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 先発隊出発の朝。

「レイシェス様、お支度に参りました」
「おはよう、クラリス、ヘレン」
「おはようございます」

 レイシェスは、リンデンとあの夜から夜を共に過ごす事は無かった。それもその筈で、クラリスやヘレンが、レイシェスの部屋に居座っていて、リンデンを拒んでいたからだ。
 そのリンデンも、レイシェスの意思ではない事は確認済みで、話を聞いてくれない7人に対し、理解して貰わない事には、とリンデンも強くは出なかったのもある。

「今日はこのドレスをご用意致しましたので」
「…………軽装なのね、今日」
「はい、たまには」
「…………まぁ、構わないけれど」

 街娘の様な軽装なのも、特に問題にはしなかったレイシェス。

「姫様、先発隊のお見送り、行かれますよね?」
「えぇ、モルガンとアンセムに頼むのだから」

 城下町の広場に物資を集めていたので、城から少し離れている事もあり、馬車で行く事にしていた。今迄も何度もそうしていて、レイシェスも特に気にもしていないまま、馬車に乗り込む。

「リンデン様は来られないのかしら」
「国王は先に行かれてるかと」
「そう………一緒にいつも行っていたから、見送りも一緒かと思ったわ」

 レイシェスはクラリスを信用しきっているので、何ら疑う事もない。
 しかし、広場とは違う方向へと進む馬車。
 それに気が付かないのは、レイシェスがインバルシュタット国の地理には詳しい訳ではなかったからだ。

「…………いつもより、時間掛かってないかしら?」
「そうでしょうか………馬車で広場迄ご一緒した事ありませんから、分かりかねます」
「そうよ、いつもより掛かってるわ……」

 カーテンが締められていたので、レイシェスはカーテンを開けようとしたが、クラリスに止められる。

「姫様、喉乾いてませんか?」
「乾いてはいないけど、飲み物でも持ってきたの?クラリス」
「はい………紅茶を」
「戴くわ」

 カーテンをここで開けていれば、レイシェスも分かったかもしれない。乗っている馬車は広場には向かってはいないのを。
 御者はエレズ、護衛にはミハエルとユランがインバルシュタット国の兵士の鎧を着ていて、ヘレンはモルガンとアンセムと同行しようとしていたのだ。
 途中の先発隊が停泊する場所に先にレイシェスを連れて行き、合流する算段になっている。

「レイシェスは来てないのか?」
「お見えではない様ですね………シモーネは出たと言ってましたから、来ていると思いましたけど」

 その頃のリンデンはレイシェスが城の何処にも居ないので、広場に来ていると思い、着いた所だった。

「モルガン!」
「何ですか?国王」
「レイシェスは来ていないのか?」
「いえ?来られてないですが」

 リンデンは嫌な予感がしたのだろう。モルガンの仲間達も居ない事に、苛立ちを醸しながら、周辺を見渡す。

「…………エレズやミハエルも見当たらないな……」
「エレズとミハエルは酒飲み過ぎて、二日酔いでヘバッてますよ………俺達と暫しのお別れで酒酌み交わしましたから」
「…………ロイズ!」
「はっ!」
「レイシェスを探せ!」
「っ!………はい!」
「…………では、国王……出発しますので、失礼します」
「…………気を付けろよ……モルガン……」
「…………出発するぞ!」

 殺気迄出すリンデンに、冷や汗が出たのか、モルガンは早々に騎乗し、リンデンから離れて行く。アンセムは距離を取っていたので、リンデンは話す暇さえ与えられず、逃げる様に出発してしまった。

「…………まさか……レイシェスも連れ出した訳じゃないだろうな……」

 話が出来れば、その誤解も解けるのだろうが、話も出来なかった事で、溝が生じたリンデンと7人。
 リンデンは執務を優先し過ぎ、話す場を設けると、7人が理由を作って話を避ける様になったのが、嫌な予感を生み出した。
 これが、インバルシュタット国の侍従であるなら強くは言えるが、まだルビリア公国の侍従だという事で強く出れなかったリンデンの甘さなのだろう。
 レイシェス1人を探す為に、物資の運搬と荷解きをさせる訳にはいかず、今はロイズが兵士達を使い、レイシェスを探し出せる事を願い、リンデンは城に戻った。

「ロイズ、如何だった?」
「……………街中探しましたが……まだ見つけられません………夜通し探させますので………」
「……………クソッ!………レイシェス……何処に居る………」

 レイシェスの乗せた馬車は止まる事なく、インバルシュタット国城下町を離れ、更に進んでいた。

「クラリス、どういう事なの?インバルシュタット城に戻ります!馬車を戻しなさい!」
「いえ、姫様………このままこの馬車は、ルビリア公国とインバルシュタット国の国境の街迄止まりません」

 途中、馬の休憩に止まる馬車だが、それ以外は馬車は止まらない。
 舗装等出来てはいない街と街の間の道の振動で、馬車酔いしそうになっていたレイシェスだが、クラリスに止める様に言っても断固拒否されていた。

「姫様」
「っ!…………その声………エレズ?」
 
 エレズが馬車の操作場所から、声を掛けて来る。

「もう少しの辛抱です。今夜泊まる予定の街に着きましたら、ゆっくり出来ますから」
「説明しなさい!何故わたくしが馬車に乗ってルビリア公国に帰るの?わたくしは後発隊で行く事になっていたでしょう!」
「姫様には、ルビリア公国の王になって頂かなければなりませんから、早くお戻りになって頂く事にしました」
「わたくしはまだ、ルビリア公国の復興の相談をリンデン様としなければならないの!それを早くしてから戻る手筈だったわ!」

 レイシェスとリンデンの予定外の事をされてしまい、レイシェスは動揺を隠せないまま、説明をしようとしている。

「敵国の王を何故そこ迄信頼なさるのです、姫様」
「…………敵国……って………悪いのはリンデン様ではないでしょう!リンデン様はもう既に、インバルシュタット国の文官をルビリア公国に派遣し、復興準備を国でしているわ!インバルシュタット城から1日に何度も指示を出して!」
「そうやって、ルビリア公国を乗っ取るつもりなんですよ、あの男は………姫様も奪い……」
「違うわ!」
「兎に角、俺達はもう二度と、姫様をあの男に会わせませんから、直ぐに忘れて下さい」

 しかし、エレズにはレイシェスの言葉は届かない様だった。
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