王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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157. 第一回、公爵家の追いかけっこ祭り

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❇❇❇❇❇


「あ、兄上!  違います、義姉上はあっちです!」
「なにっ……!  あっ!」

 弟のその声に僕は顔の向きを変える。
 すばしっこいフルールの姿が一瞬だけ見えた。

「くっ!  素早い!  フルールーー!」

 僕は必死に愛しい妻の名を呼ぶ。




 またしても誤って酒を口にしてしまったフルール。
 これまた可愛い顔でにこっと笑ったフルールは、突然立ち上がって「この部屋は暑いので外に行きますわ」と言って止める間もなく部屋を飛び出した。

(こんなにも早く追いかけっこ祭りが開催されるとは……!)

 明日は僕らの結婚式なんだぞ!?
 酒を手土産にと持ってきた弟をついつい恨みたくなるが、こいつは何も知らない。
 メイドもきちんとフルール用に別の飲み物を用意してくれていた。
 ……タイミングが悪かっただけ。

「……あ、兄上。義姉上はいったい……」
「フルールとアルコールは混ぜてはいけないんだ。もし、混ぜるなら最善の注意が必要になる」
「え……」

 弟が絶句している。

(今日は、こいつの前で脱がなかっただけ良かったと思うべきか……)

「一応、邸の使用人たちにはいつか起きるかもしれないと、この話はしてあった」
「え、それってどういう……?  兄上……?」 
「───第一回、モンタニエ公爵家のフルール追いかけっこ祭りだ!」

 え?  とか、は?  とか言ってオロオロしている弟を置いて僕は走り出す。
 早いうちにフルールを捕まえて寝かせてしまうのが一番いい。

「───フルール!  止まるんだ!」
「あ、旦那様~!」

 フルールは元気に走り回りながら僕に手を振っている。

(バイバーイじゃないんだよ、フルール!)

 その笑顔は可愛いんだけど!
 今じゃない!  今じゃないんだっっ!

「奥様ーー!」
「ご主人様!  奥様の足の速さは想像以上でございます───」
「見つけた!  と思ったらすぐ別の場所に移動しているんですけど!?」
「わ、分かっている……」

 フルール、公爵家に来てからも走り込みの鍛錬を欠かさなかったもんなぁ……
 元々、自慢の足にますます磨きがかかったんじゃないか?

(シャンボン伯爵家はこんなことを四回も……)

 フルールが僕の元に嫁ぐ前日の夜に開催されたというフルール追いかけっこ祭り。
 迎えに行った時の使用人たちの屍の山……あれは凄かった。
 四回目で慣れていたってあれだぞ?
 初めての公爵家の使用人たちはどうなるんだ!?

「兄上……ぼ、僕はどうすれば……」
「いいからお前もフルールを捕まえるのを手伝え!」
「は、はい!」



 そうして、モンタニエ公爵家総動員でフルールを捕まえるべく奮闘しているが───

「ご、ご主人様……」
「これ以上は、む、無理ですよ……」
「前々から思ってましたが奥様は本当に……人間、なのでしょうか?」

 早くも脱落寸前の我が家の使用人たち。

「兄上……こ、これはもう義姉上が体力を使い果たすのを待つべきでは……?」

 体力のない弟もヘロヘロになり早々に音を上げている。
 そんな体力でフルールのことを狙っていたのか、こいつは!

「無理だ。フルールの体力はドーファン辺境伯が認めるほどだからな」
「え……ドーファンってあの……精鋭?」

 弟の顔がサーッと真っ青になっていく。

「ちなみに少しの間だが弟子入りもしていた!」
「あーねーうーえーーーー!?」
「分かっただろう?  本人に自覚はないが、フルールは最強令嬢で……そして今は最強の公爵夫人なんだ!」

 僕の言葉を聞いて弟は頭を抱える。

「兄上……僕の手には負えません!」
「だろうな。お前でもその辺の男でも無理だ」
「うぅ……」

 弱音を吐く弟を置いて僕はフルールの元に走り出した。



「フルール!」
「まあ、旦那様ですわ~!」

 ようやく姿が見えたフルール。
 愛の力なのか、僕の声に立ち止まってくれた。

「フルール?  そろそろ部屋に戻らないか?」 
「旦那様?」
「ほら、明日は待ちに待った僕らの結婚式だよ?」
「ええ!  憧れのウェディングドレスですわ!」

 フルールが満面の笑みでそう答える。
 憧れていたのか!
 よしよし、いい感じだ。
 僕はじりじりとフルールへと近付く。

(あと少し……)

「そう!  僕もフルールのウェディングドレス姿を楽しみにしているんだ!」

(あと少しでフルールをこの腕に囲い込める……)

 フルールは試着の時から、秘密です!  当日の楽しみにしていてくださいませ!
 そう言ってウェディングドレス姿を見せてくれていない。

「だからもう部屋に戻ろう?  今夜はゆっくり休んで明日に備え……」
「……旦那様」

 にこっ
 フルールがいつもの可愛い顔で笑う。
 ダメだ!  
 フルールがこの笑顔を見せる時は───……

「───いいえ、ドキドキするので心を鎮めるために、もう少し走りますわ!」

(やっぱりだーー!)

「フルーーーール!」

 あと少し……という所でフルールは再び走り出した。
 どうすればいい?
 せっかく少しだけ足を止めてくれたのに。
 どうすればフルールは……

 そこでハッと気付く。

(アンベール殿の話だとフルールは僕の顔が好き……なんだよな?  そうだそれに……)

「……っ!」

 背に腹は変えられない!
 可愛いフルールと無事に結婚式を迎えるため!
 僕は大きく息を吸った。

「───そこまでだフルール!」
「!」

 ピクッ
 フルールが僕の声に反応し、足を止めた。

「だ、旦那様?」

(フルールがゾクゾクするという低めの声のトーンで呼びかけてみたが……)

 そっと振り返ったフルールの頬が赤く染っている。
 これはいい感じかもしれない。

(……で、冷たく微笑む?  こんな感じか?)

 僕はフルールが好きそうな冷たい微笑みを浮かべて声のトーンも低いままで話を続ける。

「───これ以上、走るのはそろそろ止めてもらおうか?」
「~~~~!!!!」

 フルールの目がこれでもかと大きく見開く。

「────いいか?  フルール。君は……」
「だ、旦那様~~!!」
「え!?」

(フ、フルールが……自ら僕に飛び付いて来た……だと!?)

 よく分からないけれど、顔を真っ赤にして涙目のフルールが僕に飛び付いてきた。
 逃がしてなるものかと反射的に僕はギュッとフルールを抱きしめる。

(これは、か、確保でいいのか?)

 あっさりし過ぎたので、逆に戸惑ってしまう。

「旦那様……」
「えっと、フルール?」

 フルールがうっとりした目で僕を見つめる。

「……もっともっと、その美しい顔と目で私を見つめてその声で、私を罵って…………下さいませ」
「っっ!」

 息を飲んだ僕はフルールの要望通りしっかり目を見つめて冷たい声で訊ねる。

「───なら、このまま大人しく部屋に戻るか?」
「……はい!」

(……つ、捕まえた!)

 だが!
 この後はどうすればいいんだ?
 とりあえず顔と声のトーンはこのままキープして……

(肝心の罵る、というのが厄介だぞ?)

 フルールを横抱きにして部屋へと運びながらどうすべきかグルグル考える。

 ちなみに、さっきから使用人たちと弟からの視線がすごい。
 泣いて喜んでいるんだが?
 よくある物語の世界を救った勇者ってこんな目で見られているんじゃないか?
 そう思った。

「旦那様……」
「なんだ!」

 そんな中、フルールが僕に呼びかけてくる。
 冷たく睨み冷たい声で言葉を返すと、フルールはとっても幸せそうに笑った。

「ふふふふふ、大好きですわ」
「~~~~っ!  そ、それで絆されると思うなよ!」
「ふふふふふふ~」
「くっ!」

(無理だ……可愛いすぎる!)

 改めて思った。
 僕は一生、フルールには勝てない。


 ちなみに、フルールは部屋に運んだ時には力尽きていて、
 そのまま爆睡して朝まで目覚めることはなかった。

 そしてもちろん、記憶もなく───……


 こうして、僕らの結婚式前日はドタバタで過ぎていった。
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