王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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1. 様子のおかしい婚約者

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 ───最近、婚約者のベルトラン様が非常に私に対して素っ気ない気がする。

「……」
「……」

 今、私たちはテーブルを挟んで無言でお茶を飲んでいた。
 かれこれ彼がやって来て三十分は経つけれど、それまでにした私たちの会話は、なんと……
「ようこそ、ベルトラン様」
「お邪魔するよ、フルール」
 ……のみ!
 その後は、ひたすらお互い無言でお茶を飲み続けるという地獄のような時間を過ごしている。
 もう私のタプタプのお腹がこれ以上は無理よ!  と悲鳴をあげているというのに!

(今日こそは……結婚の日取りを決めようと思っていたのにちょっと無理そう)

 私たちの婚約期間は約三年に及ぶ。
 彼が夜会だか何かで私を見初めてくれたことで婚約の申し込みがあり、同じ伯爵家ということもあり、年齢も釣り合いが取れているし……と、お受けして私たちは婚約者となった。
 そろそろ結婚を……そんな話になってもおかしくない時期が来たのに、ベルトラン様はそんな気配を全く見せてくれない。
 それどころか、私とこうして向かい合っていても心ここに在らず。そんな感じがする。
 今も深いため息を吐いてはどこか遠くを見ていた。

(結婚の話は諦めて──)

「そうですわ!  ベルトラン様、来週のシルヴェーヌ王女殿下の誕生日パーティーなのですけど」
「え?」

 ガシャーンッ
 私が突然話しかけてしまったから? 
 驚いた様子のベルトラン様が持っていたお茶のカップを落として割ってしまった。

「きゃっ……大変!」
「あ……す、すまない!」
「ベルトラン様、危ないですわ。触らないで!」
「う、うん……」

 破片で怪我したら大変だもの。
 私は慌ててメイドを呼んだ。

 割れたカップをメイドがテキパキと片付けしてくれている中、新しいカップを用意して(お腹はタプタプだけど)お茶を入れて仕切り直すことになった。

「ベルトラン様、大丈夫でしたか?」
「あ、ああ……すまない。ちょっとボケッとしていた」
「そうみたいですね」

 私が相槌を打っていると、ベルトラン様がどこか気まずそうに目を泳がせながら訊ねてきた。
 きっとカップを割ってしまったことを気にしているのだと思う。

「えっと、そ、それで?  来週の……な、なんだっけ?」
「来週の王女殿下の誕生日パーティーですわ」
「あー、うん、それ、それ……えっと、殿下の誕生日パーティーがどうした……の?」
「どうしたのって……」

 おかしいわ。
 なんだかいつものベルトラン様ではないみたい。
 いつもならパーティーのエスコートの話だとすぐに伝わるのに。

「エスコート……」

 私が呟くとベルトラン様はハッとして慌て始めた。

「あー、エスコート……うん、エスコート……」
「?」
「いや、すまない。そのパーティー、僕はまだ参加するか分からないんだ」
「え?  そうなのですか?」

 ベルトラン様はポリポリ頭を搔きながら気まずそうに言った。

「うん、だからエスコートは……」
「分かりました……エスコートはお父様かお兄様に頼むことにします」
「すまない」 

 そう言ってベルトラン様は申し訳ないと言って私に頭を下げた。



 ────私は、フルール・シャンボン。
 シャンボン伯爵家の令嬢。
 この時は、このシルヴェーヌ王女殿下の誕生日パーティーが私の運命を大きく変えることになるなんて思わなかったし……何も知らなかった。



❈❈❈❈❈



 そして、翌週。
 王女殿下のパーティーの日。

 結局、あれからベルトラン様とは連絡をとっていない。
 なので、彼が本日参加するのかどうかもよく分からないままだった。

(もし、会場に来ていたら少し話がしたいわ)

 先程、本日の主役の王女殿下が入場し、パーティーは開始となった。
 もし、参加するなら来ているはず。
 そう思いながら会場内を見回すけど、ベルトラン様の姿は確認出来なかった。

(やっぱり不参加?)

 最近、上の空で話も噛み合わないし、前より会う頻度も減っているのよねぇ……
 何か悩みごとでもあるのかしら?
 そう思ってキョロキョロしていたら、後ろから声をかけられた。

「フルール?  さっきからそんなに落ち着きなくキョロキョロしてどうした?」
「あ、お兄様!  いえ、ベルトラン様が来ていないかしらと思って」
「ベルトラン?」

 私がそう口にすると、なぜかお兄様がムッと顔をしかめた。
  
「まあ、お兄様?  そんな面白い顔をしてどうなさったの?」
「…………お前にはこれが面白い顔に見えるのか」
「ええ。お兄様の端正なお顔が崩れてとっても面白いですわ」
「お前は……相変わらず……」

 大きく頷いたらお兄様がますます渋い顔になる。

「……なぁ、フルール」
「はい」

 そして急にお兄様の顔と声が真面目なものに変わる。
 こんなにも改まってどうしたのかしらと不思議に思った。

「フルールとベルトランの婚約の件なんだが───」

 お兄様が何かを言いかけた時だった。

「───リシャール!  もう、我慢出来ませんわ!  あなたとは本日限りで婚約破棄よ!」

 そんな大声が聞こえて来て、突然会場内が騒がしくなった。

(この声は……シルヴェーヌ王女殿下の声?)

 確か、たった今名前を呼ばれた“リシャール”は王女殿下の婚約者の名前だったはず。
 そして今、婚約破棄と言った?

(まさか……)

 シルヴェーヌ王女殿下はご自分の誕生日パーティーで、婚約者に婚約破棄を突き付けている?
 そんなとんでもない事態に会場は大いに湧いた。

「……殿下?  突然、何を?」

 婚約破棄を突き付けられたリシャール……リシャール・モンタニエ公爵令息の声が聞こえる。
 人が多すぎて私の位置からは王女の顔も彼の顔も見えないけれど、公爵令息は明らかに声が動揺している。
 彼からすれば寝耳に水の話なんだわ。

「何をですって?  もう、あなたにはうんざりなのよ!  わたくしは真実の愛を見つけたの!」
「真実の愛?  それはまさか最近、君がよく一緒にいる伯爵家の……」
「そうですわ!  彼がわたくしの運命の人だったのよ!!」

(なんだか凄いことを言っているわ……?)

 真実の愛?  運命の人?
 我が国の王女殿下は随分とロマンチストなのねぇ……と私は呑気に考えていた。

「殿下!  あなたはご自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」
「もちろんですわ!  リシャール。あなたのお小言はもううんざりなの。それにわたくし知っていてよ?」
「何をだ?」
「あなた、わたくしが彼を大事にしていることが気に入らなくて、先日の夜会で彼を虐めたそうじゃないの!」

 王女殿下の発した虐め……という言葉に会場内がザワつく。

「虐め?  そんなことはしていません。ただ……」
「……ただ?」
「彼には殿下の醜聞になるようなことは控えて欲しい……とは言いました」
「まあ、なんて白々しい嘘を!  彼は着ていたタキシードをあなた……リシャールにボロボロにされたとわたくしに泣きついてきたのよ、ねぇ、そうだったわよね?」

 王女殿下が同意を求めるような発言をしているので、真実の愛?  運命の人?  であるその“彼”とやらは今、殿下の横にいるらしい。

(うーん、人が多くてよく見えないわ……)

 私がどうにか人混みをかき分けて王女殿下たちの姿を見ようと頑張っていたら、お兄様が後ろから私の肩を掴んで止めてきた。

「フルール、ダメだ!  あっちを見るな!」
「え?  お兄様、何を言っているんです?  だってなんだかすごい話……まさに修羅場なのよ!」
「そうだ、修羅場だ」

 お兄様が頷く。

「でしょう?  もう、これは野次馬の血が騒ぎます!」
「いや、頼むからそんな血を騒がせないでくれ……騒がせた結果、大出血するのはお前なんだよ、フルール!」
「私が?  何を言っているの?  変なお兄様」

 私は制止してくるお兄様を振り切って人混みの中に投入し、見事に人をかき分けて遂にお騒がせ真っ最中の王女殿下たちの姿を見ることに成功した。

(やったわ!  ようやく、顔が見れそうよ!)

 社交界一の美男子と名高いリシャール様を捨ててまで選ぼうとしている王女様の真実の愛とやらのお相手は───……

(……ん?)

 コシコシ……
 私は目を擦った。
 そして、もう一度顔を上げて“彼”を見る。

「……」

 コシコシコシ……
 ちょっと回数を増やしてもう一度目を擦ってみた。
 そして、再び顔を上げて“彼”を見る。

(おかしい……)

 私は首を捻った。

(どうして?  あなたがに居るの?)

 ────ベルトラン様!

 王女殿下が真実の愛を語り、運命の人なの!  
 そう言って抱きついている相手は、どこからどう見ても私の婚約者ベルトラン様にしか見えなかった。

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