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第1章

1. 思い出した記憶と出会い

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  私、スフィアが前世を思い出したのは、8歳の時だった。
  この国の二人の王子達の遊び相手として、上位貴族の令息令嬢を王宮に招いて開催されたお茶会に初めて呼ばれ参加した時の事だ。

「あちらにいるのが、我が国リュンベルン王国の王子、フリード殿下とニコラス殿下だよ」

  と、お父様が教えてくれて挨拶に出向こうとした時だ。
  雷に打たれたような衝撃が身体中に走り、頭の中に様々な記憶がなだれ込んできた。

  その時、あぁ……この記憶は私がスフィアとして生を受ける前──前世の自分の記憶なのだと何故かすんなり理解した。

  そして、リュンベルン王国という国の名前、二人の王子の存在、そして、今の自分である……スフィア・ランバルド公爵令嬢と来たら、その流れ込んで来た記憶の中に思い当たるものがあった。

  ここは前世の私が好んで読んでいた小説の世界ではないだろうか?

  登場人物達の名前も、もちろん舞台となっている国の名前も一致している。
  とってもベタな展開だが、これがいわゆる転生ってやつなのだろう。
  まさかこんな事が自分の身に起こるなんて!!  と、感激したい所だが、私、スフィア・ランバルド公爵令嬢は、小説のストーリーの中ではヒロインの恋の邪魔をする……いわゆる悪役令嬢だ。

  つまり、このままでは私の未来は……破滅しかない。

  悪役令嬢の行く末は、だいたいどの話も似たようなもので、この話の悪役令嬢スフィアの最後は国外追放だった。


  ……私はどうするべきなの?

  
  そうして考えた。
  今の私はまだ8歳。
  このまま前世の記憶を持ったまま成長して悪役令嬢なんて存在にならずに、むしろ、この記憶を利用してヒロインとヒーローの仲を取り持つなんて事も可能なんじゃ?
  そうすれば私は悪役令嬢なんていう邪魔者にもならないし、私の未来だって明るいかもしれない!

 


「……スフィア、どうした?  何をボケッとしているんだい?  ほら挨拶に行っておいで」
「えっ……あ、お父様……は、はい!」

  いけない、いけない。今は挨拶に向かう途中だった。
  急になだれ込んできた記憶につられて、色々思いを巡らせてしまっていた。

  私は、慌てて周りと談笑している歳の近い二人の王子を見つめる。
  あの二人がフリード殿下とニコラス殿下……

  小説の中でのヒロインの相手役、つまり、ヒーローは第二王子のニコラス殿下だ。
  悪役令嬢スフィアは初めて会った時から、ニコラス殿下の事が好きだった。
  つまり、一目惚れ。
  悪役令嬢スフィアのニコラス殿下への熱い想いとランバルド公爵家との深い繋がりを求めた王家との政略的な思惑。
  これらの要因が重なって、その後、何度か王宮主催の催しに招かれているうちに、悪役令嬢スフィアとニコラス殿下の間で婚約の話が持ち上がり、そのまま婚約者となる。

  そんな物語のヒーローであるニコラス殿下が、ヒロインと出会うのは15歳以上の貴族が通う学院に入ってから。
  しかも、ヒロインは私達の2つ下なのであと10年くらい先の話だ。


「……そうよ。10年よ。まだまだ、今ならどうにでも出来るはず」


  婚約者という関係になれても、悪役令嬢スフィアが想うほどの気持ちをニコラス殿下は返してくれなかった。
  そんな所に現れたぽっと出の身分の低いヒロイン。
  距離を縮め、仲良くなっていく二人に悪役令嬢スフィアは高位貴族としてのプライドも傷付けられ、嫉妬してヒロインに酷いイジメと嫌がらせを繰り返す。
  そして、最終的にはその事で断罪されて国外追放を言い渡される。

  …………まぁ、どこにでもある非常にありふれた話だったわ。

  もしかしたら、ストーリー上、二人の恋の障害として私が今後ニコラス殿下の婚約者という立場に立つ必要はあるのかもしれないけど、正直、それは今じゃなくてもいいと思う。
  幼少期から彼と親しくしておく必要性を全く感じない。

  ……そもそも、私自身がストーリーの中の悪役令嬢スフィアと違ってニコラス殿下を見ても、全くときめかなかった。

  まずは幼少期から婚約者になるような事態は避けなくては!
  そう心に決めて、王子達への挨拶に向かった。


「初めてお目にかかります。スフィア・ランバルドでございます」

  自分で言うのもなんだけど、まだ8歳児とは思えない仕草で殿下達に挨拶をする。
  すでに私はこの歳でしっかりとした礼儀作法をこれでもかと叩き込まれていた。

  これは、周りが私を殿下達のどちらかに嫁がせて王子妃にする期待が込められている証拠であり、さっき前世を思い出すまでは私自身もそうなるものと思って生きて来たのだけど。
  もういいわよね?  正直、もっと楽に生きたいわ。




「……フリードだ」
「ニコラス……です」

  随分、つっけんどんな挨拶を返された。

  それにしても間近で見ると、2人とも整った顔立ちをしている。今は2人ともまだまだ少年って感じだけど将来は、文句のつけ所のないイケメンに成長するのよね。
  カッコイイ人って幼少期からカッコイイんだわ。
  まぁ、恋には落ちないけど。
  などとぼんやり考えながら、私は作り笑いを浮かべて、

「よろしくお願いします」

  とだけ挨拶する。
  親しくする必要はないからこれでいいだろう。
  挨拶も終えたし、もう用はないと下がろうとした時、声を掛けられた。

「スフィア嬢、これを君に」

  フリード殿下だ。何やら箱を差し出してきた。


「??」
「開けてみろ」
「……っ!!」


  何だろうと思って箱を開けてみると、中から出てきたのは箱の中にぎっしりと詰められたミミズだった。
  ニコラス殿下が隣で小さく「ひっ!」と声をあげた。
  可哀想なくらい顔を青くしている。
  まぁ、驚くわよね。私だってちょっと驚いたもの。

「あの、フリード殿下?  こちらは何処で?」
「ん?  王宮の庭園だが……」

  私が、思った反応を示さなかったからかフリード殿下はどこか不満気な様子だった。

「まぁ!  さすが王宮の庭園ですね!  良い土なのだと分かります」
「……えっ!?  いや、あ……」

  私の言葉に、フリード殿下はとても動揺している。まさか、こんな反応を返されるとは思ってもみなかったのだろう。
  私だって、前世の記憶が戻っていなければ、『きゃーーーー!』と叫び声をあげていたに違いない。

  しかし、令嬢にこんなイタズラをするなんて、フリード殿下って意外とやんちゃな性格だったのね。いや、まだ子供だから?
  小説の中でのフリード殿下は“ヒーローの兄で王太子”としてしか出てこなかった、いわゆる脇役モブ
  だから、正直彼の事はうろ覚えなんだけど。

「せっかくですけど、こちらを頂いても我が家では困ってしまいますので、どうぞ庭園にお戻しくださいませ」
「……えっ!?」
「それでは、これで失礼致しますわ」

  私はニッコリ笑って箱を殿下に突っ返してその場から下がらせてもらった。
  その際、何だか殿下がゴニョゴニョ言っていた気がするけど、よく聞こえなかった。


  フリード殿下が、何でこんな嫌がらせをしたのかは不明だけど、今はイタズラをしたいお年頃なのだろう、きっと。
  将来は国を背負ってく立場の方なのだから、今くらいの歳しかこんなイタズラも出来ないだろうし?
  ただ、このイタズラはトラウマ植え付けそうだから、もうちょっと考えた方が良いと思うのよねぇ……

  その時の私は呑気にそんな事を考えていた。





「スフィア?  大丈夫だったか?  ちゃんと挨拶出来たかい?」

  少し離れた所にいたお父様には、先程の様子は分からなかったらしい。

「えぇ。ですが、お父様……私、今日はもう帰りたいです」
「どうしたんだい?  もしかしてどこか具合でも悪くなってしまった?  困ったな……」

  ただただ早く帰りたかっただけなのだけど、お父様が勝手に勘違いし始めたのでせっかくだから、私はか弱い令嬢のフリをする事にした。

「え、えぇ…………ちょっと、気分が……。どうも王宮の空気は私には合わないみたいです」
「なっ!?」
「ですから、その出来れば今後はもうこういった集まりへの参加は遠慮したいのです……」
「スフィア……」

  私の言葉にお父様は驚いた顔をしてとても心配そうにしている。

  心配してくれているお父様には申し訳ないけど、私はさっきの事も全く堪えてなどいない。
  前世の私は庭いじりをよくしていたので、ミミズはお馴染みだった。
  むしろ懐かしささえ感じたわ。


  ただ、これ以上ここにいて、王宮や王族に関わりたくないだけ。目をつけられるのはごめんなのだ。
  こうして今後の王宮主催の催しも、理由をつけて避け続けていけば、私が幼少期からニコラスの婚約者となる事もないはずよ!
 


  この日そう決意した私は、それから社交界デビューまで、その後の王宮主催の催しには一切参加せず、素性が謎の公爵令嬢として世間に噂されるまでになる。

  あんなにみっちり教育を施していたのだから、お父様は何がなんでも私を王家に嫁がせるつもりなのかと思っていたけど、意外にも私に甘く、私の気持ちを尊重してくれた。何でかは分からなかったけど本当に有難い!

  そして、月日が流れても王家から婚約の打診が来ることが無かったので私はすっかり安心しきっていた。


  ──そう。
  あの日、自分がフリード殿下に強烈な印象を残していた事をすっかり忘れたまま。

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