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133. お嫁に行きました
しおりを挟む「それから、第四回って何!?」
「どうやら私は第一回開催後から二回ほどお酒を飲んでいたようですわ」
「!」
リシャール様が小さく悲鳴をあげた。
「ですが、昨夜もですけど全て記憶にありませんの」
「フルール……本当に君って人は」
───別の意味で目が離せないよ。
リシャール様はそう言って私を抱き寄せた。
私からもギュッと抱きつく。
「楽しい夜を過ごせたみたいで良かった」
「リシャール様?」
「伯爵たちもアンベール殿もいつでもどうぞと言ってくれてはいたけど、いざフルールが家から居なくなると思ったら絶対に寂しがると思ったからさ」
「……」
リシャール様がコツンと額を合わせてくる。
「フルールは本当に愛されているね?」
「…………みたいです」
私がえへへ、と笑うとリシャール様も優しく微笑み返してくれた。
「───さて、僕は出発の前にシャンボン伯爵に挨拶してくるよ。だから少し待ってて?」
「はい!」
リシャール様がお父様の元に挨拶に行っている間、私はぐるっと生まれ育った屋敷内を歩いて回った。
(変な感じだわ……)
長年過ごした屋敷には思い出がたくさん。
私の中にあるのは優しい思い出ばかり。
(寂しい……のかな)
でも、離れて暮らすことになっても家族は家族。
皆が私の大好きな人たちであることに変わりはない。
「───いいか、フルール! リシャール殿の言うことをよーーーーく聞いて、はしゃぎ過ぎないように! 特に淑女は忘れるな!」
「お父様、分かりましたわ!」
「いいこと? くれぐれもお酒には気をつけなさい。公爵家によるフルール追いかけっこ祭りが開催しました! は許しませんよ?」
「お母様、分かりましたわ!」
馬車に乗り込む前の最後のお見送り。私は元気よく返事をして答えていく。
「……」
「お兄様?」
お兄様からも何かあるかな? と思ったけれど何故か静かだった。
しばらく無言だったお兄様がようやく口を開いた。
「フルール……」
「はい!」
「───幸せか?」
お兄様のその問いかけに私は目を瞬かせる。
そして、笑顔で答えた。
「もちろん! 幸せですわ!」
「そうか。それなら構わな──……」
「だって、私の大好きな家族の一員に大好きなリシャール様も加わるんですもの!」
「え?」
お兄様がポカンとした表情で私を見る。
そしてすぐに笑いだした。
「……ったく。フルールらしいな」
「ですから、お兄様も早くオリアンヌお姉様を家族に……お義姉様にしてくださいね!」
私がそう言うと二人はチラチラと目を合わせると照れていた。
そんな、オリアンヌお姉様が少し照れた顔のまま私に言う。
「フルール様、落ち着いたらお茶会しましょうね!」
「はい! あ、でも、お姉様。私、せっかくなので肉パーティーとかしてみたいですわ」
「まあ! 肉パーティー!? 楽しそう!」
お姉様の目が最高にキラッと輝く。
肉と聞いてお姉様以外の人たちはすごい顔しているけれど。
(肉パーティー……最高だと思うのに)
「では必ず! 約束ですわ」
「ええ、約束!」
こうして私はお姉様と肉の約束を結んだ。
「───お世話になりました! 行ってきます!」
私は一礼した後、にっこり笑顔で皆に手を振って馬車へと乗り込んだ。
「フルール」
馬車の中、隣に腰をおろしたリシャール様がそっと私の顔を覗き込む。
国宝の顔のアップに胸がドキッとする。
「うん。びっくりするくらいいつも通りのフルールだ」
「そうですか? これでも一応、緊張していますわ」
私はそう言ったけれどリシャール様はくくっと笑うだけ。
「リシャール様、昨夜お父様たちには言ったのですけど」
「うん?」
「リシャール様も知っての通り私、最強令嬢をずっと目指していましたわ」
「そうだね」
リシャール様は何故か苦笑する。
「ですから、次の目標は“最強の公爵夫人”ですわ!!」
「最強の……公爵夫人? …………ははっ!」
今度はお腹を抱えて笑い出す。
さっきから笑いすぎだと思う。
「もう! どうして笑うんですの?」
「うん。だって───」
チュッ……
リシャール様は私に顔を近付けると軽く触れるだけのキスをした。
「……んっ」
「何だかフルールはずっと最強を目指してそうだなって」
「ずっと、ですか?」
私が聞き返すとリシャール様は、そうだよと笑いながら頷く。
「最強令嬢の次は最強の公爵夫人……そうなると、最強の妻とか、最強の母親とか……ゆくゆくは最強のお婆さん?」
「ふふ……最強がいっぱいですわ」
それなら……と私はどうしてもなりたい“最強”についてをリシャール様に告げる。
「───リシャール様、私、“最強の夫婦”になりたいですわ」
「え?」
「最強の夫リシャール様と最強の妻の私で、最強の夫婦です!」
「僕も最強?」
私は大きく頷く。
だって二人でないと……私たちならなれると思うの。
「ちなみに、特技は慰謝料請求ですわ!」
「そこ!?」
リシャール様は全く……! なんて言って笑いながら私を抱きしめる。
私もクスクス笑いながらリシャール様を抱きしめ返した。
そして、公爵家に向かう前に婚姻誓約書と許可証を提出したことで、
ついに私はシャンボン伯爵令嬢から、国宝の嫁……モンタニエ公爵夫人となった────
─────
「───ご主人様、奥様、お帰りなさいませ」
「!」
リシャール様と共にモンタニエ公爵邸に入ると、“奥様”と呼ばれて迎え入れられた。
(奥様……奥様ですって)
その響きについつい頬が緩んでしまう。
でも、いつまでも緩みっぱなしではいけない。
───最強公爵夫人を目指すならもっと、誇り高くて気高い女性にならなくては!
そう思って、凛としたオリアンヌお姉様の姿を思い出して真似しようとした所で───
「奥様! お疲れでしょう。まずはゆっくり休んでください」
「ご主人様から聞いて、奥様の好きそうなお菓子をたくさん用意しました」
「……!」
(お、お菓子……ですって?)
とんでもない誘惑に、さっそく誇り高き新米公爵夫人の顔は緩み、心も大きく揺れる。
(た、食べたいわ……でも)
「フルール」
「リシャー……コホッ、だ、旦那様……」
リシャール様は私の顔を見てクスクス笑っている。
「フルールはこれまでと変わらず、ここでものびのびしてくれていいんだよ」
「のびのび……」
私が聞き返すとリシャール様はうんうんと頷く。
その向こうで使用人たちも頷いている。
「そう。だって、それがフルールの一番の魅力なんだから」
「……ご飯を毎日、五杯はおかわりしても?」
「もちろん」
リシャール様は一旦そこで言葉を切る。
そしてニヤッと笑いながら懐かしい言葉を口にする。
「フルールのその常に明るい発想とパワーは美味しいものをたくさん食べて、よく寝ること……で得られるんだろう?」
「……あ」
(……私の旦那様は、とっても最高だわ!)
私は幸せいっぱいに微笑んだ。
────そしてその夜。
夫婦となった私たちの初めての夜……
(王宮でも毎晩、隣で眠っていたけれど……今日からは……)
先に寝支度を終えて夫婦の寝室に入った私は、どうしても落ち着かなくて部屋の中をウロウロウロウロ歩き回る。
(大丈夫! お母様から話は聞いたもの!)
───そう! 旦那様に任せなさいって!
と、そこへ扉が開いて寝支度を終えたリシャール様が部屋に入って来る。
「……!」
「フルール!」
国宝最大級の満面の笑みを浮かべるリシャール様。
(ド、ドキドキが……!)
「フルール……僕の奥さん」
「……!」
耳元で甘くそう囁いたリシャール様がそっと私をベッドに押し倒す。
「……フルール」
甘い声で私の名を呼んで顔を近づけて来るリシャール様を見た時、突然ハッと思い出した。
(そうだ! 私……結婚したらリシャール様にお願いをすると決めていた───)
「ん? フルール、どうしたの?」
私の反応を訝しんだリシャール様の動きが止まる。
私は今だ! と思い口を開いた。
「リシャール様……いえ、旦那様! …………わ、私を罵ってくださいませ!!」
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