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65. 悪役令嬢は語る
しおりを挟む「───フルール!」
「あ、リシャール様!」
早馬を走らせ、私から急ぎの連絡を受けたリシャール様が息を切らして我が家に駆け込んで来た。
「来てくれたのですね?」
「当たり前だろう! だって、あんなメッセージ……」
リシャール様の肩が大きく上下している。
かなり急いで駆け付けてくれたみたい。
「え? あ、ごめんなさい……慌てていたので簡潔に書きすぎましたわ」
「その気持ちは伝わった! 伝わって来たんだが、もう少し……ちょっと……こう、“大変です! 悪役令嬢拾いました!”以外の言葉が欲しかった……」
「う!」
リシャール様の言うことは最もなので頷く。
「そうですわね。次からは気をつけますわ」
「そうしてくれると助かる───……ではなく、次? 待ってくれ! フルールはまた悪役を拾う予定があるのか?」
「ええ、だって人生何が起こるか分かりませんもの。また悪役を拾う心の準備をしておいても損は無いと思いますわ」
私がそう答えたらリシャール様は苦笑いをしながら、そっと私を抱きしめた。
「本当にフルールって凄い」
「今、社交界で大注目の公爵様が、私のような伯爵令嬢に向かって何を言っているんです?」
「……」
抱きしめ返しながらそう答えたら、何故かまた笑われた。
「えぇと、それで……私が呼んでおいて今更ですけれど、お仕事は大丈夫ですの?」
「大丈夫。殿下の世話係は他にもいるから問題ない」
「よかった」
私はホッと胸を撫で下ろす。
「フルール、それよりも拾った人が“悪役令嬢”ということは、それは──……」
リシャール様の言いたいことは分かったので、私は説明する。
「道で倒れていたのは、間違いなくオリアンヌ・セルペット侯爵令嬢本人でしたわ」
「……そうか」
リシャール様の表情がキュッと締まる。
自分が倒れていた時を思い出し自分と重ねているのかもしれない。
「ですが、リシャール様の時とは違って、誰かに襲われた様子などはなく空腹により倒れていた……ということでしたので」
「う、うん……? 空腹?」
「そう。腹ペコだったようですわ。ですから、オリアンヌ様はすぐに目を覚ましまして、今は食事を召し上がっています」
お医者様もこれは空腹での行き倒れとはっきり断言していた。
「く、空腹……怪我がないなら、とりあえずは良かった……のか?」
「どうなのでしょう……?」
大きな怪我がないのは良かったけれど、荷物も持たずに行き倒れなんて明らかに普通じゃない。
「リシャール様……これは明らかに王太子殿下による婚約破棄の余波、としか思えません」
「うん」
「……許せませんわ」
「ああ。とりあえず、セルペット侯爵令嬢の元に案外してくれないか?」
そんな話をしながら、私はオリアンヌ様を保護している部屋にリシャール様を案内した。
そして、部屋の前に着くとお兄様とオリアンヌ様の声が聞こえて来た。
「えっと? ……た、倒れたばかりなのにそんなに食べて大丈夫なのですか?」
お兄様の困惑している様子の声が聞こえてくる。
どうやら、オリアンヌ様は元気にご飯を食べているようで安心した。
「大丈夫です。とても美味しくて手が止まらないのです」
「でも、すでに二杯もお代わりしているけど……」
(まあ!)
オリアンヌ様が二杯お代わりしているという事実に親近感が湧いてしまう。
分かるわ! 美味しいものはたくさん食べたいものね!
「あ……! 助けて貰っておきながら図々しかった……ですよね、すみません」
「い、いや! 違うんだ! 俺もつい、いつもの癖でお代わりを渡してしまったから……」
「え? いつもの癖……ですか?」
「…………い、妹が、よく食べる……んだ」
お兄様は最後をものすごく小さな声で言った。
いつも私にお代わりを渡す役目はお兄様なので癖が出てしまったみたい。
でも、それを平らげるオリアンヌ様も只者ではない気がするわ!
「フルール、なんだか目がキラキラしてる……」
「そうですか? さあ、詳しい話を聞きに行きましょう、リシャール様!」
「う、うん?」
私はリシャール様の腕を引っ張りながら部屋へと突入した。
「……え? モンタニエ公爵家のリシャール様……? どうしてここに?」
私たちが部屋に入ると、オリアンヌ様はリシャール様を見て驚き、目を丸くする。
二人はそれぞれ王子と王女の婚約者だった。
当然だけど、顔見知りだということを今の今まですっかり忘れていた。
「……実は、少し前に色々あって、僕と王女殿下との婚約は破棄されているんだ……」
「え!? 婚約破棄!?」
オリアンヌ様からすれば他人事ではない話なので顔が青ざめていく。
「この話、聞いていない?」
「はい。聞いていません……けれど、まさか王女殿下まで……」
オリアンヌ様の瞳が悲しそうに揺れている。
自分が大変な時なのに、リシャール様のことを心配している目だった。
(本当に綺麗で美しい……何だか雰囲気も儚げだし……)
こんな方のどこが悪役令嬢なの!
私は内心で憤る。
「そんな顔はしないで欲しい。実はこの件はもう片付いているんだ」
「え? 片付いて……いる?」
オリアンヌ様がびっくりした顔になる。
「そうなんだ。それで、今の僕はこの家……シャンボン伯爵家の令嬢と婚約している」
リシャール様が私を抱き寄せながらそう言った。
私もオリアンヌ様に向けて頭を下げる。
「シャンボン伯爵の娘、フルールと申します」
「……ええ!?」
当然だけど、この話はオリアンヌ様をかなり混乱させてしまったようだった。
「コホッ……大変失礼しました。シャンボン伯爵家のお二方───この度は私を助けていただき、ありがとうございました」
どうにか状況を飲み込み理解したオリアンヌ様は、私とお兄様に向かって深々と頭を下げた。
「私のことはご存知かもしれませんが、オリアンヌ……と申します。セルペット侯爵家の娘……でした」
……でした、と、過去形で言ったわ!
これは、やはりリシャール様みたいに家から追放されてしまっている可能性が高い。
「……どうして空腹で倒れることになったんだ?」
リシャール様がそう訊ねると、オリアンヌ様は悲しそうに目を伏せた。
そして語る。
「───突然、殿下から婚約破棄されてしまい、何が何だか分からないまま帰国しましたら、カンカンに怒ったお父様が私を出迎えました」
部屋の中の空気がやっぱり……という空気になる。
「苦労してせっかく婚約者の座を手に入れたのに、殿下の心を繋ぎ止めておけなかった役立たず! 何のために共に留学したんだ! などと、罵られ……」
オリアンヌ様はそこまで言うと身体を震わせた。
「だ、大丈夫か?」
心配したお兄様がオリアンヌ様の身体をそっと支える。
「あ、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ、すまない」
「……大丈夫です」
オリアンヌ様はそう言って悲しそうに微笑むと話を続ける。
その微笑みはとても美しい。
「怒ったお父様は私を今後一歩も部屋から外に出さないと言い出してそのまま閉じ込められてしまい、結果としてほぼ軟禁状態になりました」
「な、軟禁状態!?」
思わず声が出てしまう。
なんてことをするの! セルペット侯爵は!!
「しかし、それで道端に倒れていたのはどうしてなんだい? それにその格好……」
お兄様が訊ねると、オリアンヌ様は頷く。
「実は、軟禁されてから私にはどうしても耐え難いことがありまして……」
私たちは息を呑んだ。
軟禁状態なんてただでさえ辛いはずなのに、更に耐え難いこととは……?
「そ、それは……?」
顔を青くしたお兄様がおそるおそる訊ねる。
オリアンヌ様はお兄様の顔を見返すと、とても辛そうな表情で言った。
「……実は軟禁中の食事が一日一食しかなく……それも、パン一切れとスープのみ。これ以上の空腹に耐えられなくなりました。だって私はお肉が食べたいから!」
(……ん? お肉?)
「なので、苛立ちは募りとうとう我慢出来なくなりまして。私は監視役をしていたメイドの服を無理やり奪って脱走を試みることにしました……」
(……んん? 奪っ……?)
「なので今、私が着ている服は、奪い取ったメイドの服です」
漂っている儚げな雰囲気とは遠くかけ離れたような言葉がオリアンヌ様から聞こえて来た。
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