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125. 長い長い夜
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その日の夜、当然のように私の部屋にやって来たリシャール様に、本日のイヴェット様の様子を伝えた。
「───それで、今日はずっと謝罪して回っていたんだ?」
「そうですわ」
「では、オリアンヌ嬢と会うのは明日?」
あの後、急いで手紙を送ったところ、少し前に返事が届いた。
「はい! なんと明日、お兄様と一緒に王宮に来てくれるそうです!」
「アンベール殿も?」
「私がきちんとお役目を果たせているか、心配で心配で仕方なかったそうですわ」
お兄様からの手紙に書かれていた返信通りの内容を伝えたら、リシャール様が笑った。
「フルールは、お役目以上の役目を果たしていると僕は思うよ?」
「……どういう意味ですか?」
聞き直したけれど、リシャール様は笑って私の頭を撫でるだけだった。
それから話は、イヴェット様の謝罪の話になる。
「なるほど……事前連絡が遅かったのは、こちらの聞き漏れとかすれ違っていたわけじゃなく……」
「……連絡なんて少し遅れても平気でしょ? ……などと言っていたようです」
「そんな傲慢な考えだった令嬢が……」
リシャール様はそこで言葉を切ると、じっと私を見つめて来た。
「どうしました?」
「……いや、フルールに一度でも関わった人は──フルールを味方にすると、ものすごい幸運に恵まれて、敵に回すと破滅でもする運命なのかな……と思ってさ」
「運命? ふふふ、リシャール様ったら大袈裟ですわ!」
私が笑い飛ばすとリシャール様はうーんと首を捻った。
「でもさ、実際そうだと思わない?」
「え……?」
そう言われて私は、ごく最近……あの“真実の愛”を見つけた二人の婚約破棄劇の後から関わった人たちのことを思い出してみる───
たくさん揉めた挙句、私に慰謝料を払ったら瀕死状態になってしまい、今も社交界の片隅でどうにか小さくなってひっそり生きているベルトラン様を始めとした人たち……
私と揉めたり怒らせた人たちは確かにそれなりの末路を迎えたとも言える。
なので、そう言われてみればそう取れなくもないけれど……
たまたまよね!
私はそう結論づけた。
「いえ! ───偶然って凄いですわね!!」
「フルール……」
「なんであれ、私は新しいお友達が増えて嬉しい限りですわ!」
「……フルールらしい答えだね」
満面の笑みでそう口にしたら、リシャール様は優しく笑い返してくれた。
「…………ところでさ、フルール」
「はい?」
コホッと軽く咳払いしたリシャール様が不思議そうな表情を浮かべている。
「どうしました?」
「実は、話しながらずっと気になっていたんだけど……」
「……?」
リシャール様の視線が私の手元に向かう。
「今、フルールが手にしているのは…………飲み物?」
「あ!」
そう指摘されて、まだ説明していなかったことを思い出した。
「飲み物です。こちらは本日、イヴェット様に付き添って謝罪廻りをした時にイヴェット様付きの侍女から頂いたものですわ」
「侍女たちから?」
私はグラスに自分とリシャール様の分の飲み物を注ぐ。
「なんと! イヴェット様はご自分の侍女にもこれまでの行いを反省していると謝罪しましたの」
「へぇ、侍女にも?」
私は頷く。
侍女は皆目を丸くして固まっていたわ。
相当驚いたのだと思う。
「それで、先ほどリシャール様が訪ねてくる前に侍女の皆さんが私の部屋に来て、お礼ですと言ってこちらを置いていかれましたの」
「お礼?」
不思議そうな様子のリシャール様に説明する。
「──あのお嬢様が謝るなんて! まさか、こんな日が来るとは。夢のようです、信じられません! などなど。イヴェット様から謝罪の言葉が聞けたのは私のおかげなんですって」
「……なるほど」
私は“悪いところ”を指摘しただけですよ?
そう言ったのに、お礼に貰って欲しいと譲らなかった。
「こちらはいつも、イヴェット様が迷惑かけた人に謝罪のために配るギェルマン公爵領の名産品なんですって!」
「謝罪のために配るって……つまり迷惑かけることを前提に、事前に用意して持って来ていたのか……用意周到すぎるだろ」
リシャール様が苦笑する。
「リシャール様とぜひ、夜にでも飲んでくださいと言っていたので、それなら今夜一緒に……と思いましたの」
そう言いながら私は、ジュースを注いだグラスを手に取りゴクリと飲んだ。
「……甘くて美味しいですわ! どんどん飲めちゃいますわね」
「へえ……甘くて美味し…………ん? 隣国のギェルマン公爵領の名産……?」
同じようにグラスを手にして飲もうと思っていたリシャール様の手が止まる。
(美味しい~! 毒味係の人が美味しいですよ! って言っていた通りだわ~)
想像していたよりも甘くて飲みやすくて味も美味しかったこともあり、リシャール様が訪ねてくるというドキドキもあって喉が渇いていた私は勢いよく飲んでいく。
(だけど、一気に何杯も飲みすぎちゃったかしら? 何だか身体がポカポカしてくる──……)
「待てよ? あそこの名産って確か────はっ! フルール!! それは……その飲み物はジュースではない! アルコールだ!!」
「アルコー……ル……?」
「飲むのは待っ……」
(ん~~?)
頭の中がフワフワして来てリシャール様の言っていることが上手く頭に入って来ない。
「……うっ! お、遅かった……か」
「遅かっ……た?」
「アンベール殿に、フルールとアルコールには気をつけろ、混ぜるな危険……手に負えない。と、あれだけ言われていたのに……!」
「アンベール……お兄様?」
リシャール様が頭を抱えながら私に訊ねる。
「……フルール、いったいこの隙に何杯飲んだんだ?」
「ん~……」
いっぱい!
そんな意味を込めて、にこっと笑った。
「…………うん、その笑顔はとっても可愛いんだが……フルール、聞こえている?」
「……」
もちろん!
そんな意味を込めて、再びにこっと笑った。
「…………だから、可愛い! その笑顔はめちゃくちゃ可愛いんだが……!」
リシャール様が何やら恥ずかしそうに困っていたので私は手を伸ばしてヨシヨシと頭を撫でる。
「フルール!?」
「……」
パッと顔を上げたリシャール様にもう一度にこっと笑った。
「フルール……本当に君は! そうやって無邪気に笑顔を───」
「────リシャール様……身体が熱いです」
「ん?」
何かを言いかけていたリシャール様がピタッと止まる。
「熱い?」
「はい。なので、脱いでもいいですか?」
「ぬ……ぐ?」
「はい!」
私は笑顔で頷いたあと、着ていたガウンを脱ぎ捨てると中の寝間着にも手をかける。
「フルーーーール! そ、それは、ま、待ってくれーーーー」
「え?」
リシャール様が私の脱ぎ捨てたガウンを拾うと慌てて羽織らせる。
「た、頼むからこれを着ていてくれ! 僕が……僕がもたない!!」
「でも、身体が熱いのです……」
「うん、熱い。熱いのは分かっている、分かっているんだけど!」
「ん~……じゃあ、脱ぎますわ」
私はにこっと笑ってもう一度ガウンを脱ぐ。
「待っ……フルー……! くっ、酔ってる……絶対酔ってる!」
「え? 私は酔ってなんかいませんよ~?」
「───酔っ払いは皆、そう言うんだ!!」
───その後も酔っ払いフルールと化した私とリシャール様の激しい攻防は続く。
後のリシャール様曰く、長い長ーーい夜だった……とか。
そして、翌日の私はとても酷い二日酔いでお兄様とオリアンヌお姉様を出迎えることになった。
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