王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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134. 困惑する夫

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(言った!)

 ついに言えたわ!!
 リシャール様の冷たい目、冷たい言葉にゾクゾクしてから、もうどれくらい経ったかしら?
 お兄様に私にはまだ早い…… 結婚してからなら、と言われたのよね。

(───さあ、リシャール様!  思いっきり私のことを罵ってちょうだい!!)

 最強新婚妻フルール、心の準備は万端でしてよ!

 私はにこにこ笑顔で、ドキドキしながらリシャール様からの言葉を待った。

「……の、罵るっ!?」
「……」
「な、何で……」
「……」
「……はっ!  フルールの目が期待でキラキラしている……なぜ、だ」
「……」
「フ、フルール……さん」

 リシャール様の声が震えている。
 なんて言葉で罵るかたくさん考えてくれているのね?
 でも、リシャール様は優しいからもしかすると甘口で……と考えているかもしれない。

「リシャ……旦那様、大丈夫ですわ!」
「だ、大丈夫……?」

 私は、大丈夫ですわという意味を込めて、にこっと微笑む。

「私、この日のためにたくさんたくさんたくさん頭の中でシミュレーションをしてまいりましたの!」
「……え?」
「───ですから、甘口ではなく辛口で構いませんわ!」
「か、辛口……」

 私は両手を大きく広げて受け入れ態勢をとる。

「旦那様!  愛していますわ。さあ、遠慮なくばーーーんと来てください!」


❇❇❇❇❇


(……な、何が起きているんだーーーー!)

 幸せだったけど色々と大変だった日々を乗り越え、迎えた僕らの結婚。
 ようやく……ようやく僕の可愛い妻となったフルール。
 そして待ちに待った初夜……
 夜這いを続けた王宮での一週間とは違い、ついにフルールと結ばれ…………

(ええぇぇえ?)

 罵る?
 罵るってなんだ!?
 甘口とか辛口って何だ!
 いったい、どこから出て来たんだ……!

(わ、分からない……)

 だが、フルールは当然のことだと言わんばかりの……キラキラ期待した目で待っている。
 まさか、僕が知らなかっただけで、
 新婚夫は初夜の夜に新婚妻のことを罵る───これが正しい初夜の作法なのか!?

(そんなの知らない……王女の婚約者でいる時も、こんなことは誰も教えてはくれなかった!!)

「…………っ!」
「?」

 フルールは期待溢れる目で僕を見ている。
 可愛い……もう、愛しくて愛しくて堪らない!
 そして正直に言えば、早く触れたいのに───!

(ど、どうしたら……)

 フルールとの間に変な沈黙だけが流れていく。
 こんな無邪気にキラキラ顔をした妻を悲しませることはしたくない。 
 だが、愛しくて愛しくて堪らないフルールを罵るなんてもっと出来ない。

(どうすることが正解なんだ!?)

 こんなの公爵家を追われた時よりどうしたらいいか分からない。
 あの時、僕を救ってくれた女神が可愛く困らせてくるってどういうことなんだ!

(フルール……)

 フルールと目を合わせると、照れたように微笑まれた。
 両手を広げて待っているフルールは鼻血が出そうなくらい可愛いのに、今は違う意味で興奮して鼻血が出そうだよ……フルール。

 頭の中でずっとシミュレーションして来たって何?
 いったいどこの誰がフルールにそんな気持ちを芽生えさせたんだ!
 ───まさか、フルールの花嫁道具の中の本か?  本の影響なのか!?
 そうだ。そうに違いない。
 だって、アンベール殿がドロドロした恋愛がとか言っていたじゃないか!

「……私、リシャール様が“悪役令息”のように王女殿下を冷たく睨んで罵っていく姿にゾクッとしてキュンとしたのです」
「…………え!  ぼ、僕?」

(まさかの僕だったーーーー)

 そして、ゾクッとしてキュンってなんなんだーー!?
 それは果たして両立するものなのか!?

「こんな気持ちになったの……生まれて初めてでしたわ」
「……」

 フルールが頬を染めて可愛い顔でそんなことを言う。

(僕もだよ……)

 フルールの中の“何か”を目覚めさせたのが、他の男(ベルトランとかベルトランとかベルトランとか……)でなくて良かったと思うが……

「フ、フルール!」
「はい!」

 とにかくまずは冷たい目とやらで睨んでみよう!

「……っ」
「……旦那様?」
「……っっ!」
「……どうしました??」

 僕はパッと勢いよくフルールから目を逸らす。

(駄目だ……!  可愛さが無限に溢れていて冷たくなんて睨めない!  ニヤけてしまう!)

 世の中の男はこうして愛する妻に翻弄されるものなのだろうか?
 さぞかし刺激的な毎日なんだろうな……

(───とりあえず、今は…………)

「フルール!  ……じ、時間をくれないか!」
「時間……ですか?」

 きょとんとした顔で僕を見つめる可愛い妻、フルール。

「そうだ!  愛する妻フルールの頼み……僕はそれに全力で応えたい!」
「まあ!」
「──その為にも、必ずやフルールの心をゾクゾクさせキュンとさせる最高の罵り方を研究しようと思うんだ!」
「最高の……罵り方……」

 フルールの目の奥がキラリと輝いた。
 よし、いい感じだ。

「ふふふ、つまり楽しみは先に取っておく……ということですわね?」
「ああ!」
「分かりましたわ!  楽しみにしていますね、旦那様からのとびっきり最高の罵り……ふふ」

 フルールが最高に可愛い笑顔でそう言う。
 その可愛さに僕の胸がキュンとなる。
 でも……ハードルがグンッと上がった気が……
 問題を先送りにしただけかもしれないが、とりあえず今夜はこれで乗り切るしかない。

(そして口だけでなく本当に研究しなくては……)

 フルールをガッカリさせるなんて有り得ない。
 やはり、こういう時に頼れるのは義兄となったアンベール殿しかいないだろう。
 彼なら何かいい解決方法を知っているかもしれない。
 朝になったら連絡を取ろう。

(待っていてくれ、フルール!  僕は必ず君のために最高に痺れる罵り方を学んでみせる!)

 そう決心した僕はそっとフルールの頬に手を触れる。
 そして微笑みかけた。

「……フルール、ここから先は僕に集中して?」
「え?  あ……リシャー……」

 チュッとキスをしてフルールの唇を塞ぐ。
 フルールは僕とのキスが好きなのか、たくさんしていると次第にうっとりしてくれるんだ。
 だから、たくさんのキスを贈り続けた。



「……ん」

(よし!)

 いい感じにフルールが蕩けてきた。
 あとはこのまま───

「リシャー……ん、旦那、様」
「フルール?」

 フルールは閉じていた目を開けると恥ずかしそうに言った。

「喉が乾きまし、た」
「え?」

 そう言われて僕はテーブルの横に置いてある水に目を向ける。

(これ水……だよな?  水でいいんだ……よな?)

 僕は起き上がるとドキドキしながらコップに水を注ぎフルールに渡す。
 フルールはそれを飲みながら、冷たくて美味しいお水ですわ!  生き返ります!  と言って笑っている。

(水、だったか……うん、この様子なら大丈夫そうだ──)

 ホッと安堵する。
 あれ、待てよ?  
 でも、フルールとアルコールのこと……僕は使用人たちに話したか……?
 なんであれ今後のために、何度でも話しておかないといけないな。
 また、暑いと言って脱ぎ出したり、伯爵家でのように部屋を脱走されたら大変だ。

(いや、でも脱ぐのは大歓迎……どちらかと言うと脱がしたいけど)

 とりあえずこの後はムードを戻して初夜の続きを……なんて不埒ことを考えた時だった。

「んー、旦那様…………何だかこの部屋、暑いですわね?」
「……え?」

 既視感のある言葉にハッとすると、フルールはとびっきり可愛い顔で僕を見てニンマリと笑った。
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