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156. 結婚式前日に……
しおりを挟む以前、兄大好きを盛大に拗れさせたあげく、王女殿下の企みに加担してリシャール様を追いやったジメ男。
ここに来てまさかの登場。
(驚いたわ……)
少し前にリシャール様に「生きてますの?」と、聞いたら“まだ戻って来る気はないみたいだ”とだけ言われていた。
「お前、まだ帰ってくる気はない、と言っていたじゃないか」
「……そうですが、明日が兄上の結婚式なのでさすがに挨拶をと思って……」
ジメ男がリシャール様に向かって照れた様子でそう口にする。
その後、ジメ男が私に視線を向ける。
私と目が合うと、ジメ男はぐっと怖い顔になった。
(なるほど……大好きな兄上の嫁にちゃっかり収まりやがってという目ね?)
負けない!
(ジメ男がどう思うとも、あなたの大好きな兄上が選んだのは私なのよ!!)
私は胸を張ってふふんっと微笑んだ。
そんな私の挑発を感じ取ったジメ男の顔がカッと赤くなる。
「……くっ! もう…………丈……と思ったのに」
そうして何やら呟いたジメ男は私から勢いよく目を逸らした。
勝った!
「……? フルール。さっきから何を遊んでるの? とりあえず弟を中に入れてもいいかな?」
「遊んだつもりはありませんでしたが……大丈夫ですわ」
なんて呑気な!
これは決して遊びではなく……リシャール様、あなたを巡る戦いなのよ!
私とジメ男はライバルなのだから!
そう言いたいけれど、主人公のリシャール様にそのことをわざわざ明かす必要は無いわね。
こういう戦いは影で繰り広げるものだから。
それよりも、きちんと私の意思確認を取ってくれる夫、リシャール様。
なんて律儀なのか。私はそのことに内心で大きく感動していた。
(───ところで)
帰って来たジメ男を部屋に招き入れ、向かい合ってお茶を飲みながら私は思う。
(本名なんだっけ?)
過去に二~三回は聞いた気がする。
なのに全く印象に残らないジメ男の本名は記憶のどこにも残っていない。
(ま、いっか!)
猛省して心を入れ替えた分、前のようなジメジメした雰囲気は薄れているけれど、ジメ男が一番しっくりくるもの。
それに会話をしているうちにリシャール様が名前を呼ぶかもしれないし。
「それで? 帰ってくる気はまだ無いと言っていたが、お前は僕に挨拶するためだけにわざわざ?」
「え、あ……結婚式への参列を許してくれた兄上と…………あ、あ、義姉上……にお礼を言っておこうかと思った……んだ」
私はハッとする。
義姉上……この言葉を発する時、声が上擦っていたわね?
ジメ男はやはり私にまだライバル心を燃やしているのね!!
もちろん、私も愛する夫のためにも負けられないと受けて立つ。
しかし……
(……どのフルールで戦おうかしら?)
悪女?
いえ、これだと“兄上の妻が悪い女”だと喚かれたら面倒よね。
貞淑な妻?
いえ、これだと“何でも兄上の言いなりなつまらない女”かと見下される可能性があるわね。
(さっきは勝ったけれど、リシャール様への想いは絶対に負けられないのよ!)
「……あ、あの、あ、ああ義姉上……」
眉間に皺を寄せてどのフルールで戦うかを真剣に悩んでいたら、リシャール様と話していたはずのジメ男が頬を赤く染めて照れ臭そうに私に声をかける。
(……?)
ジメ男がじっと私の顔を見つめる。
それがまた何だか妙に熱い視線だと思った。
これは、リシャール様大好きのライバル心メラメラとは少し違う……?
まさか───
(はっ! そうよ……どうして私、忘れていたのかしら)
きっと、ジメ男の目的は戦いだけでなく私と───
「……分かりましたわ」
「え?」
「フルール?」
兄弟二人が仲良く私の顔を見る。
私はジメ男の方の顔を見て頷いた。
「私───あなたの気持ち、受け入れますわ!」
「……っ!? え、ぇぇええ!?」
「フ、フルール!? ほ、本気で言っているのか!」
私の発した言葉に二人が仲良く慌て出す。
そんなにも驚かれるなんて、と私の方が驚いた。
「ええ、本気よ。まだ、受け入れるのは少し早いかもとは思ったけれど」
「待っ……え、あ、い、いや、僕……は」
「…………フルール」
怪訝そうな表情をするリシャール様ににっこり笑いかけたあと、私はふぅ、と息を吐きながらジメ男の顔を見る。
「あなた、たくさん猛省して、罪も償ったのでしょう?」
「そ……れは」
ジメ男は取り調べの後は暫く収容されていたものの、出所後は労働して暮らしているのだと聞いてはいた。
それもちゃんと自分の得意そうな分野で。
私はジメ男に向かってにっこり微笑む。
「ですから、受け入れますわ───お兄様大好き同盟」
「え!」
「は?」
「前は拒否させていただきましたけど、今なら同盟を結んでも構…………って、二人揃ってその顔は何ですか?」
二人がポカンとした顔で私を見ている。
「……あ、い、いや……」
「フルール……」
リシャール様が苦笑しながら私を抱きしめてきた。
(変なリシャール様ね?)
そのままの体勢でされるがままになっていたら、ジメ男がまた私に声をかける。
「───あああ義姉上!」
「何かしら?」
「し、幸せですか?」
「え?」
「兄上と結婚して……幸せ、ですか?」
そんなの答えは一つに決まっている。
私はとびっきりの笑顔で微笑んだ。
「もちろん! とっても幸せですわ」
「!」
ジメ男は嬉しそうな、でもどこか寂しそうな顔で微笑んだ。
こうして無事にお兄様大好き同盟を結び終えた私たち。
リシャール様とジメ男は兄弟水入らずの会話があるようで色々と話し込んでいる。
私はその光景を微笑ましく見守っていた。
(良かった……)
二人の間に変なわだかまりが出来てしまっていたら……と、心配していたけれど考えすぎだったみたい。
(やっぱり国宝は懐の深さが人とは違うわね……)
改めてリシャール様の凄さを実感する。
にこにこ微笑みながらお茶に手を伸ばそうとしたらポットの中が空っぽだと気付いた。
「お茶……」
お代わりをもらおうと思ったら、ちょうどメイドが新しい飲み物を運んで来た所だった。
「こちら、坊ちゃんの手土産です」
坊ちゃん?
ああ、ジメ男のことね?
ジメ男が坊ちゃんじゃない! なんて真っ赤な顔で憤慨している。
可愛い呼ばれ方をしているのね? 結局名前が思い出せなくて不明だわ~
そう思いながら私はテーブルに置かれたグラスを手に取ってグビッと飲み干す。
その瞬間、メイドが叫んだ。
「───ひっ! 奥様! 奥様の分はこちら……で、それはご主人様用の……!」
「……え? ご主人様用って……」
「しまった! 酒……アルコールか! フルール!」
「え? 兄上?」
(ん~? ……身体がポカポカして来たわ)
「フルール……! た、頼む……正気でいてくれ……」
「奥様ーー!」
リシャール様とメイドが必死に私の身体を揺さぶってくる。
(ふふ、ホワホワする……)
真っ青になって叫ぶメイド。
とにかく慌てている愛する夫、リシャール様。
きょとんとした顔のジメ男。
「……」
そんな三人それぞれの姿が面白く思えて私はにこっと笑った。
────大事な大事な結婚式の前日。
よりにもよってその日、ついに第一回モンタニエ公爵家によるフルール夫人追いかけっこ祭りが開催された───……
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