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140. 不穏なお誘い
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それから数日後。
「パーティーですか?」
「そうなんだ」
その日の朝食の後、リシャール様が私に差し出したのはパーティーの招待状。
差出人はとある侯爵家。
「あら? 旦那様。差出人のこの家って」
「うん……」
高位貴族仲間ではあるけれどモンタニエ公爵家との仲はあまり良くなかったと記憶している。
(実家の伯爵家とも付き合いのない家だわ)
「代替わりしたとはいえ、あまり仲の良くない私たちをわざわざ呼んだのですか」
「ああ。だからこれは明らかに僕らに対する───」
「なるほど! 今、肉食夫人としても話題なうえ、最強の公爵夫人となる予定の私に会いたいということですわね!?」
私が納得して笑顔で応えるとリシャール様は静かに吹き出した。
「ははは、そうなるのかな……? でも」
「でも?」
私が聞き返すとリシャール様は肩を竦めながら言う。
表情は少し呆れ顔。
「実は、この家の嫡男が僕と同い年なんだよ。けど……」
「けど?」
「何かと昔から僕をライバル視してくる」
「まあ!」
国宝の旦那様をライバル視!?
まさか、本物の国宝は自分だと張り合っているおつもり?
どれほどの美男子なのかは知らないけれど、これは現実を教えて差し上げなくては!
「ふっふっふ。旦那様…………そのパーティーのお誘い受けましょう!」
「え? フルール?」
リシャール様が、突然笑いだした私を不思議そうな目で見る。
「無理強いするつもりはありませんが、お断りして“贋物がビビっていやがる、ぐふふ”と思われるのは心外ですわ!」
「……ぐふふ? 贋物……? うん、それは何の話かな?」
私の熱き闘志が今日もメラメラと燃え上がる。
「国宝の話ですわ、旦那様。ここは本物を見せてやりましょう!!」
「えっと贋物? 本物? これはまたどんな妄想世界が繰り広げられたんだ……?」
「本物の輝きを前にして、敵いませんでした……と平伏させるのです!」
「え、え……」
困惑気味に何かを呟く旦那様に私はいつものようにグイグイ迫る。
だけど、旦那様は私の肩を掴むと真剣な目をして言う。
「フルール! 先に言っておくけどパーティーに参加したらあまりいい扱いは受けないかもしれないよ?」
「いい扱い?」
私が首を傾げると旦那様が説明してくれる。
「僕らは公爵という身分があるからね、表面上は立ててくるとは思う」
「ええ」
そこは身分差万歳よね。
「だが、まだまだ僕は若造だからね。その分、嫌味と陰口が増える」
「嫌味と陰口……」
「それは妻である君にも向けられるんだよ、フルール」
「……」
嫌味と陰口に対してあまりピンと来なかった私は、これまでの愛読書のエピソードの数々を頭の中で振り返ることにした。
(嫌味に陰口……)
最近読んでる冒険物……確か主人公が成果をあげる度に悪口を言って世間に悪評を広めようとしている人がいるわね……あれかしら?
(でも、あれは仲良くなりたいアピールよね? 却下!)
それとも、ドロドロの恋愛劇話で平民出身の場慣れしていない主人公が周囲の貴族令嬢たちに笑われて“こんなこともご存知ないのに貴族の顔をするなんて”と言われていたあのシーン……?
(でも、あれは貴族社会のマナーを教えてあげようという優しさ……却下!)
私はうーんと考える。
他にも色々考えてみたけれどどう頑張っても思い当たらない。
私は顔を上げるとリシャール様に言った。
「旦那様、私……それ経験してみたいですわ」
「え? 経験したい?」
ギョッとするリシャール様。
私は大きく頷く。
「嫌味と陰口のことですわ! これまでの私はとても人に恵まれていて……周りは優しい人ばかりで経験がありません……ですから、今後のためにもぜひ経験してみたいです」
「……!」
リシャール様がポカンと口を開けている。
(最近はとにかくキラキラ度が日に日に増していっている国宝旦那様だから、このような表情もキラキラしていて素敵なのよね!)
こんな究極のキラキラ旦那様をライバル視して張り合おうとしている令息のことももちろん気になるし……
出来ることならそのパーティー参加してみたいと思う。
「そ、そうか……フルールがそこを気にしない……むしろ経験したいというなら…………いや、うん、本音は全然良くはないけど」
「はい。ですが私は大丈夫ですからどうぞお気になさらず!」
分かっているわ。
妻が嫌味と陰口を言われるのを分かっているのに軽々しく“行こう”なんて普通は言いたくないわよね。
「フルールらしいな───あ、でも、僕はあの嫡男とフルールを会わせることもあまり気が……」
「旦那様がライバル視されているからですか?」
ライバル野郎の女は敵だ!
みたいな考えでも持っているのかしら?
「いや……ライバル視されていることは別にどうでもいいんだけど」
そこはどうでもいいらしい。
さすが、国宝。向かう所敵なし!
「あの男……いつも連れている令嬢が違うんだよ」
「まあ!」
「婚約者はいないらしいから浮気とか不貞ではない……のかもしれないけど、誰かとの交際の噂は常に広がっている。けど一人に定めないと言うか……」
「……」
(なるほど……フラフラ男ね?)
「ですけど、いつも連れているのは未婚の令嬢なのでしょう?」
「うん……僕の知っている限りはね」
「それなら、大丈夫ですわ。だって私はもう人妻なので対象外です」
私がそう言うと、リシャール様はそのまま私を抱き寄せた。
「旦那様?」
「人妻になっても、フルールの可愛さは全く変わっていないよ?」
「旦那様になってもリシャール様がかっこいいのと同じかしら?」
そう返したらなぜか苦笑された。
「僕の妻は可愛いだろう? って皆に自慢したいんだけどあの男だけは何となく嫌なんだよね」
新米公爵夫婦の私たちには人脈作りも必要。
だから、パーティーの類は出来る限り顔を出しておくべき。
そんな葛藤が見える。
「では、少し顔だけ出して帰ります?」
「そう出来たら一番いいんだけどね」
───こうして、リシャール様と結婚してから初のパーティーへの参加が決まった。
──────
パーティー当日。
リシャール様と共に侯爵家の屋敷に向かい私たちはまず、当主への挨拶に向かう。
「───本日はお招きありがとうございます」
「ああ、モンタニエ公爵か。して、そちらが最近娶ったと噂の……」
「フルールと申します」
その場には嫡男の息子の姿は見えず、当主には上から下までジロジロ見られた。
確かに仲はあまり良くない雰囲気を感じつつも特にトラブルもなく挨拶は終えた。
(……あれ?)
その後は室内を見渡していると、なんとそこに見覚えのある姿を見かけた。
(私の大親友!!)
私はリシャール様の服の袖をクイクイ引っ張る。
「……旦那様! アニエス様を発見しましたわ!」
「え?」
「このパーティーに参加しているようです」
「あ、本当だ……」
私の視線を追ったリシャール様も発見し頷く。
「旦那様! 私……」
「ああ、彼女と話がしたい? 行って来ても大丈夫だよ。僕も……」
「ありがとうございます! ────では、捕獲して来ます!!」
リシャール様の許可を貰った私は淑女の範囲で全速力でその場から走り出す。
「うん…………ほか……えっ!? フルール!?」
「アニエス様ーーーー!」
「ひぃっ!?」
アニエス様は私が近付くと照れ屋さんが発動してすぐに逃げ腰になってしまう。
なので、早々に捕獲すべく私は彼女に近付き声をかけた。
「ひっ……フ、フルール……様!?」
「こんにちは! 奇遇ですわね!」
「……な、なんで……」
アニエス様はかなり驚いている。
無理もないわ。
情報通のアニエス様は、きっと主催の侯爵家とモンタニエ公爵家の仲が良くないことを知っているもの。
「お誘いがあったからですわ! それよりも先日は丁寧な結婚祝いのお手紙をありがとうございました!」
「……ひっ! て、がみ……」
なぜか小さな悲鳴をあげるアニエス様。
「あまりにも嬉しかったので、ちょっとだけ長い返事になってしまって申し訳ございませんでしたわ」
「あ……あれが…………ちょっと……」
「はい!」
「フルール様! よろしくて? あの、て、手紙……? のどこがちょっ……」
アニエス様が照れながら私に手紙の感想を言ってくれようとしたその時だった。
「───おや、アニエス嬢? そちらの方は? 君の友達かな?」
私の大親友のアニエス様の肩を抱くようにして、とってもキラキラした感じの男性が突然現れた。
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