王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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2. 悪役令息、捨てられる

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(こ、これは、一体どういうこと……?)

 コシコシコシコシ……
 駄目だわ。何度目を擦ってもやっぱりあそこに居るのがベルトラン様に見える。
 目の前の状況が全く理解出来ず、私はその場に固まった。
 どこからどう見ても、あそこに……王女殿下に寄り添っているのはベルトラン様にしか見えない。
 何故なの……?
 そこで私はハッとした。

(大変よ!  もしかすると私の目は──……)
 
「───フルール!」
「はっ!  この声はお兄様……!」

 どうやら、私の後を追いかけて人混みをかき分けることに成功したらしいお兄様の声が聞こえて来たので慌てて振り返る。
  
「!」

 そして私はお兄様の顔を見て愕然とした。
 
「……なんてこと。お兄様はお兄様の顔のまま……つまり、私の目は正常だというの……?」
「は?  おい、フルール?  お前は突然、何を言っているんだ?」

 お兄様が怪訝な表情で私の顔を覗き込んでくる。

「いえ……今、あそこで王女様に寄り添っている方が……どこからどう見てもベルトラン様にしか見えないので……」
「あー……」

 お兄様がますます顔をしかめる。

「それで、てっきり私の目に映る男性は全て“ベルトラン様”にしか見えなくなる病気にでもなってしまったのかと思いまして……でも、お兄様はお兄様でした」
「……フルール」

 頭を抱えたお兄様は「遅かったか……そして相変わらずの頓珍漢な発想と発言をしている……」と小さな声で呟いた。
 そして、お兄様はそのままガシッと私の肩を掴む。

「いいか?  フルール。お前の目は正常だ。そもそもそんな病気は存在しない!  どう考えても最高に気持ち悪いだろ!」

(た、確かに……)
    
 私は頷いた。

「では、お兄様…………ベルトラン様が実は双子だったとかあります?」
「……違うな。モリエール伯爵家の息子はベルトランだけだ」
「……」
 
 きっぱりと否定するお兄様。
 そうよね。
 三年間も婚約していたのに双子だと知らないとか有り得ないものね。
 なので、双子説は却下。
 そうなると───
 
「では……ベルトラン様が何らかの方法で分裂された……とか?」
「は?  分裂!?  フルール、頼むから落ち着け!  思考がおかしい所に走っている!  それだとベルトランが人外になってしまうだろう!」
「人外……」

 私はチラッとベルトラン様(に見える人)に視線を向けた。
 彼は愛しそうに王女殿下を見つめている。

「人間に見えますわね?」
「……人間だからな!  いいか、フルール?  今は落ち着いて目の前の状況を受け入れるんだ……もう、そうするしかないんだ」
「目の前の状況を受け入れる?  ……修羅場を?」
「そうだ!  あれは……あそこで現在、修羅場を迎えているのはお前の婚約者ベルトランで間違いないんだ!」

(あれは私の婚約者……ベルトラン様)
 
 そう言われたので、頭の中を整理しようとする。

 えっと王女殿下は真実の愛?  運命の人……を見つけて、ご自身の婚約者である公爵令息のリシャール様に婚約破棄を突きつけているのよね?
 で!
 その王女殿下の真実の愛のお相手がベルトラン様……ベルトラン・モリエール伯爵令息で?
 でも、ベルトラン様の婚約者は私のはずで?
 なのに今、あそこでベルトラン様はデレデレしていて?

「……」

(え?  王女殿下と浮気していたの!?)

 最近、ずっと上の空だったあの様子は……
 具体的な結婚の話が進まなかった理由は……
 今日の話をした時に様子がおかしかったのは……
 エスコートを断ったのは……

(王女殿下と愛を育んでいたから!?)

 でも、やっぱりどうしてこんなことになっているのかよく分からない。
 そう思って視線を修羅場中の三人の方へ戻す。
 
「───それでなくても、リシャール!  あなたは日頃から口を開けば、わたくしにネチネチと小煩いことばかり言って。出しゃばりすぎですわ!」
「え?  でも、そ、それは殿下が……」
「わたくしのせいにするの?  なんて性格の悪い……そうですわ。昔からなんて嫌味な男なのかしらと思っていたんですのよ!」
 
 ちょうど、王女殿下とリシャール様が揉めている所だった。
 
「それに比べて、こちらの彼は私のありのままを受け入れてくれて“そのままのシルヴェーヌ様でいい”とまで言ってくれましたのよ!」
「そのままって……」

 リシャール様が何か言いかけたけれど、王女殿下が遮る。

「とにかく!   あなたとは大違いで優しい心を持った方なのですわ!」
「……シルヴェーヌ様!  僕のことをそんな風に思ってくださっていたのですか?」

 ベルトラン様が、王女殿下の言葉に感激している。

「うふふ、当然よ、ベルトラン。あなたはそこの腐った男リシャールとは大違いですもの!  とても素敵な男性でしてよ!」

 王女殿下がそう言って微笑むとベルトラン様にギュッと抱きついた。

「シルヴェーヌ様!」

 ベルトラン様は、嬉しそうに頬を赤く染めてそんな王女殿下を優しく抱きしめ返していた。
 その姿はどこからどう見ても互いを想い合う恋人同士のよう。

「ああ……こんなにも素敵で素晴らしい方をネチネチ虐めるなんて……リシャール!  あなたはまるで物語の悪役そのものね!」

 王女殿下がビシッとリシャール様に向かって指をさす。

「あ、悪役!?」
「ええ、悪役よ。そうね、言うなら……リシャールは悪役令息ですわ!」

 ───悪役令息。
 そんな初めて聞く言葉に会場内も大きくザワつく。

 悪役令息呼ばわりされたリシャール様も呆然としていた。

「あなたのような悪役令息と結婚なんて冗談じゃありませんわ!  婚約破棄よ!」
「いえ……殿下、それは……お願いですからもう一度考え直しを……」
「はぁ、執拗い男ですわね。いいえ!  もう遅いですわ!  このことは既にお父様にもあなたの家……モンタニエ公爵家にも全て伝え済みでしてよ!」
「え?」

 自分の家にも伝え済みと言われ、さすがのリシャール様もそこで顔色が変わった。
 その時だった。

「───王女殿下の仰る通りだ!  リシャール!」
「ち、父上!?」

 そんな中、突然ドスの効いた声が会場内に響き渡る。
 リシャール様が父上と呼んだことからこの声の主はおそらくモンタニエ公爵。
 公爵の登場にますます会場内は騒がしくなった。

「お前がそこの男性に繰り返していたという虐めや嫌がらせ等の悪事の話は、王女殿下からしっかり聞かせてもらった───なんてことをしたのだ!  見損なったぞ!  リシャール!」
「いえ、父上……お願いですからこっちの話を」
「言い訳はいらん!  もう、お前は廃嫡───そして我がモンタニエ公爵家からも追放だ!」
「なっ……!」

(ええ!?  つ、追放!?)

 怒涛の展開に私の脳内が追いつかない。
 そんな……と膝から崩れ落ちていくリシャール様。
 物凄い形相でお怒りなその父親の公爵閣下。
 そして───……

「シルヴェーヌ様!」
「ベルトラン!  愛しているわ!」

 大勢の前だと言うのに、気にする様子もなく堂々と抱き合う王女殿下とベルトラン様。

 二人のその様子は一見、王女様の婚約者のやらかした悪事を明らかにして倒し、王女様は真実の愛の相手と結ばれる物語のハッピーエンドのよう。
 そのせいか皆、良かったねぇ……二人共お幸せに……
 そんな感じの優しいほっこりした目で二人のことを見守っている。

(いえいえいえ……待って待って待って?)

 きっと今、この会場にいる殆どの人が、ベルトランの婚約者である私という存在を忘れている。
 いえ、綺麗に記憶から抹消している気がするわ。

(なんてこと!)

「ねぇ……お兄様」
「ど、どうしたフルール?  その……大丈夫か? すまない。じ、実はこのことはずっとお前に言うべきか否かを父上とも──……」
「お兄様!  一つ確認なのですが!」
「お、おう……?」

 お兄様は困った顔でモゴモゴしていたので、私は勢いよくその言葉を遮る。
 話の途中だけどごめんなさい、お兄様。
 でもこれだけは今、どうしてもどうしても……どうしても!  確認しておかなくてはいけないと思うの!
 私は真剣な顔でお兄様に問いかける。

「───私……フルール・シャンボン伯爵令嬢って、ちゃんとこの世に存在していますわよね?」
「はぁ!?」

 お兄様は私の言葉に面食らった様子で、
「また、ちょっとズレた変なことを言っている……」
 と、その場で頭を抱えていた。

(ああ、野次馬の血なんて騒がせるべきではなかった……わ)

 そして、私はようやく今になってお兄様の言っていた“大出血”の意味を理解した。
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