136 / 356
136. 肉食夫人
しおりを挟む❇❇❇❇❇
(つ、疲れた……)
「アンベール」
「オリアンヌ……!」
まるで妹……フルールかと思うような勢いで迫って来たリシャール様を何とかなだめて帰宅させて、ぐったりしていたらオリアンヌがやって来た。
「お疲れ様でした」
「ああ……」
(この笑顔……癒しだ)
オリアンヌの美しい笑顔にホッとし心が癒される。
「それにしても、まさか夫のリシャール様の方が先に現れるなんて……しかも結婚翌日。予想外だわ!」
「……」
「私、絶対フルール様が先だと思ったのに……」
(俺もそう思っていたよ)
だから、リシャール様が訪ねて来たと聞いて──
あの二人が喧嘩するなんて想像出来ないし、ましてや離縁なんて絶対にあり得ない。
そうなると俺が思ったことは一つ。
───フルールが何かやらかした!
そうして話を聞いてみれば……
フルーーーール!
なんで、よりにもよって初夜でそれを言ったんだぁーーーー!
俺はリシャール様に迫られながら思わずそう叫びそうになっていた。
それに、フルールを悲しませたくないから、最高に痺れる罵り方を学びたいだなんてリシャール様、真面目すぎるだろーーーー!
あの二人……同じ方向にズレてるよ!
(そして、分かっていたけどリシャール様はかなりフルールに惚れているんだなぁ)
どうにかしてフルールの望みを叶えて喜ばせたい!
そんな気迫が伝わって来た。
だが、しかし。
あのグイグイ来る感じとかフルールにそっくりじゃないか。
さすがに影響受けすぎだろう……
「オリアンヌ……」
「はい?」
「……夫婦って似るのかな」
ポソッと呟いた俺の質問にうーんと首を捻って考えたオリアンヌは笑顔で言った。
「それもあるとは思いますけど、あの二人の場合はそういうことではなく……」
「なく?」
「単純にフルール様の影響が大きいだけだと思うわ」
オリアンヌにそう言われて納得した。
いや、もう心の奥底から納得した。
そうだよ、あのフルールだ。
元気いっぱいのにこにこ笑顔で無邪気に俺たちを振り回す……可愛い妹フルール。
あれだけフルールにベタ惚れなリシャール様だ。
影響を受けないはずがない。
「ふふふ……せっかく感傷に浸っていたのにね」
「!」
オリアンヌのその言葉にハッと顔を上げる。
「な、なんで……」
「だってアンベールはフルール様のこと大好きでしょう? 寂しくならないわけがないわ」
「……っ」
「それに、フルール様はこの家の中心───太陽みたいな人だから」
オリアンヌに見抜かれていたと思うと恥ずかしくなる。
彼女の前ではかっこいい自分でいたいのに。
フルールのことを理解してくれて楽しそうに全て受け入れ、あんなに愛してくれる男は他にいない。
かつてフルールに一目惚れしたベルトランでさえ、30%程度のフルールにですら圧倒されて距離を取り始めていた。
それなのにリシャール様は100%のフルールを受け止めているから凄いと思っている。
(でも、やっぱり寂しいんだ)
「それで? フルール様は初夜の場でリシャール様にいったい何を言ったの?」
「それが───」
俺が苦笑しながら詳細を語るとオリアンヌはクスクス笑い出した。
「きっと、あのキラキラした目で見つめられてしまったのね?」
「罵る……は無理でもせめて冷たく睨もうとしたけれどそれも無理だったそうだ」
「前途多難……」
確かフルールが変な扉を開けたのは、リシャール様が王女殿下を冷たく追い詰めた時だったか。
「アンベールはリシャール様になんてアドバイスをしたの?」
「……」
オリアンヌの問いかけに俺はにっこり笑う。
「フルールはリシャール様のその顔が大好きだから、その顔を活かせば何でも大丈夫……とだけ」
「まあ!」
「フルールはずっとあの顔を国宝と崇めるくらい大好きだから、あの顔で殆ど全てがなんとかなるはずなんだ」
「ふふ」
オリアンヌは楽しそうにクスクス笑う。
フルールの好きな顔の中にはオリアンヌ……君も入っているんだぞ? そう言ってやりたい。
(オリアンヌのそういう自分の魅力に無頓着な所はフルールと共通するな……)
そういう所も愛おしい。
「オリアンヌ」
「ア、アンベール……?」
俺はオリアンヌの手をそっと握って持ち上げると手の甲にキスをした。
「ひゃっ!?」
「前途多難だけど、あの妹夫婦は放っておいても大丈夫だろう。気付くと甘い空間を作り出してイチャイチャするに違いない」
「え、ええ……アンベール。私も、そう思う…………わ。ででで、そ、その手は……?」
俺が手を握ったままなせいか、オリアンヌが狼狽えている。
「……俺たちも俺たちの幸せを……考えないか? オリアンヌ」
「え」
きょとんとした顔のオリアンヌが俺の目を見つめている。
胸がドキドキし過ぎて破裂しそうだ!
「お、俺はこれからもオリアンヌの為に最高の肉料理を提供すると約束する!」
「肉?」
「だから、待たせてしまったが……け……結婚して欲しい!」
「……!」
オリアンヌがポカンとした目で俺を見ている。
そして状況を理解すると照れながらも美しく笑ってくれた。
断られることはないと分かっていても、ドキドキするものだな。
「───その言葉、待っていたわ」
「オリアンヌ……」
「お肉と私……肉食夫人をよろしくお願いします」
「ああ!」
俺は肉食夫人という響きに笑いながら優しくオリアンヌを抱きしめた。
❇❇❇❇❇
愛する旦那様となったリシャール様が、私よりも先に伯爵家を訪ねていてそんな相談をお兄様にしていたことも、お兄様とオリアンヌお姉様が結婚を決意したことも知らないその頃の私は……
「お、奥様……」
「どうしたの?」
結婚した初めての夜の記憶が途中からあやふやで朝から寝不足だった私。
目を覚ますととってもお腹が空いていた。
なのですぐに食事をお願いし、運ばれてきたものを盛り盛り食べていたら、公爵家のメイドが目を丸くして私を見ている。
「こ、こちらはもう、さ、三杯目です……けど」
「ええ! とっても美味しいわ!」
ふっふっふ! さすが公爵家!
伯爵家の料理人も素晴らしかったけれど、こちらも素晴らしい腕を持つ料理人よ!
それに、どことなく私の好みの味付け……
(おかげで、ご飯が進むわ!)
「───さあ、次のお代りをお願い!」
「よ、四杯目ですよ!?」
「そうね。でも私はいつもこれくらいが普通なの」
「ふ……普通……!」
話に聞いていた以上ーーという悲鳴がメイドから上がる。
「ですが奥様……その、昨夜……のお疲れは大丈夫なのですか?」
「心配ありがとう。大丈夫よ」
「朝は微笑ましいと思っていましたが、あそこまでの寝不足になるというのは……さすがに。もしや、ご主人様は奥様にかなりの無茶を……」
「無茶?」
メイドは私のことをすごく気遣ってくれているみたいだけれど、気付いたら朝だったし、どうして寝不足なのか具体的には分かっていないのよねぇ……
あのお水が実はお酒だったことと、少量だったから追いかけっこ祭りにはならなかったことだけは朝、眠そうなリシャール様から聞いたけど。
(リシャール様は寝不足になりながらも酔っ払いの私に一晩中付き合ってくれたのよね、きっと)
「いいえ、無茶をしたのは私。リシャール様……旦那様はいつだって私に優しいのよ」
「お、奥様の方が無茶を!?」
「ええ(多分)!」
私が頷くとメイドはゴクリと唾を飲み込んだ。
「そう、でしたか。奥様はそんなに可愛らしいのに───かなり肉食なのですね!?」
「え?」
肉食?
そうね、オリアンヌお姉様程ではないけれど、お肉は大好きよ!
そう思った私は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そうよ!」
「───や、やはり!」
やっぱり奥様は肉食でした~
というメイドの声が邸内に大きく響き渡った。
こうして、この日……
モンタニエ公爵家にも肉食夫人が誕生した。
351
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる