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130. 寝ていても起きていても
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(……リシャール様?)
恥ずかしかったけれど、そう口にしてみたらリシャール様の動きが止まり、更には天を仰いで悶え始めた。
(聞いていた話とは反応が違う気が)
イヴェット様は意中の男性を射止めるためなのか、様々な男女の駆け引きを研究したと言っていたのに。
私が実行したのはその中の一つ、悪女の誘惑。
つい“悪女”という響きに惹かれてこの方法を選んだのだけど。
それに、この魅惑の香りでメロメロにして誘惑することは、イヴェット様の侍女もオススメだとかなり推してくれた。
(うーん、難しくて奥が深いのね……誘惑って)
ちなみにもちろん、リシャール様を誘惑したのには理由がある。
イヴェット様は言っていた。
───結婚するからと言って油断してはいけない、と。
世の中の飢えた肉食系令嬢は妻がいようがいまいが常に最高の男を狙っている、と。
特に人のものほどかっこよく見えるらしい。
最高の男=国宝=リシャール様!
その図式を成り立たせた私は、自分磨きはもちろんもっとリシャール様を私に夢中にさせるべきと考えた。
「触れてもらいやすいように、本当はもっと薄い生地の格好が出来るとよい……と聞いたのですけどさすがに用意出来ませんでしたわ」
「ぐっ……う、薄い生地……」
リシャール様が危なかった……と呟いて両手で顔を覆う。
「ですから、触りにくいかもしれませんが……ぜひ! どうぞ!」
「うぅっ……」
今度は身体を震わせている。
でも、触れてくれない。
リシャール様は忙しい仕事の合間に鍛えているだけあって、やはり簡単には誘惑されてくれないらしい。
(なんて強いの……!)
つまり、まだまだ私の魅力不足ということね。
足りないなら努力して補えばいい! それだけのことよ!
イヴェット様も言っていたわ。
大事なのは“自分磨き”なのだと!
(明日からは、冒険物に加えて、女性の魅力が満載な悪女のたくさん出てくる恋愛ドロドロ満載の本も再び読むようにしなくちゃ!)
───忙しくなるわね。
私はフッフッフと笑う。
「フ、フルール……? そ、その笑いは何だろう……?」
「もちろん、やる気に満ち溢れているメラールの笑いですわ!」
「メラ……や、やる気……!?」
私はグイッと更にリシャール様に迫った。
リシャール様は真っ赤な顔で慌てている。
こんな姿のリシャール様は普段なかなか見られないので、これも“妻”となる自分の特権。
そう思うと嬉しくて嬉しくて更に頬が緩む。
「───大好きですわ、リシャール様!」
「フ……フルール!?」
私はそのままグイグイ迫って、まだポカンとしている様子のリシャール様をえいっと押し倒す。
目をパチパチさせたリシャール様は、私を見上げると、ハハハと笑い出した。
そして、下から腕を伸ばしてギュッと私を抱きしめる。
「フルールのそういう所……本当に大好きだ」
「!」
その笑顔に私の胸が大きく跳ねる。
(と、特大級の国宝の微笑み──!!)
「好き、大好き……愛しい……愛してる……何だか言葉だけじゃ足りないな」
特大の国宝の微笑みを至近距離で受けて、どれだけ私のことを想っているのかを耳元で囁いていくリシャール様。
仕掛けたのは私なのに、頭の中が蕩けて力が抜けていく。
「───愛しい僕のフルール……」
「っっ!」
これまでの中で一番といえるくらいのとびっきり甘い声でそう囁かれた瞬間、私の頭の中がボンッとショートした。
❇❇❇❇❇
「……」
「……フルール?」
突然、破壊力満点の攻撃を仕掛けてきたフルールが止まった。
「ん? 目を回している?」
「……」
僕はぐったりしたフルールをそっと横に寝かせる。
(全く、恋愛ごとには疎いのに……行動力は本当に抜群なんだから)
「…………しかし、アンベール殿の助言が効いたな」
アンベール殿は別れ際に僕を呼び出すとコソッと言った。
結婚まであと数日。
無邪気なフルールは気持ちが昂って迫って来るかもしれない。
そんな困った時は───
「最高の笑顔で微笑んで耳元で甘く愛の言葉を囁いてみてください、絶対止まりますから───……って」
本当にその通りになるのだからアンベール殿はやはりすごい。
彼はフルール専門の取り扱い説明書か何かかな?
「そして、いったい僕がこの領域にたどり着くのに何年必要なんだろうか……」
「……」
「まあ、フルールのことだから解いても解いても新たなフルールが顔を出しそうだけど」
僕の役目は、結婚して公爵夫人になってもフルールがフルールらしくのびのび過ごせるようにしていくことだ。
「───フルールの為の庭も整えたよ? 何を植える? あ、腰には気を付けてね?」
「……」
「そういえぱ、本棚は急いで買い揃えないといけないな……」
花嫁道具で冒険小説を持ち込むと宣言していたし。
そんな花嫁道具は初めて聞いたけどフルールが希望するなら構わない。
「我が家の使用人たちもフルールを迎えるのを楽しみにしているし……それに──……と、これはわざわざ言わなくてもいいかな?」
僕を陥れることを企んだ王女に加担していた、現在猛省中の弟もこれを機会にそろそろ呼び戻そうかと思ったけれど……
───兄上! し、新婚! 新婚期間の間は勘弁してください! うぅ……
と、泣かれてしまった。
てっきりフルールのことはすっかり諦めたと思ったのに、もしかするとまだ、未練があるのかもしれない。
その気持ちは分かる……
あの時、弟にしていたフルールの説教は僕の時と同じで“その時に言って欲しかった言葉”だっただろうから。
(強制はしないが、何処かいい婿入り先を見つけないとな……)
「…………ん」
「はっ! フルール?」
フルールが声を上げたので起こしてしまったかと思ったが、寝返りをうっただけのようだ。
「…………リシャール、さま……」
「ん?」
寝言かな? 僕の名前を呼んでくれるなんて嬉し───……
「だ……だんな、さま……」
「───なっ!?」
ここでそう呼ぶのか!
フルールは寝ていても起きていても刺激的なのだということをよーく理解した。
❇❇❇❇❇
王太子殿下とイヴェット様の滞在期間の残りは穏やかに過ぎていった。
後半に視察予定だった場所も、今回は事前に確認をしておいたのでイヴェット様も一緒に同行していた。
(雰囲気がガラリと変わったわ)
王宮に到着した時、先に馬車から降りた殿下が手を差し出して、イヴェット様がその手を取って降りて来る……
そんな当たり前の動作ですら目も合わせないし、口も聞かず、互いを気遣う様子も一切ない、無い無い尽くしな二人だったのに。
国で流行中の真実の愛と婚約破棄の件は色々と後始末が大変だろうけどきっと大丈夫。
何となくだけどそう思えた。
そうして帰国する際、イヴェット様は私にこう言ってくれた。
「公爵家宛に手紙を書くわ。わたくしの近況報告、楽しみにしていてね?」
「はい! 楽しみにしています!」
私がそう笑顔で返した時のイヴェット様の顔はそれまでで一番輝いて見えた。
「行ってしまわれたわ……」
殿下とイヴェット様の乗った馬車を見送りながら私がそう呟くと、リシャール様が優しく頭を撫でてくれる。
「でも、これからも交流は続くんだろう?」
「ええ」
手紙は送るけれどそれでも顔を合わせる機会は……と思っているとリシャール様は言った。
「向こうが落ち着いたら、僕たちの方から会いに行くのもいいかもしれないね?」
「あ……」
(そっか! その手があったわ!!)
私が顔を綻ばせたらリシャール様も嬉しそうに笑ってくれた。
馬車の姿が見えなくなった所でリシャール様が私に顔を向ける。
「───さて、僕たちも帰ろうか」
「はい!」
私はこのまま伯爵家に戻ることになっている。
本音はこのまま公爵家に連れて帰りたいけれど……
リシャール様はそう言いながらも王宮滞在中に結婚の話を聞いた私のために、シャンボン伯爵令嬢として家族と過ごす最後の時間をくれた。
その後、許可証と婚姻誓約書を提出をすれば───
いよいよ、公爵夫人生活の始まりよ!
「戻りましたわ~!」
そうして私はいつも通り元気いっぱいに伯爵家に戻った。
みんな明るく出迎えてくれる……そう思ったのだけど───……
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