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153. 可愛い悪役夫人(リシャール視点)
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(フルール、ノリノリだなぁ)
僕は目一杯悪女になろうとしている可愛いフルールを見ながらそう思った。
これ、絶対に“悪役夫人フルール”を楽しんでいる。
特に大親友らしいパンスロン伯爵令嬢と愛読書が被っていることが判明してからは、よほど嬉しかったのか、かなりノリノリになったように思う。
(可愛いからいいんだけど)
肉食夫人だろうと悪役夫人だろうとフルールはフルールだ。
そんなことを考えながらフルールに目を向ける。
いつもと違う雰囲気を漂わせているのに、やっぱり可愛いフルールは、笑顔で候爵親子を追い出しにかかっている。
やはり、フルールは強い。
候爵親子は困惑しながら抵抗を試みているようだが完全にフルールに負けている。
(悪役どころか君は正義の味方だよ、フルール)
フルールは全く気付いている様子がないけれど、
今日、集まってもらった令嬢たちだけでなく、あのパンスロン伯爵令嬢までもが今、悪役夫人フルールに見惚れている。
パンスロン伯爵令嬢の気持ちはいまいちよく分からないけれど、ここに集まった被害者令嬢たちの気持ちなら僕も分かる気がする。
交際を申し込まれ、結婚まで考えていた男に騙されて捨てられた。
それでも身分の問題から抗議の声すらもあげることが出来ず、頼れるは人もおらず泣き寝入りするしかなかった令嬢たち。
そんなところへフルールが突然、目の前に現れて、
「傷付いた分のお金、請求しちゃいましょう!」
「言いたいことはビシッと言ってやりましょう!」
そう言って手を差し伸べてくれた。
(嬉しかっただろうな)
集まった人数からも令嬢たちのそんな気持ちが窺える。
今日、ここに集まっているのは伯爵令嬢以下の身分の令嬢たちだ。
彼女たちにとってフルールの存在はとても眩しく見えるに違いない。
(これ、悪女ブームがやって来るんじゃないか?)
強くて逞しい令嬢たちがこれからの社交界をグイグイ引っ張っていく光景が目に浮かぶ。
そして、きっとそのブームを作った張本人は、自分がきっかけだとも欠片も気付かずに
「皆、元気いっぱいで素敵なことですわ!」とか言ってニコニコ笑うんだ。
そんなことを思ってフルールに視線を向けたら、僕とパチッと目が合った。
にこっと満面の笑みを浮かべたフルール。
どうやら、候爵親子の追い出しに成功したわ、嬉しいという笑顔のようだ。
(可愛いなぁ)
だけど、今すぐあの高笑いをするために、どこかの崖に向かって走っていきそうな気配がするのが少しだけ心配だと思った。
「旦那様!」
「フルール、お疲れ様。大丈夫?」
「ええ!」
ボコボコのボロボロになった候爵親子をやや強引に追い出し、集めた令嬢たち全員を見送ったフルール。
疲れているはずなのに、フルールはなぜか元気いっぱいだ。
「旦那様、アニエス様や令嬢たちにも確認したのですが、慰謝料の支払い一応頷いたそうですわ」
「へぇ?」
あの金額を?
最初の提示でもなかなかだったのに。確か増額したんだろう?
全額払うには相当な財産を手放す必要があると思うんだが……
「ですが、あのような性格の人たちですから、いつ反故にされるかは分かりません。まだまだ安心は出来ませんわ!」
(こういう所は慎重)
「分かった。僕からも注視しておく。念の為に裁判の準備もしておくべきかな」
「お願いします。私はこの後もどんなことが起きても対処出来るように更なる弱みを握っておくことにしますわ」
(さらっと物騒なことを……)
思わず苦笑する。
「弱み?」
「ええ! あの二人はまだまだ叩けば埃が出ると思いますのよ!」
「……」
私の野生の勘がそう言ってますわ、と言って微笑むフルール。
候爵親子には気の毒だが、
最強令嬢改め、最強公爵夫人(予定)でもあるフルールを敵に回したこと……全てを失ってから後悔するといい。
「あ、そうですわ、旦那様!!」
「どうしたの?」
策士のような顔をしていたフルールが一転、いつもの無邪気なフルールに戻った。
フルールは僕の服の裾を少しつまんで引っ張ると上目遣いになって僕の顔をを見上げる。
(───可愛い!!!!)
あまりの可愛さに鼻血が出そうになり慌てて鼻を押える。
そんな僕の気も知らない無邪気なフルールはニンマリ笑う。
「今夜……」
「え?」
「旦那様、今夜は眠らせませんので、覚悟してくださいませ!!」
「ね……え? フルール? それって……」
「ふふふ」
(ね、眠らせないだって!? これはまさか、フルールからの夜の誘い……!?)
こんな日が来るなんて!
僕は再び大興奮して鼻を押さえた。
────なんて期待を抱いた僕は、自分の考えが完全に甘かったことを知る。
そう。
だって相手はフルールなのだから。
───その夜。
「────旦那様! ほら見てください! ここ、ここが最高のシーンなんです!」
「う……うん」
「崖の上で高笑いしていますでしょう? これがかっこいいのです!」
目はキラキラで頬を紅潮させながら、本を片手に興奮気味に語るフルール。
今、僕の目の前には可愛いフルールと、彼女の愛読書『悪女は今日も愉快に嘲笑う』がある。
(…………そう来たか)
甘い甘い夜を期待して胸をときめかせていた僕の目の前にはこれでもかと積まれた本の山。
「シリーズは十冊に及びますのよ! 全部伯爵家から持参して来ましたわ!」
「思っていたより多いんだね。大人気なんだ?」
「いえ、実はそんなことはなく。ですが一部の絶大なファンに支えられているそうですわ」
「一部の?」
それはまた意外な……とも思うけど、悪女が主人公となると案外そういうものなのかもしれない。
「ですから、アニエス様が同じ本を好きと知って嬉しいんですの」
「フルール……」
「今日は慌ただしく帰ってしまいましたけど、今度、ぜひじっくり語り合いたいですわ」
騒動の後、フルールはパンスロン伯爵令嬢と話したそうにしていたけれど、彼女も今回の件に巻き込まれている一人。
急いで帰宅して求婚の取り下げについて家に報告しないといけなかったようだ。
(本当にフルールは彼女のことが好きだな)
最初は明らかにフルールの片思いのように思えたが、最近の彼女の様子を見ていると相思相愛にも見えて来る。
きっと伯爵令嬢はフルールのペースに巻き込まれていつも間にか絆されてしまったんだろうな。
僕はそっと手を伸ばしてフルールの頭を撫でる。
「旦那様?」
「……」
あとは寝るだけとなったフルールは、もう昼間の悪役夫人っぽい雰囲気はなくなり、いつものあどけないフルールだ。
「フルール。もしも今後、高笑いするために崖に行きたいと思った時は絶対に一人では行かないと約束してくれ。必ず僕にも声をかけてくれないか?」
「え?」
もちろん、理由は心配だから───……
「分かりましたわ!」
フルールが笑顔で大きく頷く。
分かってくれたかとホッと胸をなで下ろした……が。
「旦那様も、私が崖の上で高笑いする姿が見たいということですわね!?」
「え?」
フルールが目を輝かせながらグイグイ迫って来る。
(どうしてそんな解釈に?)
「……」
「旦那様?」
「全く! フルールは……」
僕は手を伸ばして、不思議そうな顔をしているフルールをギュッと抱きしめる。
「旦那様? どうしましたの? 悪女は今日も愉快に嘲笑うを読……」
「───うん、あとでゆっくり読ませてもらうよ。でも今は───」
「今は?」
(フルールが欲しい)
「きゃっ!?」
僕はフルールを抱き抱えると、ソファから移動してそのままベッドの真ん中へ運ぶ。
「えっと……?」
「これからは夫婦の時間だよ、フルール」
「ひえっ!?」
僕はフルールの髪をひと房手に取るとそっとキスを落とす。
そして静かに顔を上げると顔を真っ赤にして固まっているフルールがいた。
(───愛しい)
僕は苦笑しながらフルールの頬に手を添えると、そっと顔を近づけた。
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