110 / 356
110. 未来の公爵夫人として
しおりを挟む「……こんなことなら、王家への慰謝料請求の金額はもう少し残しておくべきでしたわ」
「自業自得とはいえ、王子王女ともに潰れた……いや、潰したのはこっちなのだから、僕にそういう話が来るのも仕方がないかなと最初は思ったけど」
「……」
「厄介なことを厄介な時に……」
謁見を終え、私たちは先ほどの陛下の頼みごとの件を手を繋いで話しながら部屋に戻っている。
「それにしても真実の愛による婚約破棄ブーム……そんな話、知りませんでしたわ」
「僕もだよ……」
リシャール様もやれやれと肩を竦める。
真実の愛は浮気としか思えない私たちにとっては呆れるしかない話。
「エリーズ嬢について情報収集した時には、そのような話は浮上しませんでした」
「水面下では広がりつつあったのかもしれないね」
「あとは、外に漏れないよう国が抑えていたとか……でしょうか?」
「それもあるかな」
婚約破棄が流行ってます! なんて外聞が悪すぎる。
隠していたとしても不思議はない。
リシャール様もうーんと首を捻っていた。
よくよく聞くと、やっぱりオリアンヌお姉様が貧弱しなしな王太子に婚約破棄されたというパーティーが始まりだったらしい。
その時のパーティーで親に決められた政略結婚ではなく、自由に相手を決めてもいいのだ、と気付いてしまったのだとか……
(あの、元王太子……ろくなことしないわね)
「我が国でも王女殿下が同じことをやらかしたけど、フルールがすぐに動いて真実の愛の薄っぺらさをこれでもかと広めてくれたから、全くブームにはならなかったけど」
「あちらの国は、やらかした王子が令嬢を連れてそのまま帰国してしまったから……真実の愛の薄っぺらさが伝わらなかったということですわね?」
だからこそ余計にロマンチックな想像を掻き立ててしまったのかも。
響きだけは無駄にかっこいいものね、真実の愛。
リシャール様もふぅ、と息を吐く。
「それに、婚約破棄は令嬢側から言い出しているのが圧倒的に多いというのも……また怖いというかなんと言うか……」
こんなブームが我が国には来ないことを願うばかりよ。
「隣国は我が国よりも自由恋愛が少ないと聞きますから、余計に火がついてしまったのかもしれませんわ」
「ああ……」
私たちは互いの顔を見つめるとまた深いため息を吐く。
「───私たちはいったいいつまで“真実の愛”に振り回されるのかしら……」
「……」
私の言葉を聞いて、黙り込んだリシャール様がピタッと足を止める。
「リシャール様?」
「フルール」
私の名前を甘く囁くように呼んだと思ったら、そのまま抱き寄せられた。
「どうしましたの?」
「いや、好きな人と今こうしていられる僕は幸せなんだな、と思って」
「その前に、“真実の愛”と“婚約破棄”に巻き込まれてしまっていましたけどね?」
私はともかく、リシャール様やオリアンヌお姉様は政略結婚からの真実の愛による婚約破棄だもの。
「はは……確かに」
私が苦笑しながらそう言うと、リシャール様も苦笑いした。
「とりあえず、私たちが隣国の王子様……えっと、王太子殿下? のお世話をすることはもう免れないようですし……」
「うん……」
「せっかくですし……向こうの殿下が昨今のブームをどう捉えているのかくらいは聞いてみたいところですわね!」
「え?」
私がそう口にすると、リシャール様が驚く。
「どう捉えている……?」
「もちろん、慰謝料請求をきっちり出来る体制を整える気があるのか無いのか……ですわ!」
「しかも、そっち!?」
リシャール様が驚きの声を上げた。
「当然ですわ。だって、お金はの請求はとってもとっても大事なことですもの!」
私はリシャール様の腕の中で胸を張ってそう答えた。
「───ええっ!? 真実の愛が流行って婚約破棄がブームになっているの!?」
「そうらしいのです」
邸に戻った私は早速オリアンヌお姉様にその話をした。
隣国といえばお姉様の方が絶対に詳しい。
「なんだそれ、とんでもないブームが起きてるじゃないか……!」
隣でお兄様も頭を抱える。
「皆様、何やら新しい世界に目覚めちゃったそうなのです」
「いやいやいや……そういう問題か!? 軽々しく婚約破棄しちゃダメだろう!?」
「フルール様、そんな大変な時に王太子殿下は我が国にやって来ると言うの?」
オリアンヌお姉様は不思議そうに訊ねてくる。
「確かに。前から決まっていた話だとしても国内がそんなことになっている時に……とは思うな」
「我が国も後継者問題で揺れているわけですし」
(言われてみれば……)
確かに二人の言う通りだと思った。
しかも、今回の話は向こうが強く望んでいると陛下は言っていたわ。
そんなゴタゴタの最中にわざわざやって来るのは───
「ま、まさか──げっそり王子に慰謝料を求めに!?」
「フルール!?」
「だって婚約破棄ブームを巻き起こすことになったきっかけは、げっそり王子ですもの! 恨んでいてもおかしくないですわ!」
二人の真実の愛がボロボロに崩れたことはもう耳に入っているはずよ。
それでも訪問を決めたなら何かしらの目的があるはず。
「ねえ、お兄様! げっそり王子を人質に差し出せば……向こうの殿下は許してくれるかしら?」
「フルール!?」
「煮るなり焼くなり好きにしてくださいって。ふてぶてしいから美味しくないとは思うけれど……」
「フルール! お、お前はあどけない顔でなんという提案をするんだっ!」
名案だと思ったのに……
さすがに元王太子は売れないらしい。
「あ! そういえば、お姉様。あちらの王太子殿下に婚約者はいらっしゃるのですか?」
「ええ。典型的だけど公爵家のご令嬢の婚約者がね。彼女の家の後ろ盾があるから王太子として立太子出来た……なんて話も」
これはまた政略結婚で多そうな組み合わせ──……
そこで私はハッとした。
「では! ま、まさか、殿下の方が浮気されて婚約破棄を突きつけられていて、それで我が国に助けを求めに……」
「フルーーーール!」
ガシッと肩を掴まれいつものようにお兄様に止められる。
「お兄様……?」
「よくも次から次へと……放っておくとお前の妄想はとんでもない方向に走り続けるからな……」
「そんなことありませんわ! あと、想像です」
お兄様は苦笑した後、やれやれと呆れた顔すると、軽く私の頭を小突く。
「とにかくフルールは、リシャール様としっかり殿下をもてなすことを考えるんだ」
「お兄様……」
「これも、未来の公爵夫人の仕事だ」
「……公爵夫人の、仕事、ですか?」
この先の私が生きていく道……
リシャール様の妻となる私の仕事……
「そうだ!(多分!)」
「!」
そうよね。
真実の愛と婚約破棄ブームの話のインパクトが強すぎてすっかり踊らされてしまったけれど、そもそも陛下に頼まれたことは王太子殿下のおもてなし!
我が国の人たちは王女と王子の壊れた真実の愛を連続で目の当たりにしているから、ブームが起こることは考えにくいし……気にしすぎていたかも!
「分かりましたわ、お兄様! 未来の公爵夫人としてのお勤めを頑張ります!」
「よかった。分かってくれたか」
お兄様は満足そうに頷いた。
そうして、隣国で巻き起こっている真実の愛の流行りとやらと婚約破棄ブーム。
色々と気にはなるものの王太子殿下の訪問と直接は関係がないと思おうとした。
けれど───……
395
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる