56 / 356
56. 悪役令息 vs 公爵
しおりを挟む(───勝ったわ!!)
私は大きなショックを受けて膝から崩れ落ちたジメ男を見ながらそう思った。
……本当はこういうことは比べるものではないと分かっている。
それでも、まだ犯した罪を償えていないジメ男よりリシャール様を想う気持ちに私は負けるわけにはいかないのよ!
私は、ふふんっと誇らしげな気分で部屋の中を見渡す。
(あれ? ……なんで?)
相変わらず憤慨して喚き散らしている公爵の存在はとりあえず無視するとして、なぜかお父様とお兄様までそれぞれ頭を抱えて崩れ落ちている。
しかも、二人揃って私の名前をうわ言のように呼びながら、「何かが……何かが違う気がする……!」と嘆いている。
(何が違うの?)
「……?」
「フルール……」
そんな二人の様子に気を取られていたら、リシャール様がそっと私の肩に自分の頭を乗せた。
「リシャール様、どうしました?」
「うん……そう言ってくれてありがとう、嬉しい」
リシャール様の言葉に私は嬉しさと恥ずかしさで照れてしまう。
「でも、少しだけ弟には同情してしまう……かな」
「え?」
同情──その言葉にうっすら危機感を覚える。
リシャール様は優しいから、弟が私をライバル宣言してしまうくらい自分のことを好きだったと知って絆されてしまったのかも!
(それはダメ! まだ早いわ!)
「──いいえ、リシャール様。今は彼に同情など無用です! そんな簡単に気を許してはいけません」
「フルール?」
ここは私がしっかりしなくちゃ! ライバル牽制よ!
そう思ってリシャール様と向き合う。
「そうか……フルールはきっちりしているんだね?」
「当然ですわ! だって変な期待を持たせてはいけませんから」
ジメ男に対してリシャール様が情けをかけることで、自分は罪を償わなくても許されるかも……なんて期待をジメ男にさせてはいけない!
「フルール……」
どこか嬉しそうな様子のリシャール様に私はにっこり微笑んだ。
「───えぇい! これはいったいどういうことなんだ!?」
そんなほっこりした気分を壊したのは、ここまでずっと無視され続けた公爵だった。
実はずっと喚き声もうるさかった。
「リシャール! ようやく姿を見せたと思えば……! 一言も口を聞かずにそこの小娘とベタベタし始めおって!」
「……」
「どうやら話は聞いていたのだろう? そこの娘はお前には相応しくない! 別れろ!」
公爵はリシャール様に私と別れるように迫る。
「素直に言うことを聞けば公爵家にも戻してやる。そして再び嫡男はお前だぞ! リシャール」
「……」
「安心しろ。今からでももっと身分のある令嬢をお前には紹介してや───ひっっ!?」
なんと、リシャール様は無言で睨みつけて公爵を黙らせた。
(冷気! 私の後ろから並々ならぬ冷気が漂っているわ!!)
「黙って聞いていれば…………いい加減に静かにしてくれませんかね?」
「リ、リシャール?」
リシャール様の静かな怒りに公爵は目を丸くして驚いている。
こんなことで驚くなんて、これまでのリシャール様がどれだけ感情を抑制されて来たのかと悲しくなった。
「ここまでのフルールの言葉を聞いても、なお身分のある令嬢を勧めようとするあなたを心底軽蔑しますよ」
「なんだと!?」
公爵はリシャール様を睨みつけながら怒鳴る。
「何を言っているんだ! 父親として息子の幸せを願うのは当然のこ──……」
「ふざけるな! 今更、父親面?」
「……何?」
リシャール様の怒鳴り声とその言葉に眉をひそめる公爵。
「ああ、すみません。あなたから父親らしいことなんて一切された記憶がなかったもので取り乱しました」
「~~っ! リシャール!!」
憤慨する公爵を鼻で笑ったリシャール様。
「本当にバカだった。頑張れば……期待に応えさえすればきっと褒めてくれる、愛してくれる……そう信じていたのに」
「リ、リシャール?」
「そんなものは幻想だった…………僕はあなたにとって単なる道具でしかなかった」
リシャール様は私から離れると公爵の元に一歩、また一歩と近づいて行く。
そんな彼の異様な雰囲気に危険を感じたのか、公爵は青い顔で逆に一歩ずつ後ろに下がっていく。
「僕の話も聞かずにあんなにあっさり捨てておいてよくもまぁ、帰って来いなどと言える」
「っ……」
「そのうえ、僕の見つけた一番大事な人まで散々バカにして……」
(リシャール様……)
そこでリシャール様は冷たく笑う。
放たれている冷気と冷たい笑顔に私のドキドキが止まらない。
「───今、モンタニエ公爵家の評判は最悪のようですね?」
「……っっ! 何でそれを……」
「はは、そんなのちょっと調べればすぐに分かることだ」
リシャール様がわざと小バカにした様子で笑ったので、公爵は屈辱で顔が赤くなる。
「ああ、お得意の怒りを撒き散らしますか? それとも殴りますか? どちらでも構いませんが、残念ながら僕はもう大人しく泣き寝入りするような子供ではありません」
「ぐっ……貴様……」
「そうそう。そんな最悪の評判なモンタニエ公爵家を立て直すとっておきの方法を教えて差し上げますよ?」
「なに?」
公爵の目がクワッと大きく開く。
リシャール様はそんな公爵の顔を見て冷たい顔のままにっこり微笑む。
「とっても簡単ですよ?」
「……簡単だと!?」
(すごい、食いつき……)
公爵にとって今のこの状況がかなり耐え難いことなのがよく伝わって来る。
「そうです。それは害虫のあなたが退くことですよ」
「は? が……いちゅう?」
「ははは! すごい顔ですね。害虫──もちろん、あなたのことですよ?」
リシャール様はスバッと言い切った。
「リシャール! 貴様、ふざけるなよ? 言っていいことと悪いことが……」
「何を言っているんですか? 昔、あなたが散々僕に向けて投げつけて来た言葉と何も変わらないですよ?」
「……な、に?」
何を言われたのか瞬時に理解出来ていなさそうな気の抜けた公爵の顔を見たリシャール様は、小さくため息を吐く。
「僕が王女殿下の婚約者に選ばれる前によく言っていた」
「……?」
「婚約者になれなかったら、なんの価値もない虫以下だと」
公爵ははっとした様子をみせたので思い出したのだろう。
必死になって弁解を始めようとする。
「そ、それは……そう、お前にやる気を出してもらうために、な? 少しきつい言い方を」
「……」
「だから、本心では無───」
「そんなことはもう今更、どうでもいいんですよ。僕はあなたの方こそが虫ケラだったのだと、ようやく分かりましたから」
リシャール様はゾクゾクするくらいの冷たい声でそう言い放った。
「さあ、さっさと公爵の座から退いて下さい」
「待て、リ、リシャール……! ゆっくり話そうではないか、な? きちんと話せば分か……」
「ははは、何を言っているんですかね?」
「……ぐっ」
冷たく睨まれた公爵は押し黙る。
これはもう完全にリシャール様に押されている。
「ご安心ください? あなたが壊したものは、僕が立て直してみせますよ?」
「な、んだと!?」
「そう───ここにいるあなたが散々バカにした彼女と共にね!」
リシャール様はそうはっきり宣言した。
694
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる