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151. 話し合いを終えて
しおりを挟む私はひょこっと扉から顔だけ出して廊下の様子を探る。
招待した令嬢たちがぞろぞろ廊下を歩いているので、どうやら“話し合い”は無事に終わった様子。
「───終わったみたいだね?」
「はい」
リシャール様にそう返事をしながらキョロキョロと視線を動かす。
そして、とある令嬢を見つけた。
(……あれは、サンドバッグ令嬢!)
彼女は私に言った。
あの男を人間サンドバッグにしてもいいですか? と。
私はお好きにどうぞ、と言って見送ったけれど……
(すごい! やりきった感満載のとってもスッキリ爽やかな笑顔を浮かべているわ!)
「旦那様……!」
「うん?」
「彼はいい感じの人間サンドバッグになったかもしれません!」
「人間サンドバッグ……」
リシャール様が苦笑する。
そして私は次に別の令嬢に目を向けた。
(……はっ! あちらは、顔面崩壊令嬢!)
彼女は私に言った。
口で語るより顔面が崩壊するまで拳で語ってもいいですか? と。
もちろん、こちらもお好きにどうぞ、と言って見送ったけれど……
(こちらもやりきった感満載の笑顔で拳を掲げているわ……)
どうやら拳で語り合えたらしい。
「旦那様……!」
「うん? 今度はどうなった?」
「無駄にキラキラ眩しかった彼の顔面は崩壊しているかもしれません!」
「へぇ……それは目と環境に良くなったね」
「はい!」
私は大きく頷いた。
それで、肝心のフラフラ男とフラフラ父はどんな状態なのかしら?
と思い確かめようと再び視線を動かしていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ちょっと! そんな所から顔だけ出して何をしているんですか、フルール様?」
「アニエス様!!」
その声に振り向いた私は部屋から飛び出すと勢いよくアニエス様の元に駆け寄った。
勢いがよすぎたのかアニエス様が小さく悲鳴をあげた。
「ひっ!? 怖っ……!」
「アニエス様! 話し合いはどうでした?」
「……」
アニエス様が無言で後ろに視線を送る。
その視線の先にいるのは───……
(まあ!)
そこにはぐったりした様子のフラフラ男がいた。
やはり、人間サンドバッグになったり顔面が崩壊するように狙われただけあって、ボコボコ男へと華麗に変貌を遂げている。
(キラキラが無くなったわ)
何だか一気に老け込んだ感じ。
そしてぐったりとその場にへたり込んでいるのは、身体より精神的ダメージが大きいからなのかもしれない。
また、その横ではこちらも魂が抜けたような顔で呆けた顔で、かろうじて立っているだけのフラ父の姿も見える。
(まさに廃人親子!)
「アニエス様……凄いことになっていますわ! いったい中ではどんな話し合いが行われたのです?」
「それは───……とても一言では言えないわ」
私が興味津々で訊ねるとアニエス様はフフッと笑った。
そんなアニエス様の顔もスッキリしたように見えるので、求婚は取り下げてもらえたのかも。
「では、慰謝料はどうなりました?」
「増額しましたわね」
「ぞ……」
本当に増えていた!
やっぱり慰謝料ってどんどん増えていくものなのよね。
私はうんうんと頷く。
そうして最後に女性を舐めてかかったからよ!
という意味で二人を睨みつける。
私と目が合ったフラフラ男は小さな悲鳴をあげると、どんどん顔が真っ青になっていった。
「───それよりも、フルール様!」
「はい?」
フラフラ男に気を取られていたら、アニエス様がキッと目を釣りあげて私の名を呼んだ。
「今日、あなたを見かけてからずっとずっと言おうと思っていたことがあります!」
「まあ、アニエス様が私に?」
今日は何のアドバイスを貰えるのかしら?
私は期待の眼差しでアニエス様を見つめる。
「フルール様! 今日のその格好はなんなんですか!!」
「え?」
私は首を傾げる。
そして少し遅れて今日の自分が“悪役夫人”になっていることを思い出した。
「きょとんとしている場合ではないでしょう! いつもは着ない大胆なデザインのドレスに、縦に巻かれたゴージャスな巻き髪に、いつもよりも濃いメイク……あなた頭でもぶつけてご乱……」
「これは悪役夫人ですわ!」
「は?」
アニエス様の顔が怪訝そう。
「今日の私は“悪役夫人”なんですの!」
「は?」
アニエス様が、ポカンとした顔で私を見た。
リシャール様は何がおかしかったのか私の横でクククッと肩を震わせて笑っている。
「悪役……夫人?」
「そうですわ!」
「それって悪人……よね?」
アニエス様には悪役夫人がピンときていないみたい。
「ほら、今日の私はあちらの候爵親子を徹底的に追い詰めると決めていたでしょう?」
「え? それが……?」
もう少し説明してみたけれど、アニエス様はそれでも意味が分からないという顔をする。
「ええ! だって、わざわざ呼び出して追い詰めるなんてまるで物語の悪役みたいでしょう?」
私はババーンと胸を張る。
「フルール様、そ……それで、その格好?」
「そうですわ! 私の愛読書に出てくる悪女を参考にしましたの!」
「愛読書の悪女……?」
(あら?)
てっきり、アニエス様のことだから、
───悪役夫人に悪女だなんて……! いったいなんて本を参考にしているのですか! 公爵夫人らしく、もっと教養ある本をお読みになったらどうなんです!?
と、公爵夫人の心得を説かれると思ったのだけど……
(おかしいわね。アニエス様が固まっちゃった)
「アニエス様?」
「はっ! ま、まさか……」
アニエス様が目を大きく見開いて私を凝視する。
何だか身体まで震えている。
「そうよ……! 縦に巻かれたゴージャスな髪は……縦ロール! 露出の多いドレス、そして派手な化粧!」
「?」
「愛読書は───悪女は今日も愉快に嘲笑うシリーズ……?」
アニエス様が呟いたその言葉に私はハッとする。
「フルール? どうかした?」
「あ、いえ。えっと……」
「ん?」
私はリシャール様に、物凄く大好きな本の名前をアニエス様の口から聞いたのだと説明する。
「え? つまりそれってフルールと伯爵令嬢は……」
「……アニエス様。今のはもしかしなくても───」
私の声掛けにアニエス様もビクッとした。
そしてじっと私を見つめる。
「……フ、フルール様も?」
「……」
私はコクリと頷く。
私とアニエス様の目がバッチリ合う。
「え? 何この空気……いつもと違う」
私とアニエス様の様子にリシャール様が困惑している。
けれど今はそれよりも驚きの方が大きい。
(なんてこと!)
まさか、アニエス様まであの本の読者だったなんて!!!!
趣味が合う……ああ、さすが大親友!
同じ本を愛する者同士───そうと分かるとここは語らずにはいられない。
「アニエス様……私、毎回、ラストで悪女が崖の上で高笑いするシーンが大好きなのです」
「くっ! 分かるわ! あれは最高に気持ちよさそうなのよね……!」
「実は私……いつかやってみたいとも思っているのです!」
私たちは有名シーンを熱く語り出す。
「え? 待って? 崖の上で高笑い? どういう状況? 危ないし意味分からない! フルール、早まらないでくれ!」
あのシリーズ本の最高とも言えるシーンなのだけど、本を知らないリシャール様はどうやら困惑しているみたい。
「旦那様……ご安心ください。今度、お貸ししますわ!」
「う、うん……分かった」
「旦那様も仲間になりましょう!」
なんて話を呑気にしていたら───
「…………モ、モンタニエ公爵夫人! よ、よくも……!」
ようやく抜け出ていた魂が身体に戻ってきたらしいフラ父が私に対して怒鳴り始めた。
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