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127. 我儘令嬢の謝罪
しおりを挟む「……ごめんなさい」
イヴェット様はオリアンヌお姉様に向かって唐突に頭を下げた。
オリアンヌお姉様は謝罪される覚えがなかったようでその光景に慌て出す。
「え? え? こ、これは、な、なんの謝罪ですか!?」
「……」
イヴェット様は頭を下げたままで直ぐには答えなかった。
「か、顔を上げてください! イ、イヴェット……様?」
「……」
お姉様のイヴェット様の名前を呼ぶ声が若干疑問形なのは、まだ目の前のイヴェット様が本物に思えず半信半疑だからね、きっと。
「……わたくしは」
お姉様のその声に促されてイヴェット様は静かに顔を上げる。
「ずっと貴女のことが羨ましいと思っていたの」
「え? 羨ましい?」
ボツボツと語り出すイヴェット様。
「オリアンヌ様は婚約者である殿下に付き添って留学されて来たでしょう?」
「え、ええ……」
「婚約者に付き合って一緒に留学して来るなんて、なんて仲が良い関係者なのかしらって」
イヴェット様のその言葉にオリアンヌお姉様は複雑に笑った。
殿下との婚約は、押し付けられた仕事でありお役目と受け止めていたから複雑なのだと思う。
「……同じ王族……しかも王太子との婚約なのに。わたくしとアンセルム殿下との関係とは全然違う。そう思って……それで……わたくし……」
イヴェット様が唇をギリッと噛みながら悔しそうな表情になる。
「なるほど! “婚約者の王子様”と仲良くなる秘訣みたいなのがあれば知りたかったけれど、恥ずかしくて聞けずにいつも睨みつけちゃっていたということですわね!?」
私は、笑顔でポンッと手を叩きながらそう口にする。
「……っっ!」
「え?」
息を呑んだイヴェット様と眉をひそめて怪訝そうな表情を浮かべるオリアンヌお姉様。
ぶわぁぁぁとイヴェット様の顔が赤くなっていく。
改めて、イヴェット様によるつっけんどんな態度による誤解の広がり方の凄さを実感させられた。
「恥ずかしくて? え? あの無言の睨みは……て、照れ?」
オリアンヌお姉様が目をまん丸にして驚いている。
「イヴェット様は極度の恥ずかしがり屋さんなんですよ、お姉様」
「恥ずかしがり屋……?」
お姉様の顔は正直なので、そんなレベルじゃなかったわよ? と言っている。
「な……なんて、生きづらい性格なのかしら」
そしてそんな同情心まで見せていた。
さすが私のお姉様は懐が深いわ。
「じ、自分が悪いとはいえ、わたくしと殿下の関係は悪化するばかり……羨ましくて悔しくて……だから」
「だから?」
お姉様が聞き直すとイヴェット様は悲しそうに目を伏せた。
「あの男爵令嬢が現れて、オリアンヌ様たちの仲がギクシャクした時……喜んでしまったわ」
「……喜ぶ」
お姉様は複雑そうな表情で呟いた。
「ですから、貴女がパーティーで婚約破棄宣言されていた時も…………それにあのパーティーはわたくしの誕生日を祝うパーティーでした……から」
「あ! そういえば! あのパーティーはイヴェット様の……」
イヴェット様の言葉で思い出したらしいお姉様か気まずそうな表情になる。
(え!)
あの貧弱……いえ、げっそり王子は人様の、しかも王太子の婚約者令嬢の誕生日パーティーで婚約破棄宣言していたの!?
何かのパーティーとしか聞いていなかったので驚いた。
まさかこんな所に被害者が……
「フルールさんに出会ってから、これまでの自分がしてきたことを思い直すようになって……それでこの国にいるうちにどうしてもオリアンヌ様にも一言謝りたい……そう思ったの」
「なぜ、睨まれるのかと不思議だったけれど……」
オリアンヌお姉様はふふっと笑いながら、イヴェット様の目を見て言う。
「……あんな殿下と仲良くなる秘訣を聞かれても答えようがなかったから、睨まれていて良かったと思うわ!」
「!」
お姉様のその発言にイヴェット様が面食らう。
「それに誰かと仲良くなる秘訣を聞くなら、私ではなくて───」
そこで言葉を切ったお姉様と私の目が合う。
お姉様は美しく微笑んだ。
(……?)
「私の可愛い義妹になるフルール様以上に最強な人はいないと思うわ!」
「……!」
(ん? 私……?)
「それは───確かに……ふっ」
「でしょう?」
オリアンヌお姉様とイヴェット様が顔を見合せてクスクスと笑う。
「───フルールはやっぱり凄いね」
「リシャール様?」
廃人から無事に国宝に復活したリシャール様が私の横で呟くように言う。
「フルールを中心にして、すごい強固な交友関係がどんどん築かれていく……」
「ああ……リシャール様もそう思いますか? どうしてなんですかね?」
お兄様が、ははは……と笑いながら応えた。
それを聞いた私はふふふ、と笑う。
「そんなの決まっていますわ」
「え、決まっている? フルール?」
不思議そうな顔をするお兄様に私はきっぱり宣言する。
「私が最強令嬢を目指しているからですわ!! 最強の元には最強のメンバーが集うものですから!」
私が胸を張ってそう言ったらお兄様が、じとっとした目で私を見る。
「どうしました? お兄様」
「……フルール。最近、愛読書を変えただろう?」
お兄様のその発言に私はギクッと肩を震わせる。
「少し前までの愛読書は男女の愛憎渦巻くドロドロした恋愛劇ばかりだったが……」
「……」
「今は世界を救う鍛え抜かれた勇者たちの冒険物だな!」
「!」
(な、なぜ……!)
やっぱりお兄様は侮れないわ!
そう。
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ニコレット様の元で鍛えていた時に、護衛たちの中で人気で話題の熱い本とやらがあって、ちょっと興味を持って取り寄せてみたら面白かったんだもの。
そして、困ったことにこの熱い熱い男たちの物語はまだ完結していない──なので。
「ちなみに、花嫁道具として持参予定ですわ!」
ブフォッとリシャール様とお兄様が仲良く吹き出した。
「そんな花嫁道具を持参する花嫁は聞いたことないぞ!」
「大丈夫ですわ! ないと言うのなら、私が前例を作ります!」
───フルール!!
真っ赤になって私の名を叫ぶお兄様と笑い転げるリシャール様。
オリアンヌお姉様とイヴェット様がそんな二人を不思議そうな顔で見ていた。
「───色々と丸く収まりそうで良かったです!」
「そうだね」
イヴェット様の望んだ面会は無事に終わり、お兄様とオリアンヌお姉様は邸へと帰っていき、イヴェット様も自分の部屋に戻られた。
私もリシャール様と手を繋いで廊下を歩きながら自分の部屋へと戻る。
リシャール様は私を部屋へと送り届けた後は、殿下の元に向かうことになっている。
(イヴェット様とオリアンヌお姉様も、これから新たな関係を築けそうな雰囲気だったわ)
あとは、王太子殿下とイヴェット様の婚約破棄問題よね!
二人の滞在期間も残りあと少し。
でも、あとは二人の問題だし、私が出来ることはもう無いわね。
無事に残りの滞在期間を過ごしてもらって帰国してもらうだけ。
そう思った。
でも……
「───失礼します。モンタニエ公爵、及びシャンボン伯爵令嬢。アンセルム殿下がお二人をお呼びです。今、お時間よろしいですか?」
後ろからそう声をかけられた。
「え? 私も、ですか?」
「はい」
何故か私まで王太子殿下から呼び出されている。
「フルールも?」
「はい。令嬢も一緒にお願いしたい、との仰せで……」
リシャール様も不思議そう。
なんで私まで? そう思ったけれど考えられることは一つ!
(なるほど────殿下はいよいよ婚約破棄を本格的に進めるおつもりなのね!?)
これは慰謝料についての相談に違いないわ!
私は、そう確信した。
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