137 / 356
137. やり直し
しおりを挟むたくさん寝てスッキリし、お腹も満足したその後の私はいつも通り元気いっぱいだった。
屋敷の中を公爵家のメイドたちに案内してもらいながら私は訊ねる。
「そういえば旦那様は? 姿を見かけないけれど、出かけているの?」
「はい。奥様が眠っている隙に出かけるのは気が引ける……と言いながらも、急いで行かないといけない所があったそうで」
「かなり、切羽詰まった顔をしていましたよ」
「そうなのね」
結婚してもやっぱりリシャール様は忙しそう。
夜は妻としてたくさん癒さなくちゃ……と思う。
歩きながらそんなことを考える。
(ふふふ、妻という響きがとても新鮮……そして何だかやっぱり照れてしまうわ)
私は自分の頬を手で押さえる。
頬は、ほんのり熱を持っていた。
(そうだわ、せっかくだから聞いてみよう!)
「ところで、お疲れの旦那様を癒す方法といったら何があるかしら?」
「え? 癒す、ですか?」
「奥様がご主人様を?」
不思議そうに聞き返してくるメイドたち。
その様子にあれ? と思う。
シャンボン伯爵家ではお母様がお疲れのお父様を癒している光景をよく見たけれど、公爵家では違ったのかもしれない。
(まあ、前当主はあんな最低な人だったし仕方ないのかも)
「そうですわ! 今夜……疲れて帰って来るであろう旦那様を私が癒したいの!」
残念ながら私には男性を癒す方法があまりよく分からない。
出来ることといえば、肩のマッサージくらいだけど……
「私、肩のマッサージや肩叩きなら得意なのだけど、きっとそれだけでは足りないわよね?」
そう訊ねるとメイドたちは顔を見合せてうーんと首を傾げた。
「あ! ですが、ご主人様は今朝、肩をお辛そうにされていましたよ?」
「そうそう! 痛いんだ……と言いながらもどこか、嬉しそうだったので少し不気味でしたけど」
肩が辛い?
それは肩のマッサージをするチャンスだわ!
私の目がキラリと輝く。
他にも何がいいかしら、と考えていたら、メイドたちが私の顔を見ながら言った。
「奥様は本当にご主人様のことがお好きなのですね」
「大好きというオーラが身体中から溢れています」
そう言われたので、私は満面の笑みで答えた。
「当然ですわ!」
私が胸を張って答えるとメイドたちはホッとしたように笑った。
「ご主人様が選んだ方がフルール様のように明るい方で良かったです」
「どういうこと?」
私が聞き返すとメイドたちは顔を見合せ、悲しそうに目を伏せた。
「奥様もご存知のようにご主人様は荒れていたモンタニエ公爵家の当主の座を前当主の父親から力づくで奪い取りました」
「そうね」
追放されたはずのリシャール様は見事に返り咲いたわ!
「ご主人様は、当主に返り咲いた後、散り散りになった使用人たちも探し出して、父親から守れなかったことの謝罪と、もしもまだ新しい仕事場を探しているなら戻って来て欲しいと頭を下げたのです」
「……!」
知らなかった。
だけど、それはリシャール様らしい行動だと思った。
(そういう所も大好きだわ)
「私たちはこの方が新しい当主になられるなら……そんな思いで戻って来ることにしました」
「信じてみようと思ったのです」
「そんなご主人様は私たちに言いました。すぐにでも結婚したい令嬢がいる───と」
私のことね?
「そうしてやって来た奥様は……」
「ご主人様の言うように見た目は可愛らしいのに、とてもパワフルで」
「肉食だとも今日、判明しましたね」
メイドたちは私を見ながら次々と色々な話をしてくれた。
当主になってからのリシャール様は、確かに忙しそうだけど楽しそうで笑顔が増えた、と。
そう話すメイドたちの顔も嬉しそう。
(さすが、リシャール様! みんなに愛されているわ!)
最強の旦那様よ! と、私も嬉しくなる。
「ご主人様があれだけ笑顔なのは、きっと奥様と出会えたからですね!」
その言葉が一番嬉しかった。
────
「────と、いうわけで、今日一日で私は改めてリシャール様が大好きだと思いましたわ!」
「え? フルール!?」
その夜。
寝支度を終えて寝室に入ると、すでに先に部屋で待っていた旦那様にそう告げた。
リシャール様はびっくりした顔で私を見つめる。
「……僕のことを大好き?」
「はい! とっても大好きですわ!!」
そう言いながら私はリシャール様の胸に思いっきり飛び込んだ。
私を抱きとめたリシャール様は照れ照れと顔を赤く染めると、どこか恥ずかしそうにしながら言う。
「……フルールって、そういう所も直球……だよね」
「もちろんですわ!」
「……」
リシャール様がそこまで言ったあとじっと私の目を見つめる。
そして、国宝級の笑顔を見せた。
「───フルールのそういう所、僕も大好きだ」
「!」
国宝の美しい顔と愛の言葉に私の胸がキュンとなった。
そしてリシャール様は私の頬を優しく撫でながら顔を近付けてくる。
その顔にうっとりしながら、私は瞳を閉じた。
私たちはチュッチュッとたくさんのキスを交わす。
(──甘い)
リシャール様とのキスはとにかく甘い。
──チュッ
「フルール……」
「んっ」
そして先ほどから耳元で名前を囁かれる度に腰が砕けそうになる。
私がマッサージをして旦那様を癒す予定だったのに!
旦那様はその隙を全く与えてくれない。
おかげで、もうすっかり私の方が頭の中がトロトロよ……
「フルール」
「……旦那様?」
旦那様がじっと私を見つめる。
「今夜こそ───……」
「え?」
今夜こそ……の先をなんて言われたのかがよく聞こえなかった。
「今、なんて言ったのですか?」
聞き返すとリシャール様はフッと小さく笑う。
「───初夜のやり直しだ」
「しょ……」
リシャール様はそのまま私をベッドに押し倒す。
そして私たちの目が再び合った。
「……フルール」
「ん! ……は、い?」
また耳元で甘く囁かれる。
(───耳元は反則よ!!)
「今夜も寝不足になるかもしれないけど……我慢してね?」
「え?」
私が目をパチパチさせているとリシャール様はまた微笑んだ。
「───フルール、愛しているよ」
愛しそうに大事そうに私の名前を呼びながら、リシャール様がそっと私に覆い被さって来た。
296
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる