王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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79. 弱かった……

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 貧弱王太子は当然のように、真実の愛の相手───エリーズ嬢をエスコートしながら入場して来た。
 ギリギリとはいえエリーズ嬢が試験に“合格”したおかげもあり、その顔はどこか誇らしげ。
 エリーズ嬢も満面の笑みを浮かべていて嬉しそうにしている。
 私はそんな二人をじっと見つめる。

「フルール?  どうかした?」  
「……リシャール様。そういえば私、今更なんですけれど、男爵令嬢の顔を見るの今が初めてかもしれません」
「え?」

 前に私が王宮にいた時の逃走時はなんだかんだで顔は見ていない。
 そして彼女は公の場に出るのはこのパーティーが初めてとなるなので必然とそうなった。

(オリアンヌ様とは真逆で可愛いらしい雰囲気の方なのね……)

 まあ、どんな容姿をしていても関係ない。
 そんなことよりも、
 ───お兄様をに抱きついて誘惑しようとした恨み!  忘れていないわよっ!!
 心の中でたくさん睨んでおいた。



 そうして、貧弱王太子の入場とともにパーティーが開始。
 挨拶ではエリーズ嬢のことを新たに婚約することになった令嬢だと紹介していた。

(なにが、新たに婚約することになった……よ!)

 身勝手に公の場でオリアンヌ様を辱めておいてよく言うわ!
 メラメラしていた私は、ちょうど給仕係が運んでいた飲み物を手に取りグビッと一気に飲み干す。
 その瞬間、頭の中にお兄様の「淑女を忘れるな!」という声が聞こえた気がした。
 私はフッと笑う。

(忘れてなんかいませんわよ、お兄様……)

 ただ、少ーしだけメラールが強く出ているだけですわ!
 そうして気合いを入れ直した私はリシャール様に声をかける。

「リシャール様、まずは挨拶からですわよね?」 
「うん」

 挨拶は弱い人の高い順から始まる。
 つまり、リシャール様は早い!

「では、行きましょう!」 

 そういうわけで、私はリシャール様と共に殿下の元に挨拶に向かった。
 そして、貧弱王太子は私の姿を見るなり思いっきり顔をしかめた。

「───出たな、珍妙な娘」

 珍妙な娘とは?  と思いつつ私は頭を下げる。

「貧……ヴァンサン王太子殿下、再びお会いできて光栄です」

 また貧弱と言いかけたけれど、どうにか持ち直した。
 顔を上げろと言われたのでそのまま顔を上げたら、殿下はまだ顔をしかめている。

「……」

 なぜ、私がそんな顔を向けられて、そんな妙な呼ばれ方をされるのかさっぱり分からないわ。
 それにこの間は私のことを“普通”だとあんなに褒めてくれたのに!

(大嘘つきだわ!)

 私が内心で憤っていると貧弱王太子は私に指をさしながら言った。

「娘!  あれから、父上とシルヴェーヌに貴様とは深く関わらない方がいいと言われたぞ!  本当に貴様はいったい何者なんだ!」
「──私は、シャンボン伯爵家の娘でモンタニエ公爵の婚約者となりました、フルー……」
「ち、違う!  私は名前を聞いているのではない!!」

 何者かと聞かれて名前を答えたのに違うってどういうこと?
 てっきり自己紹介をご所望だと思ったのに!

「……はぁ、本当に訳のわからん娘だ……」

 貧弱王太子はため息を吐きながら頭を押さえる。
 そしてリシャール様に視線を向けた。

「リシャール!  お前は……お前は本当にこの娘でいいのか!?」
「もちろんです」
「いや、お前ならいくらでも他の令嬢……」
「──殿下?  何度も言わせていただいていますが、僕はフルールにしか興味がありません。何度伝えたらご理解いただけるのですか?」
「……くっ」

 リシャール様に睨まれて貧弱王太子は言葉を詰まらせた。

「……見た目も平凡、特に才女だという話も聞かない。ダンスも最近になってようやく人レベルになったと聞いたぞ?  そんな娘のいったい何が……」

 貧弱王太子は頭を抱えながらブツブツ呟いているけれど、何を言っているのかはよく聞こえない。

「ん?  待てよ?  そうだ、シャンボン伯爵家と言えば!  貴様、私の大事なエリーズに手を出した男の妹だな!?」

 貧弱王太子は、どうやら突然そのことを思い出したようで、今度は私を鋭く睨んで来た。

(……言うと思ったわ)

「兄は無実ですわ」

 私はにっこり笑顔で返す。

「なんだと!?  庇っても無駄だぞ!  なぜならエリーズが本人が突然抱きつかれたと言って泣いていたのだからな!  それに私も貴様の兄がエリーズに抱きついているところをこの目で見た!」
「……」
「いくらエリーズが可憐で清らかで可愛いからと言って、エリーズはこの王太子である私の運命の相手なんだぞ!  つまり未来の王妃!  たかが伯爵令息が気安く触れていい存在ではない!」
「……」
「いいか?  リシャールに免じて今回だけは見逃してやったが次は無い!  兄にそう伝えておけ!」
「……」
「おい、娘!  聞いているのか!?」
「……」

(すごい既視感……)

 キャンキャン犬のように喚いている貧弱王太子の言葉を聞きながら、私はずっと何かが思い出せず、奥歯に物が挟まったような感覚に陥っていた。

 そう。ベルトラン様の父親、モリエール伯爵にもこんな風に捲し立てられたわ。
 あの伯爵もそうだったけれどどうして皆、こういう時は早口になってしまうのかしら?
 それと……この間、本で読んだ。こうしてキャンキャン犬のように喚いているような人のことを……
 なんだったっけ……うーん、思い出せない……でも確か───

「ははは!  どれも図星だったからだな?  何も言えなくなっているではないか!  ははは!」
「……」
「どうだ?  何か言えるものなら言ってみろ、娘!!」
「!」

 その瞬間、私の頭の中に突然答えが降ってきた!
 そう!

「─────弱い犬ほどよく吠える!  ですわ!!」
「!?」

(……ああ、よかった!  思い出せたわ!)

 ようやくスッキリした。
 スッキリしたのでニコニコ笑っていたら何故か、しんっと静まり返っている。

(……?)

 そして、私の目の前には口を開けて固まった貧弱王太子の姿。
 なぜそんな間抜けな顔で固まっているの?
 不思議に思ってリシャール様の方を見たら口元を必死に押さえてプルプルと身体を震わせている。

(……?)

 よく見れば静まり返った会場内にいる人たちも似たような感じで口元を押さえながらプルプルしていた。

「リシャール様……?」

 どうやらリシャール様も他の人も必死に笑いを堪えているみたいだけど?
 リシャール様に何があったのか詳しく聞こうとしたその時だった。

「───な、なんて酷いことを言うんですか!」

 それまで黙って座っているだけだった貧弱王太子の隣にいた男爵令嬢が怒りだした。

「酷いこと?」
「そうです!  黙って聞いていれば……!  信じられません!  ヴァンサン殿下はこの国の王太子殿下なんですよ?  それなのに弱い犬扱いだなんてどういうつもりなんですかっ!」
「え……」

(あ!)

 そこでようやく私は自分がさっき思い出せてスッキリしていた言葉を口にしてしまっていたことに気付いた。
 目の前のエリーズ嬢は目をうるうるさせながら私に訴えて来る。

「いくら本当のことだとしても……言っていいことと悪いことがあると思います!」
「ぐっ!  本当のこと……だと?」

 エリーズ嬢の言葉に殿下がダメージを受けてしまった様子。
 それなのにエリーズ嬢は止まるどころか更に続ける。

「いいですか?  ヴァンサン殿下は強がっているけど本当はとても弱くて繊細な方なんです!」
「んぐっ……」
「頑張って大きく見せようとしているけれど、結局、弱いままという無駄な努力をずっと続けているのです。それでも頑張っているの!」
「……ぐぬっ……無駄……」
「だから、弱いなんて本当のことを言われて犬扱いまでされてすごくすごく傷ついたに違いありません!  謝ってください!」
「エ、エリーズ……」

(す、すごいわ……!)

 エリーズ嬢がグサグサと貧弱王太子にとどめを刺している……!
 瀕死に陥った貧弱王太子が慌てて残りの力を振り絞ってエリーズ嬢を止めに入った。

「エ、エリーズ……はは、もう大丈夫だから、な?  これ以上は……もう、ははは」
「どうして止めるんですか?  ヴァンサン殿下は弱い犬だなんて言われたんですよ?」
「う……」

 エリーズ嬢は更なる攻撃を無意識に加えていく。

「弱いなどと本当のことを言われて悔しくないんですか?  大丈夫。心配いりません。いつだってヴァンサン殿下にはあたしがついてますから!」
「う、うぅ……」

 まだ、私たちは何もしていない……むしろこれからなのに貧弱王太子は、真実の愛を誓ったはずの相手に心をゴリゴリに削られていた。
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