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94. 愛が芽生えていた
しおりを挟む「な、なんてことだ……」
お兄様に脅されて崩れていく息子を見た侯爵がピクピク顔を引き攣らせた。
そして私の顔を見ながら言った。
「……まさか、これが破滅を呼ぶ娘と言われる所以…………くっ! いや、違う! そんなのは迷信だ!!」
そして、何やら勝手に自問自答を繰り返している。
そんな侯爵の顔は真っ青だった。
(破滅を呼ぶ娘──の効果は凄いわ!)
よく分からないうちに勝手に相手が怯えてくれている。
陛下も恐れるというどこかのフルールさんの存在に盛大に感謝した。
「ああ、そうだわ。辺境伯家の令嬢には私からお手紙を書こうかしら?」
「なっ……!?」
「ひぃっ、オリアンヌ!? 何を言っているんだ!」
侯爵、ペラペラ男の順番で悲鳴をあげる。
お姉様は二人を見てにっこり微笑んだ。
……目の奥は全く笑っていないけれど。
「だって、このこと知らない可能性が高いでしょう? 確か、辺境伯令嬢はこの間のパーティーには不参加だった気が……おそらく領地にいらっしゃるのよね?」
「……っ」
「ぐっ……」
お姉様のその言葉に侯爵とペラペラ男が絶句する。
なるほど、どんな方なのかあまり覚えがないと思ったら……辺境伯令嬢はあまり王都にいないらしい。
だから、ペラペラ男は節操なしの浮気三昧していたというわけね。
「あら? 二人ともどうしてそんなに驚くの? そうね……これが“オリアンヌ・セルペット”としての最後のお仕事になるかしらね」
オリアンヌお姉様はふふふと笑った。
最高に楽しそう。
「……オ、オリアンヌ……」
「きっと鍛え抜かれた精鋭と共に王都と領地にやって来てくださると思うわ! 楽しみね!」
「せ、精鋭……」
二人は頭の中で想像したのかさらに顔色が悪くなっていく。
「領地のピンチとこれから慰謝料の支払い……大変ですね、セルペット侯爵」
「……い、慰謝料」
顔を強ばらせる侯爵にお姉様は冷たい微笑みを浮かべて言う。
「お金目当てで私を連れ戻そうとしていた侯爵家に、今、どれだけお金があるかは知りませんけどね」
「……ぐ!」
「それに、そこの人、“婚約者へのプレゼントだ”とか大嘘ついて他の女性のためにお金じゃんじゃん使っていそうですけど」
「……う!」
侯爵親子がそれぞれ大きなダメージを受けている。
(ペラペラ男……貢いでいたのね……)
さすがペラペラ男。
やることが何もかもが薄っぺらい。
しかも。
これ、侯爵家、本当にお金に困っているんじゃ……
お金に敏感な私にはそう思えてならなかった。
「ここにいる私の可愛い可愛い義妹は、慰謝料請求がとっても得意ですからね」
「!」
「辺境伯令嬢が、そこの人から受け続けた長年の苦しみ分も上乗せされるので金額が楽しみです!」
侯爵の目がクワッと大きく開く。
すごい顔で私を睨んでくる。
「シャンボン伯爵令嬢! ───破滅を呼ぶというのは……こういうことだったのか!」
(フルール違いですけどね)
それでも、破滅を呼ぶ娘に全力で乗っかることにした私は、とりあえず否定せずにふふっと笑っておく。
「そう思いたいならご自由に。ですが、ここまでのことは自業自得……自滅ではありません?」
「自滅……だと!?」
私は怪しく微笑みながら頷く。
「そもそも、侯爵様は子供たちのこと全然見ていないではありませんか」
「なに……?」
「そこの長男の浮気三昧なんて、ちょっと調べればすぐに分かったはずですわよ」
「ぐぬっ」
侯爵はチラッとペラペラ男の顔を見ると悔しそうに唇を噛んだ。
「オリアンヌお姉様のこともそうです。最初は自分の地位のため……次はお金のため……お姉様はあなたのための道具なんかじゃありません」
カッとなった侯爵が私を鋭く睨んで怒鳴る。
「チッ! 黙れ! 何も知らない小娘が知ったようなことを言うな!」
「いいえ! お姉様のことを何も知らないのは父親だったあなたの方ですわ」
私は侯爵を睨みつける。
だって私は知っているもの。
あんなに美しいのに、お肉を求めてメイド服を奪って脱走するほどの逞しさを持ち、強くて優しくてかっこよくて、陛下にも凛とした態度で立ち向かって……
オリアンヌ様は私の憧れ全てが詰まったお姉様なのだから!
「……さっきから、義姉、義姉と……! そこの若造との結婚は認めないと言っただろう!」
「認めて下さらなくて結構ですわ! お姉様は自分の幸せは自分で掴み取って──」
(……ん?)
私はあれ? と思ってピタッと動きを止める。
「……フ、フルール? どうした?」
急に動きが止まった私をお兄様が心配そうに見ている。
「……」
そこの若造との結婚……と言ったわよね?
そこの若造……?
(今、この部屋にいる若い男性はお兄様とペラペラ男だけだわ……)
私はパチパチと目を瞬かせてお兄様をじっと見る。
お兄様は、今もオリアンヌお姉様のことをずっと抱きしめている。
てっきり、お姉様が飛び出すのを抑えているのだと思っていたけど……
よくよく見るとその抱きしめ方は、リシャール様が私を愛しそうに抱き寄せてくれる姿とよく似ている気がする。
(ま、まさか……!)
お、お兄様とお姉様の間には……あ、愛が、愛が芽生えていたの!?
いつから!? そんな話、聞いていないわ!
どうして私に黙って───……
(あ!)
そう思った所で、きっと二人は私をビックリさせようと思って敢えて黙っていたのだと気付く。
なるほど──お兄様、鋭すぎる妹でごめんなさい。
でも、安心して?
私は二人が話してくれる時まで知らないふりを続けてみせるわ!!
それに……
(オリアンヌお姉様ならお嫁さんに大歓迎よ!!)
それなら、なおのこと……
二人の仲を邪魔する侯爵にはさっさとお帰りいただかなくちゃ!
そう思った私はお兄様の目をじっと見つめる。
「フルール……?」
「……」
分かっていますわ、お兄様……
さっさとこの迷惑な親子にはお帰りいただいてお姉様とイチャイチャしたいのでしょう?
私も、さっき別れたばかりなのにリシャール様に会いたくてたまらないもの。
恋ってそういうものよね!
そんな優しい気持ちでお兄様の顔を見ていたら、お兄様もお兄様で何かに気付いたようでハッとする。
「フ、フルール! そ、その目……」
「目?」
「今のお前の目は何か悪戯を企んだり隠しごとをしたりしている時のワクワクの目をしている……」
「え?」
「メラール化した時とはまた違う……危険な目なんだ」
ワクワクの目? 危険?
よく分からないけれど、さすが私のお兄様。
何だかいきなり隠しごとを見抜かれている。
「……そしてお前がその目をする時は経験上、大惨事になるんだ!」
「え?」
「いつもの無邪気さに加えて、たまに発揮する謎の狡猾さが加わるんだよ!」
無邪気? 狡猾さ? よく意味が分からないわ。
「えっと……大惨事ってどんな?」
オリアンヌお姉様の質問にお兄様は表情を強ばらせる。
「この目をしたフルールと対峙した者は……ほぼほぼ再起不能に陥る……」
「まあ! では……」
「ああ、今回ばかりはやってくれと送り出すべきだろうか……」
お兄様とお姉様が顔を見合せて頷き合う。
どうやら二人の中では何かが通じ合ったらしい。
(再起不能……?)
これまでの記憶を辿っても誰かを再起不能にした覚えは全くないので、きっとお兄様の考え過ぎよね!
なんて思いながら私は再び侯爵に向き合った。
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