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126. 記憶にございません
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一夜明け、本日は約束通りオリアンヌお姉様とお兄様が王宮にやって来た。
私の部屋で二人を出迎えたのだけど───
(うぅ……頭がガンガンするわー……)
「───なるほど。そうやって美味しいジュースだと思ってグビグビ酒を飲んだ……と」
「……とても甘くて美味しかったんですもの」
「そういう酒もあるぞと前に忠告したはずだが」
「……」
「フルール」
私はにこっと笑って誤魔化そうとしたけれど、そこはさすが私のお兄様。
誤魔化されてはくれない。
お兄様は大きなため息を吐いて頭に手を当てながら聞いてくる。
「お前はそんなに酒を飲んで、たった一晩の間にリシャール様に何をしたんだ?」
「えっと、記憶にございませんわ」
お兄様はビシッと後ろを指をさす。
そこにはぐったりしたリシャール様が私のベッドに横たわっている。
殿下の粋な計らいで、イヴェット様がオリアンヌお姉様と会うことになっている午前中は、殿下のそばでなくこっちに居てくれて構わないと言ってくれたから。
なので、リシャール様はイヴェット様の準備が出来るまでは横になりたいと言って今、休んでいるところ。
「よく見ろ! フルールの大好きなリシャール様が廃人みたいになってるぞ!」
「ええ。これは国家の大損害ですわ……!」
「リシャール様は国宝なんだろう……!? なんてことをしたんだ、フルール……」
「でも、記憶にございませんの」
昨夜の私には、イヴェット様の侍女から貰ったジュースという名のお酒を飲んだあとの記憶がなく……
朝、ハッと目覚めたらベッドに眠っていてその横には、既に死んだ魚のような目をしたリシャール様が横たわっていた。
「そして、お兄様! 先ほどから私も頭がガンガンしますわ!!」
「それは自業自得だーー!」
お兄様がそう叫んだ時、そこまでずっと静かに私とお兄様のやり取りを見守ってくれていたオリアンヌお姉様がクスクス笑う。
「お姉様?」
「オリアンヌ?」
「ふふ、相変わらず仲良しね! ほんの数日、フルール様は屋敷にいなかっただけなのにすでに懐かしく感じてしまうわ」
そう言ってお兄様の横に並ぶと、お兄様に向かって言った。
「ほら、アンベールも興奮しないで? ね、まずは落ち着いて座りましょう?」
「う、すまない」
オリアンヌお姉様に宥められてお兄様はソファへと移動する。
(た、助かったわ……)
さすがお姉様!
お兄様は、私の部屋に入って横たわったリシャール様を発見してそのまま詰め寄ってきたので、ずっと私たちは立ったまま話をしていた。
(ようやく座れる……!)
私もソファに移動した。
「フルール様ってそんなにアルコールに弱いの?」
私たちが腰を落ち着けると最初にオリアンヌお姉様が不思議そうに訊ねてきた。
「てっきりご飯と同じでいくら摂取してもケロッとした顔をしているかと思ったわ」
「……いや」
お兄様が深刻な顔で否定する。
そしてそのまま語りだした。
「フルールが成人した時、皆でお祝いで酒を飲んだんだ」
「……よくある話ね?」
「ああ」
お兄様はとても深く頷く。
「初めてのお酒を一杯ほど飲んだフルールはすぐに上機嫌になり、まずは俺の顔を見て笑いだした」
「……」
「お兄様がお兄様ですわーーーー! という意味不明な理由で笑われたのは、俺の人生において後にも先にもこの時だけだ……」
「……」
オリアンヌお姉様がチラッと私の顔を見る。
目が合った私はにこっと笑った。
(記憶にございませんわ!)
「これは危険と判断した両親が慌てて止めに入ったが、既に上機嫌になったハイテンションで陽気なフルールを止められるはずもなく……」
(全く覚えがありませんわ!)
「お酒ってこんなにも美味しい飲み物でしたのねーー! 大人はずるいですわーーと、嬉しそうに手に取って豪快に全て飲み干したフルールは……」
「フルール……様は?」
ゴクリと唾を飲み込んだオリアンヌお姉様がおそるおそる訊ねる。
「身体が熱いですわーー冷ましてきます! と言って部屋を飛び出し何故か屋敷内を駆け回り始め……使用人たちも交えての盛大な追いかけっこが始まった…………」
「……! や、野生!!」
小さく息を呑んだオリアンヌお姉様がそう叫んだ。
「…………それが、第一回、シャンボン伯爵家によるフルール追いかけっこ祭りだ」
(そんな楽しそうなお祭り……記憶にございません!)
そして微妙に“第一回”が気になって仕方がない。
全く記憶にはないけれど、これ少なくとも第二回は開催されたのでは───?
「と、とても楽しそうなお祭りね? それで勝敗は……?」
「……」
お兄様がフッと笑う。
「俺がフルールに追いついた時は……」
「……」
部屋の中に緊張が走った。
一体、勝者は誰だったのか?
そんな空気が部屋の中に流れる。
ちなみにリシャール様、廃人のように横たわってはいるけれど、きちんと意識もあり、ずっと私たちの話に耳を傾け聞いてはいるのでハラハラした顔でこっちを見ている。
視線が痛いわ。
「フルールを追いかけて力尽き倒れたらしき使用人たちの屍の山……の傍らにいた、まだまだ元気いっぱいなフルールは……」
どうやら、私は最後まで元気いっぱいだったらしい。
「にこにこしながら、大丈夫ですか~? と皆の頬をペチペチして叩き起こそうとしていた……」
一瞬で部屋があっ……という空気になる。
「その後、フルールはようやく力尽きて爆睡。目覚めたら何も覚えておらず、きょとんとしていた。以上だ!」
「そ、それはフルール様らしい……わね?」
「俺はあの時のフルールの無邪気な笑顔が忘れられない……そして誓った。外で絶対に酒は飲ませられん……と」
なるほど。
外のパーティーでアルコールに対してキツく言われていたのはそのせい……
お兄様がいつも目を光らせていた理由がようやく分かった。
(パーティー会場を追いかけっこパーティーにするわけにはいかないものねぇ……)
「だからこそ、リシャール様が野生化した酔っ払いフルールを昨晩一人で相手にしていたのかと思うと……俺は……俺は……」
「うっ…………アンベール、殿…………ありがとう」
リシャール様がベッドから感謝の言葉をお兄様に述べている。
「アンベール……しっかり!」
オリアンヌお姉様がお兄様の手を握って励ます。
よく分からないけど、皆の絆がより深まったことは理解した。
そんな過去に開催されたらしいシャンボン伯爵家のフルール追いかけっこ祭りの話は一旦、置いておくとして……
(第二回開催があったのかは気になるけれど……それより今は)
「オリアンヌお姉様とイヴェット様は留学中は頻繁に交流があったのですか?」
そう。
今、気にすべきはイヴェット様がお姉様に会いたがっている件。
「もちろん、私の立場的にも彼女との交流は必須だったので、顔を会わせることは何度もあったけれど……」
「けれど?」
「実はいつも無言で睨まれていて、あまり口を聞いてくれなくて」
オリアンヌお姉様は困ったように笑う。
「あー……」
そうなるとイヴェット様がオリアンヌお姉様に会いたい理由は……
(まあ、顔を合わせれば分かるわよね!)
先に深くごちゃごちゃ考えることはやめておくことにした。
そうして、オリアンヌお姉様とイヴェット様は久しぶりの対面の時を迎えた。
「───ご無沙汰しております」
「こちらこそ」
まずは無難な挨拶から始まった。
「……帰国されてからも色々あったと聞きました」
「ええ。ですが、今はとても幸せなので」
「…………それは、良かった」
お姉様が今は幸せ……そう微笑んで答えると、イヴェット様もホッとしたように柔らかく微笑んだ。
「…………!?」
そんなイヴェット様の様子を見たお姉様が激しく動揺する。
そして慌てて私の方に顔を向けた。
(───誰これ! ねえ、誰なのこれ! 本当に本物のイヴェット様!? 成りすましではないの!?)
お姉様のこちらを見る目がそう言っているように聞こえて思わず苦笑した。
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