては。今なら冗談で済む。
 
「ちょっと、アーヴァル様、手を離してください……!」
 
「アーヴァルでいい。敬称も不要だ」
 
 アーヴァルの手から逃れようと体を捻ると、隙ありとばかりにアーヴァルの手が、浮かせた腰の隙間から尻のほうに回り込んだ。
 
 布ごと尻を揉みしだき、割れ目をたどる指が窄みに押し当てられると、レイズンの背筋に冷たいものが走った。
 
「あ……本当に、嫌なんです! やめてください……!」
 
「なぜ嫌なんだ? 俺とヤリたがっている奴などごまんといるというのに」
 
 アーヴァルはレイズンが本気で嫌がるのを不思議そうな顔で見た。
 
 高貴な公爵家の血筋であり、国を守る王立騎士団の長でもある自分に求められて、嫌がるなど到底理解できない。そんな顔つきだった。
 
「……そういえばお前は、賊に強姦された事件の被害者、だったな」
 
 あの事件のことがアーヴァルの口から出て、レイズンの体が凍りついた。
 
「——なんで知って…………」
 
「何故って、お前も面白いことを言うな。知ってるも何も、俺は騎士団長だぞ。団員の不始末は俺の耳にも入る。——あの賊どもの取り調べに俺も立ち会ったが、人質をどうするつもりだったのかと聞いたら、あいつらお前を連れて逃げるつもりだったと言っていたぞ。他の者はあそこで打ち捨てる予定だったのに……よほどこの尻が気に入ったのだろうな」
 
「……っ!!」
 
 アーヴァルの指が、グリッとズボンの布ごと穴に押し込まれる。
 
 ——あの日、レイズンは朦朧としていてよく覚えていなかったが、男らは精液にまみれドロドロになっていたレイズンを抱えて逃げようとしていたらしい。それをハクラシスが助け出してくれたのだと、後から聞いた。
 
「俺にも一度ヤラせてみろ。どれくらいいいんだ? あのハクラシスさえも落としたんだろ? この尻で」
 
「…………!!」
 
 脳内に下卑た男らの笑い声が響く。
 
 レイズンは顔面蒼白で体は萎縮し、もう声すら出ない。耳元に聞こえるアーヴァルの艶かしい低い声が、今はただ恐ろしい。
 
 抵抗しなくなったレイズンを見て合意とみなしたのか、アーヴァルが満足そうに口の端を上げて笑った。そしてレイズンのズボンを脱がし足を抱え上げると、自身の杭のようにいきり立ったペニスを取り出し、後ろにあてがった。
 
 軽く先がめり込み、一突きすればあわや挿入かとなったその瞬間、レイズンの部屋のドアがノックもなしに勢いよく開いた。
 
「ここにいるのか、アーヴァル!」
 
 それは慌てたようにアーヴァルを探すハクラシスだった。彼はこの惨状を見るなり目をむいた。
 
 下半身丸出しのレイズンに、のしかかるアーヴァル。
 
 この状況でピクリとも動かないレイズンに、瞬時に状況を把握しハクラシスはサッと顔色を変えた。
 そして鬼の形相でアーヴァルに掴みかかった。
 
「貴様!」
 
「おっと、君のものを勝手にすまない、ハクラシス。だが彼も同意の上だ」
 
「この子のこんな表情が、同意の上であるものか! アーヴァル、貴様という奴は……!!」
 
「……なんだ、いいじゃないか。ハクラシス。彼はお前の性欲処理用の使用人なんだろ?」
 
 アーヴァルはレイズンの足を離し、降参のポーズをとりつつ、激怒しているハクラシスを揶揄うように言った。
 しかしその口調は冗談めいてはいるが、どうやらアーヴァルは本気でそう思っているようにも聞こえる。
 
「何を勘違いしている! この子は使用人などではないと昨日も言っただろう!? それに性欲処理など……人を見下すにも程がある! この子の上からどけろ!!」
 
 アーヴァルは「わかった分かった」と、自身の衣服を整えると、レイズンの上からようやく退いた。
 
「なんだ、使用人じゃなかったのか。てっきりそういう扱いなのかと思っていた。すまなかったな、レイズン君」
 
 謝罪はしたものの悪びれない態度に、ハクラシスはさらに眉間の皺を深め、額に血管が浮き上がる。
 
「……アーヴァル、貴様にはちゃんと寝床を用意しただろう。なぜここにいるんだ。ここには勝手に入るなと、言ってあっただろう」
 
 ハクラシスはアーヴァルを睨みながら、身じろぎもせず茫然と2人を見上げるレイズンの上にシーツをかけ、剥き出しの下半身を隠してやると、そっと頭を撫でた。
 
「おいおい、あんなものがベッドとは言わないだろう!? 俺は客だぞ。それにどうせ寝るなら相手がいるほうがいいに決まっている。ハクラシス、お前の遊び相手なら構わんだろうと思ったんだ。毛色の変わったのを側に置いているから、てっきりそういう相手かと。勘違いしていた俺が悪かった。それにまだ何もしていない。本当だ。だから許してくれないか」
 
