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4. 野生の勘が働いた
しおりを挟む「ねぇ、あなた。どうします? このままではフルールが……」
「ああ。話は聞いていたが、まさかベルトラン殿がこんな愚行を犯すとは」
「フルールがショックを受けていないか心配だわ」
「そうだな。まずは、フルールの心のケアを───」
(あ、いたいた!)
お父様とお母様は会場の隅で深刻そうな顔で話していた。
「───お父様、お母様! 帰りますわよ!」
元気いっぱいにお兄様を引き摺りながら現れたせいか、二人はギョッとした目で私を見た。
「フルール!?」
「ちょっと!? なんでアンベールを引き摺っているの?」
お母様が私に引き摺られているお兄様を見て目を丸くした。
「私が邸に帰ると言っているのに、お兄様ったら何だかオロオロしていたので、引き摺って来ちゃいました! さ、帰りましょう! 婚約破棄と慰謝料請求の準備ですわ!」
私が満面の笑みでそう説明したら、二人がポカンとした顔で私を見てくる。
「二人共、どうしました?」
「フルー……いや……なんでもない、帰ろう……な!」
「そ、そうね、あなた!」
「?」
お父様とお母様は互いに目を合わせると、少しぎこちない様子で頷き合っていた。
そうして会場を出る際、最後にもう一度ベルトラン様の方を見ると王女殿下の手を取ってその場に跪いて手の甲にキスをしていた。
ワッと盛り上がった会場内の声により、ベルトラン様がそこで王女殿下に“永遠の愛”を誓ったのだと分かった。
(真実の愛の次は永遠の愛? ……聞いてて背中が痒くなるわ)
ベルトラン様? 永遠の愛を誓う前にまず私と婚約破棄が先ですよ~
お金たっぷり用意しておいてくださいね~
今も私の存在をすっかり忘れているであろうベルトラン様に心の中で語りかけておいた。
こうして私はシルヴェーヌ王女殿下の誕生日パーティーを後にした。
───この時、悪役令息などと呼ばれ悪者にされた挙句、婚約者だった王女や家族に手酷く捨てられてしまったリシャール様が会場から姿を消していたことには誰も気付いていなかった。
❈❈❈
私たち全員が馬車へと乗り込むと、お父様が口を開いた。
「──慰謝料請求ということは、フルールはベルトラン殿とは婚約破棄で構わない……んだな?」
「ええ。とてもとても大きなショックは受けていますけど、どうやら、ベルトラン様は私ではなく王女殿下と真実の愛を見つけてしまったようですし」
「フルール……ショックなんて受けていないのでは? と、思えそうなほど元気そうに見えたがやはり……」
「そんなに大きなショックを? ……いえ、当然よね」
私が神妙な顔でそう口にするとお父様とお母様が悲しそうな表情になる。
娘の男の見る目の無さにガッカリしているのね、分かるわ。
「アンベールから話を聞いた時は半信半疑だったが、このようなことになるならもっと早くお前に話しておけば良かったな……」
「ええ、確かに早く知りたかったですわ」
私はコクリと深く頷く。
「すまなかったな、フルール」
「ごめんなさいね、フルール……」
お父様とお母様が悲しい目で私を見ている傍で、なぜかお兄様だけが、
「いや、それ意味合い全然違うから……フルールが言ってるのはそういうショックじゃないんだよ……」
と、よく分からないことを呟いて頭を抱えていた。
そんな話をしていると準備が整ったらしい馬車が出発。
しかし、走り出して少し経ってから馬車がガタンッと音を立てて急停止してしまう。
「な、なに?」
「びっくりしたな……」
「──何があったのか確認してこよう」
私とお兄様がびっくりしていたら、お父様が馬車を降りて話を聞くために馭者の元へ向かう。
(どうしたのかしら? 車輪でも故障してしまった?)
ハラハラしながらお父様が戻ってくるのを待っていたのだけど、なかなか戻って来ない。
どうしたのかしらと思い、扉を薄ーく開けて、更に薄目で外を覗いていたら、お父様と馭者の声が聞こえて来た。
「───人を轢いただと!?」
「い、いえ! 直前で路に倒れているそこの人に気付いたので慌てて止めました。なので轢いてはいない……はずです」
「だが、ボロボロで倒れているぞ? 怪我もしている」
(──これは、事故!?)
どうやら、馬車の故障ではなく事故らしい。
そして確かに馬車の前には倒れているらしい人の姿が見えた。
「事故か?」
「ええ、そのようです」
やはり何が起きているのか気になったらしいお兄様もヒョコッと顔を出す。
「んー? 何だか身なりがボロボロのようだな。平民が馬車の前に飛び出したとかかな?」
「……そう、ですわね」
お兄様の言葉に私はそう答えながらも、うーんと首を捻っていた。
うつ伏せで倒れているようなのでここから顔は見えない。
けれど、怪我もしていて全体的にボロボロに見えるけれど、履いている靴が……
あれはかなり高級靴だと思うの。
(うーん……何だか、あの人……そのまま放っておいたらいけない気がする)
私の野生の勘がそう警告してくる。
「お兄様、お父様に言ってあの方を保護しませんか?」
「は? フルール、何を言い出した?」
「あの方と我が家の馬車がどこまで接触したのかは分かりませんが、身体を見る限り怪我もしているようですし……放ってはおけません!」
「おい、フルール!」
私はそう言い残して馬車を飛び出す。
そしてお父様と馭者の元へと駆けつける。
「お父様!」
「フルール? なんで降りてきた?」
「人が倒れていたので事故かと思いまして」
そう言いながら私は倒れている人に視線を向ける。
うつ伏せで倒れたままのその人はピクリとも動かない。
「えっと、お父様…………この方、生きてます?」
「生きとるわ! ……どうやら気絶しているだけのようだぞ」
「それならよかった……」
その言葉を聞いて安心した。
だってピクリともしないものだから、つい……
「ではお父様、頬をペチペチしたらこの方、目を覚ますかしら?」
「フルール!? お前は突然現れたかと思えば、なんて悪魔のような発言をしているんだ!」
お父様が恐怖の目で私のことを見てくる。
なんて目を娘に向けるの!
「いえ、ちょっとこの方をこのまま放っておくのは、よろしくないと思いまして。邸に連れ帰って手当をすべきと思ったのです」
「なら、それがなんでペチペチになる!?」
「いえ、気絶したまま運んでしまっては誘拐になってしまうじゃありませんか」
「は?」
私が大真面目に答えるとお父様はポカンとした後、ガクッと肩を落とした。
「なぁ、フルールよ。心配すべきはそこなのか? もっと、この人物の怪我の具合とかな……色々あるだろう? 色々……」
「頭を打っていないかは心配ですが、身体の怪我に関しては、数は多いですがどれも思っていたより深くなさそうなので大丈夫だと思いましたわ」
私がそう答えるとお父様は苦笑いをした。
「……まぁ、なんであれ確かにこのまま放置するなんて出来ないが」
「邸に帰ってからお医者様を呼んで診てもらいましょう? お父様! いざという時は、きっとお医者様が“これは誘拐ではありません、保護です”と証言してくださいますから」
「フルール……」
「?」
お父様の目はまだすごく何か言いたそうだった。
「頭を打っているかもしれないから、慎重に持ち上げて───……」
(あ、顔が見えた! …………ん?)
そうしてお兄様も呼びつけ、このボロボロだけど高級靴を履いた意識不明の謎の男性を馬車に乗せようとして気付いた。
「あああ!」
「どうした? フルール」
慎重に彼を運ぼうとしている最中のお兄様が訊ねてくる。
「お父様、お兄様……この方……」
「なんだ? フルールの知り合いか?」
「いえ……私は口を聞いたことが無いので知り合い以下なのですけど……このお顔……この美貌……」
私の声でお父様とお兄様がその男性の顔をまじまじと見る。
そしてギョッとした。
「美貌だと? ん? えっ?」
「あっ……!」
(うんうん、そういう反応になるわよね!)
だって、この方……間近で見たのは初めてだけど、ボロボロでも分かるほどの噂通りの美貌!
すごいわ! 本当に美しい人というのは、どんな状態でも決して美しさは損なわれたりしないものなのね!
こんなの誰だって驚くわ。
なんてことを私が考えていたらお父様たちが戸惑い気味に話している。
「なぜ!?」
「どうしてこの方がこんなところに……?」
そう。
なぜなら、このボロボロ状態で倒れていた意識不明の男性は……
つい先程、パーティー会場で王女殿下から“悪役令息”と呼ばれて捨てられていたリシャール様だったから。
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