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111. 突然の報せ
しおりを挟むそうして私たちは、隣国の王太子殿下を出迎えることになったのだけど……
到着予定日の前日……そのお知らせは突然だった。
準備をほぼ終えて最終確認を行っていたはずのリシャール様が突然呼び出されて戻って来た時、表情が強ばっていたので何かある……そう思った。
「え? 急遽、王太子殿下の婚約者も同行することになった、ですか?」
「そうなんだ」
連日、王太子殿下の出迎えの準備や確認に追われていたリシャール様。
疲れが溜まっているせいで顔はかなり疲れ切っている。
ようやく準備は終わり──のはずだったのに。
なんと、王太子殿下のみと聞いていた訪問予定に殿下の婚約者が一緒に来ることになったのだという。
「えっと、到着は明日なのですよね?」
「……そうだよ。しかし、向こうは数日前──出発前に連絡したと言うんだよ。でも、こっちは誰もその話を聞いていないんだ」
リシャール様がため息を吐く。
「いったいどこで連絡が行き違ったんだろう……はぁ」
疲れから来る苛立ちも重なってか眉間に皺を寄せるリシャール様はとても厳しい表情だった。
「リシャール様」
「フルール?」
リシャール様が顔を上げる。
私はそんなリシャール様の眉間に向かって指を押し付ける。
「そんな難しい顔をしていては、美しい顔が台無しですわ」
「え?」
「リシャール様にそんな顔をされては、国家の大損失なんですのよ」
「国家……? 損失?」
それまで険しい表情をしていたリシャール様がどこか気の抜けたようなポカンとした顔で私を見る。
目が合ったので私はにっこり微笑んだ。
「どこで連絡ミスが起きたのかを確認するのはもちろん必要なことですが、とりあえず今は明日の到着前に発覚して良かったね、と思うことにしませんか?」
「……え?」
そう言って私は笑顔のままパンッと手を叩く。
「大丈夫ですわ。まだ、時間はありますし、なんの問題もありませんわよ」
「フルール……」
私はもう一度にっこり微笑む。
「と、いうことなので追加の準備をしませんと! 到着後の視察の予定に変更はありますの?」
「え? あ、いや……そっちは予定通りで変更はない」
リシャール様が反射的に答える。
よかった。
それなら追加の準備は王宮内のことに限られる。
「承知しましたわ! では、私はこれからメイド頭の元に行って婚約者様が滞在する部屋の用意について話をつけてまいりますわね」
「え?」
「リシャール様はそのまま王太子殿下のお迎え準備の確認の続きをお願いしますわ!」
「え、あ、うん?」
私はリシャール様が頷いたのを確認し、よし! と気合いを入れる。
「それでは───行って来ます!」
「あ、待っ……フルー……」
私はそのまま勢いよく走り出した。
(メイド長さんは気難しい方らしく、予定外の話をするとガミガミ怒られるという話だけど──……)
緊急事態だもの。
ここは強引に押し通すしかないわよね!
とにかく急がなくちゃ!
そんなことを考えながら私は淑女を捨てて廊下を走った。
「───はい? 来賓の数が増えた?」
「はい。王太子殿下の婚約者の令嬢が同行していることが、先ほど判明しました」
「……先ほど?」
メイド長の元に行き、ことの次第を説明すると思いっきり顔をしかめられた。
「急にそんなことを言われても。もう前日ですよ? 隣国の王太子殿下の婚約者令嬢ということはお付きの者もいますよね? いったい今から何人分の部屋を用意しろと!」
「連絡に行き違いがあったそうです」
「なんてこと……」
メイド長はこめかみを痛そうに押さえる。
「空いている部屋はたくさんありますよね?」
「もちろんです。ですが、空いていても掃除や準備が行き届いておりません! しかし、メイドたちは皆それぞれの仕事に入っていますし、メイド以外にも他に動ける者はおりません」
「え? 今、動ける者ならいますわ!」
私がそう口にするとメイド長が、えっ? という顔になった。
「ほら、ここにいます!」
「はい?」
私はにっこり微笑むと、自分とメイド長を交互に指さす。
「えっと……? それって私と……あなた?」
「任せて下さい! 私、体力には自信がありますの! ですからバンバン指示をくださいませ!」
「…………え、ええ?」
メイド長の顔が盛大に引き攣った。
────
「───と、いうわけでメイド長さんにお願いして時間を貰って一緒にやりましたので部屋の準備はばっちりですわ!!」
「え? 一緒に?」
「思っていたよりも早く終わったので、ついでに料理長にも会ってきましたわ。食材に関しては元々多めに発注してあるので明日の分に問題は無いそうです!」
「えっと……フ、フルール?」
私の報告を聞いたリシャール様が目を瞬かせる。
「リシャール様、どうしました?」
「フルールさ……口はよく動くけど体は動かないで有名な、あのメイド長に仕事をさせたの?」
リシャール様の声が震えている。
私は果て? と首を傾げた。
「動かないで有名? メイド長さんは終始、険しい表情でしたが、とても素早く動かれていましたけど?」
「……」
何故かリシャール様が私の顔を見ながらポカンと口を開けて固まる。
「おかげでとても早く準備が終わりましたわ。さすがベテランメイドですわね!」
「フ、フルール……」
石化が解けたリシャール様がギュッと私を抱きしめる。
「どうしました?」
「いや、うん……改めてフルールってとにかくすごいんだなって……あー、ダメだ。いい言葉が見つからない!」
「すごい? なんのことです?」
「……」
聞き返してみたけれど、答えの代わりに更にギュッと抱きしめられただけだった。
「……フルール、ありがとう」
「なんのお礼ですか?」
「毎日、走り回って準備をたくさん手伝ってくれたじゃないか」
そこまで言ったリシャール様が私の両頬に手を添えるとじっと見つめる。
その近さに胸がドキドキした。
(近っ……! 国宝級の美しい顔が近い!)
「嫌な顔も疲れた顔も一切見せずに、とにかく毎日元気いっばいでさ」
「ふふふ、当然ですわ! 嫌なこともありませんでしたし、疲れることも特に無かったんですもの」
これくらいなら体力自慢の私にはなんてことないわ。
それに、未来の公爵夫人はこれくらいでへこたれるわけにはいかないのよ。
「……フルール」
「!」
リシャール様が甘いのに何故かゾクゾクする声で私の名前を呼んだと思ったら、そのままチュッと唇にキスをされた。
でも、せっかくのその幸せな温もりはすぐに離れてしまう。
(……寂しいわ)
「リシャール様……」
私はキュッとリシャール様の服の袖を掴む。
「うん?」
「……もっと」
頬を赤く染めながらそんな気持ちを伝えるとリシャール様の身体がビクッと跳ねた。
「フ……フルール?」
「もっと……してください」
「…………っっ!!」
リシャール様が私の顎に手をかけて上を向かせると同時に再び、チュッとキスをする。
私の胸に幸せが広がっていく。
「……んっ」
いつもは優しいキスの多いリシャール様だけれど、この時はいつもより少し荒々しいキスも沢山してくれた。
─────
そして、翌日。
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