 そう、昨晩は酔い潰れる前に、昔ハクラシスが寝床として使っていた分厚いマットをベッド代わりに出したのだ。
 
 急に来ておいて寝場所で文句を言い、恋人を使用人、それも性処理用だと勘違いし、挙句の果てには勝手に共有しようとするとは。ハクラシスは憤慨した。
 
「アーヴァル、急に来ておいてベッドも何もないだろう! それになぜ俺の遊び相手なら構わないと思うんだ!?」
 
「昔はいつも同じ相手を共有しただろう?」
 
「俺は誰も貴様と共有した覚えなどない!!」
 
 怒りの頂点といったハクラシスに、悪びれた様子もなくどこか人を見下した態度のアーヴァル。
 
 英雄と謳われたとはいえ平民出身で実力で地位を勝ち取ったハクラシスと、公爵家という高位貴族で地位も名誉も当たり前のように掴んできたアーヴァルがなぜ懇意なのか。レイズンには不思議だった。
 
 二人の価値観はあまりにも違いすぎて、話は平行線をたどり、噛み合うようには思えない。
 しかも齢50を過ぎてもなお、二人は若かりし頃のわだかまりから抜け出せないでいるのだ。
 
(多分昔からなんだかんだと、アーヴァル様がいろいろふっかけてきてたんだろうな)
 
 大人気ない二人のやり取りを眺めていると、レイズンも次第に落ち着いてきた。
 ハクラシスもレイズンのことで怒ってくれてはいるが、根本はもっと違うところにあるように見える。
 
 強姦未遂の被害者なのに、すでになんとなく蚊帳の外の扱いだ。
 
「……あの、二人とも外でやってくれません?」
 
 布団から起き上がったレイズンに、二人の視線が注がれる。
 ぶすくれた顔のレイズンを見て、ハクラシスは何かを感じ取ったようで、慌ててレイズンの元に駆け寄った。
 
「お前を蔑ろにしてすまなかった」
 
 機嫌を取るように側に座って肩を撫でるハクラシスに、レイズンの顔はさらに険しくなる。
  
「ククッはははっ! 冷徹のハクラシスも若いツバメには形なしだな! メロメロじゃないか」
 
 拗ねたレイズンを必死に宥めるハクラシスの様子を見て、アーヴァルは面白い見世物だと言わんばかりにひーひーと声を上げて笑った。
 
「……おい、元はと言えば貴様のせいだぞ」
 
 レイズンの横で睨みつけるハクラシスに、アーヴァルはそれすらおかしいのか、口元を押さえて笑い続けた。
 
「ふはっ、俺は謝ったぞ。なあレイズン君」
 
 同意を求めるように、目尻にシワを作り、一見優しげな目つきでレイズンを見た。だがその目に宿る威圧感に、レイズンもうっと口籠る。
 
 こういう"誰にも文句を言わせない圧"というのは、さすが騎士団長というべきか。だがレイズンも負けてはいない。
 
「……謝ってはいただきましたが、許すかどうかはまた別の話です。アーヴァル様」
 
 もう騎士団員ではないレイズンに怖いものはない。……貴族相手に逆らうのは、ちょっと、いやかなりまずいのかもしれないが。
 しかしその返事にアーヴァルは怒るでなく、逆にほうと感心したようだった。
 
「ふむ、なかなかお前も言うな。よし、今の俺に対する無礼は、先程の件で帳消しにしてやろう。よかったな」
 
 ニッコリと笑ったアーヴァルに、レイズンは呆気にとられた。
 
(え? なかったことにされた?) 
 
 しかも逆に許してやる的な話になっている。隣のハクラシスを見ると頭を抱えていた。
 
「……もういいから、アーヴァル、この家から出ていけ」
 
「なんだ? まだ朝食を食べていないぞ? それにまだ朝も早い」
 
「恋人を襲うような奴を置いておけるか。歩いて街に着く頃には店も開く。ほら出ていくんだ」
 
(こいびと!!)
 
 レイズンはピョンと飛び上がるような気持ちで背筋を伸ばした。
 ハクラシスがはっきりと恋人だと明言したのは初めてだ。……ただ、こんな時でなければ、最高なのに。
 
 ハクラシスは立ち上がると、アーヴァルのでかい体をグイグイと部屋から押し出した。
 
「おいおい、せっかちだな。そういえば、狩りに行くと昨晩言っていたが……今日行くのか?」
 
「朝からこんなことがあって行くわけないだろう。動揺して怪我をするかもしれん。行くとしたら明日だ。さあ、外套はここだ」
 
 レイズンの部屋のドアがバタンと閉められ、遠くで二人のやり取りが聞こえる。
 
 レイズンはため息を吐きながら、脱がされた下着を拾って履き、ついでに部屋着に着替えた。窓の外を見るとフワッとした雪が軽やかに舞っている。
 
(なんだ、どちらにせよ今日は狩りには出られなかったのか。このまま降るなら明日も無理かもな)
 
 アーヴァルが来ようが来まいが、結局狩りには行けなかったのだろうけど、アーヴァルにされた仕打ちは忘れない。
 
 だがあのすましたアーヴァルが、高級そうな外套を雪に濡らしながら、一人街まで帰ることになるんだと思うと、少し溜飲が下がる。
 
(騎士団辞めて正解だったな……)
 
 あんな人がトップだったとは。
 レイズンの仲間にも騎士団長に憧れて、直属部隊配属を夢見てた奴もいたというのに。人を人と思わない、あんな人の下では苦労するのが目に見えている。
 
 いくらハクラシスの知り合いだとしても、もう二度と会いたくない。そう思いながら、アーヴァルが家から出ていくのを、レイズンは一人部屋の中で待っていた。
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