王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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12. 怪我を負った理由

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 リシャール様は少し考えたあと、躊躇いがちに口を開く。

「……助けてもらっておいてお世話にもなっているのに、説明もせずに申し訳ない」

 しかも、そのまま私たちに頭まで下げた。

「いやいや、そんなことはっ……」
「そうですわ!」

 私とお兄様が慌てて否定して頭を上げるように言ったら、リシャール様は小さく笑う。
 そして頭を上げると、あの日の話をしてくれた。


「会場を出たのは、あの場に父上が出て来て追放宣言されたすぐ後だよ」
「え?  そう、でしたの……」
「うん。あの時、会場にいた人たちはシルヴェーヌ王女殿下や彼のことばかりを見ていたからね。捨てられた“悪役令息”のことは一通り嘲笑したあとは見向きもしていなかった」
「!」

 そう言われると確かにそうだった。
 王女殿下からリシャール様が責められている時は、皆も同じように冷たい目で見て嘲笑っていたのに、殿下が興味をなくすと、まるでその場に居なくなったかのように……

(ん?  それって……)

「多少の違いはあれども、リシャール様も私と同じで空気になってしまわれたのですね」
「うん?」
「仲間ですわ」

 悪役令息に悪役令嬢(なり損ね)という悪役の仲間感だけでなくこんな所まで……
 私は勝手に親近感を覚える。

「フルール?  な、何の話だろうか?」

 怪訝そうな表情をしたリシャール様が私の顔を覗き込んだ。

「あ、いえ! ごめんなさい!  何でもありませんわ……ちょっとした独り言です」
「ふっ……独り言って……」

 慌ててそう答えると何故か小さく笑われた。
 私は反省する。
 今は大事な話の最中!  
 話の腰を折ってはいけないわ。

「ははは。でも、確かにフルールの言う通り、あの時の僕は完全に空気だったなと思うよ」

 リシャール様はなるべく明るく言おうとしているけれど、どこか辛そうな気配が漂う。
 分かるわ。とってもとってもとっても分かるわ!
 私も思わず自分がこの世に存在しているか疑ってしまったもの……
 地味に堪えるのよ、あれ。

「──それで、皆が殿下たちに夢中になっている所を見計らって、父上は僕をパーティ会場の部屋から強引に連れ出した」

 そう言ったリシャール様がそっと自分の左頬に触れた。
 残念ながら、まだガーゼの取れていないそこはきっと……

「父上は僕を殴ると言った。───今すぐ出ていけ、とね」
「!」
「何も持っていない。本当に言葉の通りに追い出されたんだ」
「酷い……」

 思った通りの事実に胸が痛む。
 殴った挙句、荷物も何も持たせずに追い出すなんて……

(公爵なんて地位にいるくせに、自分の息子の価値をまるで分かっていない阿呆な親だわ……!)

 メラメラと湧き上がる怒りをどうにか鎮める。

 これで会場から出ていった状況や理由は分かったけれど、それにしては怪我が……

「……それで、出ていくことになった、にしては傷が多すぎませんか?」

 お兄様も同じことを思ったようで疑問をぶつける。
 リシャール様も「そうなんだ」と静かに言った。

「僕がボロボロだったのは、その後、人に絡まれたからなんだ」
「「え!」」
  
 私とお兄様の驚きの声が重なる。

「言われた通り、大人しく出て行こうとしたのだけどすぐに複数の男に絡まれた」
「え!  ふ、不審者!?」
「いや。それは、僕が友人……だと思っていた人たちだった」
「友人……」

 ───友人……ではなく、だと思っていた。
 リシャール様はあの場で家族からだけでなく友人からも傷つけられていたということ。

(なんてこと!)

「元々、僕のことが気に入らなかったんだと。何でも持っていて恵まれていて妬ましかったと。いい気味だ、ざまぁみろ……王女に振られた僕には何の価値もない!  だってさ」
「!」
「そもそも、友人として近づいたのも、僕のそばにいれば様々な恩恵が受けられるから、そうも言っていた」
「リシャール様……」

 そう語るリシャール様の顔が悲しそうで、なんて声をかけたらいいのか分からず何も言えなくなる。

「……フルール」
「はい」

 リシャール様に名前を呼ばれたので顔を向けると、リシャール様は何故か微笑んでいた。

「──でも、君が昨日言ってくれた言葉で僕は救われたんだ」
「え?」
「婚約破棄も家からの追放も、友人たちの本音を知ったこともショックだったし辛かったけど、今こうして落ち着いて話せているのは君の言葉のおかげだ」
「私の?」
「────あんな人たちは、自分の方から捨ててやったんだ!  そう思っちゃえばいい。と言ってくれただろう?  頭の中をそう切り替えてみたら気持ちがすっとラクになった」

 リシャール様はこうも続けた。

 自分を道具としてしか見ていなかった父親の公爵や公爵家の人々。
 公爵家子息で王女殿下の婚約者だからという理由で近づいて来た友人たち。
 そして、あんな嵌めるような形で婚約破棄を言い渡して浮気した王女殿下。

 ……どれも要らないな、と。

「だからありがとう、フルール」
「!」

 その時のリシャール様の国宝級笑顔には、何故かこれまで以上に胸がドキドキした。


「…………で、話は戻すけど、その時の僕はやっぱり大きなショックを受けていて、彼らはそれが面白かったのか更に僕を痛めつけようと──」
「───!」
「あ、大丈夫。彼らからは逃げられたんだ。でも……」
「でも?」

 友人だった人たちからは逃げられたのに、そんな傷を負っているというのは……まだ何かある?

「王宮を出た辺りで、今後どうしようかとさまよっていたら今度は見知らぬ男たちに絡まれた」
「!」
「見知らぬ……!?」

 友人たちも穏やかではなかったけど、そんなのこっちの方が更に穏やかじゃない! 

「身なりが身なりだったから、金があると思われたのかな?  彼らはナイフをチラつかせて来た」
「!」

 私はヒュッと息を呑む。
 そんな私の顔を見たリシャール様は、そっと私の頭に手を伸ばすと優しく撫でた。
 その目が大丈夫だから、と言っている。

「身体……特に腕にある傷のほとんどはその時のナイフの攻撃から防御した時の傷だ。ナイフ以外にも殴る蹴るの暴行もあったけど」
「そんな……!」
「それなりに武道もやらされていたから、致命傷になるような傷は負わずに済んだけど、さすがにナイフも持っているような輩と複数人を相手にするのに一人は限界がある」
「それで、力尽きてしまった……?」

 リシャール様は静かに頷く。

「撃退するのに手一杯。僕は途中で力尽きて倒れた…………で、目が覚めたらここにいた」

 ────倒れていた……?  ああ、そうだ……途中で力尽きたんだっけ……それで……その後……

 目が覚めた時のリシャール様の言葉はこのことを指していたのだと今なら分かる。

「そんな不幸が……リシャール様。辛い話をありがとうございました」
「いや、大丈夫。話したら何だか僕もすっきりした」

 お兄様がお礼を言ってリシャール様は大丈夫……と答えているけれど……
 これは暴行も偶然……というより最初から狙われていたのでは?
 なんてついつい疑ってしまう。

(…………婚約破棄に悪役令息…………そもそもあの演出をあの場で実行しようと考えたのは誰?)

 ベルトラン様?  王女殿下?
 この“悪役令息”への暴行までがあの演出の一環だったなんてこと…………ある?

「……」

 私は考え込む。

 いやいや。これはいつもの想像に過ぎないわよ……ね?
 ほら、お父様もお兄様もよく私に言うもの。私は妄想しすぎだぞって!
 だから、これもきっと私の考えすぎ───

(でも……何故か気になる)

 私の野生の勘がそのまま放置すべきではない! 
 そう言っているわ。

「……」

 私がしかめっ面で考えごとをしていたからか、リシャール様が心配そうに私を見ていた。

「──フルール?  大丈夫?  すまない。嫌な話を聞かせてしまった」 
「いえ……!  大丈夫ですわ。そんなことより私よりもリシャール様の方が……」

 たくさんたくさん……傷ついて……色々失って……

 後半が上手く言葉になってくれない。 

「フルール。僕は大丈夫だ……君がいてくれたから」
「私が?」

 リシャール様はにこっと笑うと、そっと手を伸ばすと私の手を取って握りしめた。
 手っ!  握っ……!?
 私が動揺していると、リシャール様は更に眩しい笑顔を向けてくる。

「君の言う通り、これからの僕は家に縛られない……自由なんだ」
「え、ええ」
「───これからは好きに生きようと思う」
「!」

 そう語るリシャール様はどこか吹っ切れた様子にも見える。

「コホッ…………だからさ、フルール」

 リシャール様はグッと握りしめている手に力を込めた。

「は、はい」
「これからも、ずっと僕のそばにいてくれないか?」
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