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170. 大親友が教えてくれた
しおりを挟む「……では、カップを素手で粉砕しなくても“最強”になれます?」
「は?」
アニエス様は眉をひそめた。
「当然でしょう? だいたいフルール様はとっくの昔に最……」
「アニエス様ーー!」
「ひぃっ!?」
私はアニエス様に抱きついた。
やっぱり持つべきものは大親友!
居てくれてよかったですわ。
「な、なんで抱きつくのですか!」
「もちろん、大親友だからですわ」
私は満面の笑みをアニエス様に向ける。
「は!? あなた、親友とか言えば何でも許されると思ってないかし…………ああ、もう! その顔! その締まりのない顔はやめなさい!」
照れ屋さんなアニエス様は恥ずかしくなったのか勢いよく私から顔を背けた。
「───ところで! どうしてそんな腕力とは! みたいな話になっているのですか!」
「え?」
アニエス様は顔を逸らしたまま、私に訊ねる。
「それはニコレット様とジメ男が“腕相撲”という名の力比べをしていたからですわ」
「は?」
「それで私も昨夜、リシャール様と激しい闘いを───」
「待って、待って、待ちなさーーい!」
焦った顔のアニエス様が話を遮る。
逸らしていたはずの顔がこっちを向いているので私たちの目が合った。
「全然、話が見えない! ニコレット様の相手? ジメオ? その明らかに不審な名前の男はどこの誰なのですか!」
「義弟ですわ」
「……は?」
私がにっこり笑って即答するとアニエス様の顔が引き攣った。
そしてそんな引き攣った顔のまま私に聞き返す。
「義弟って……」
「はい! ですから、モンタニエ公爵───リシャール様の弟ですわ!」
「……モンタニエ公爵の…………弟!」
「はい、弟ですわ」
「……」
アニエス様は深そうなため息を吐いた後、私の肩をガシッと掴んで前後にガクガクと揺さぶる。
ふふ、今日もアニエス様は元気いっぱい!
「あなたね!? なんで義弟をそんな呼び方しているのですか! 彼にはきちんとした名前の───」
「だって、ジメジメしていたんですもの」
「ジメジメ!」
「義弟は心を入れ替えて脱ジメ男を目指して頑張っていますが、油断するとすぐにジメジメするので、やっぱり“ジメ男”がしっくり来ますの」
私はジメ男がニコレット様の元に弟子入りしていることも加えて説明する。
「……フルール様。あなた、もしかしてですけど」
「はい!」
私は笑顔で元気よく答える。
アニエス様は、またしても深ーーいため息を吐きながら言った。
「あなたがこれまで対峙した男性たち……実は皆のことを影でそんなおかしな名前で呼んでいたのでは……?」
「まあ!」
「いくらなんでも、さすがにそこまでは無い、わよね……王子殿下とかもいるわけだし……」
「ふふ───さすがアニエス様ですわね!」
やっぱり、私のことをよく分かってくれている!
私が手を叩いて喜んだらアニエス様の笑顔が固まった。
「最近で言えば、アニエス様を黙そうと企んだ婚約詐欺男のことはフラフラ男で、その父はフラ父と名付けましたわ!」
「……フラ……」
「もっと遡れば……貧弱王太子……いえ、貧弱しなしな王太子、今は、げっそり王子とかもありますわね」
「不敬! 不敬なのに誰のことなのか分かってしまうのが恐ろしい……」
アニエス様が頭を抱える。
「他にもペラペラ男……我儘令嬢に気の毒王子……」
「まともなのが無いじゃないの!! ……ん? それならフルール様。ちなみにあなたの夫のモンタニエ公爵様のことは……?」
「国宝ですわ!!」
私が当然! という顔で胸を張ると突然アニエス様がその場に崩れた。
これにはさすがの私も驚く。
「アニエス様?」
「国宝……ふふ、ふふふ。いつかどこかで聞いた……あの意味不明な国宝発言…………謎が、ついに解けた…………」
「……?」
「フルール様はどんな趣味を持っているのかと密かに思っていたけれど、人間のことだったなんてーーーー」
「だってリシャール様って、とっても美しいではありませんか」
私はいつでも溢れんばかりの輝きを持った美しい夫を自慢する。
「だとしても、その呼び方は独特すぎるでしょうーー……!?」
アニエス様は両手で顔を覆って泣きながら、私のネーミングセンスを大絶賛してくれた。
────
「───それで、力比べとニコレット様がなんですって?」
一通り感動し終えたアニエス様は、どうやら落ち着きを取り戻したみたい。
話題は腕力の話に戻る。
私はそのまま、ニコレット様とジメ男の話をして、昨夜のリシャール様との激しい夜の闘いの説明を終える。
するとアニエス様は突然、また笑い出した。
「ホホホホホ! …………本っ当に投げて来たわね!? モンタニエ公爵……」
「アニエス様……お言葉ですが私、リシャール様と物の投げ合いはしたことがありませんわ?」
「は? ちょっと混乱するからお黙りなさい! フルール様!」
「!」
アニエス様の思考の邪魔になってはいけないので私は口を噤む。
その後、しばらくブツブツ何かを言っていたアニエス様が私に訊ねる。
「カップの粉砕の話が出てきた件は理解しましたけど……ねぇ、フルール様」
「……?」
私はアニエス様に顔を向ける。
「あなた、ニコレット様と義弟……モンタニエ公爵の弟……えっと、通称ジメ男? の二人の様子を見ていて何も思いませんの?」
「……?」
よく意味が分からず首を傾げる。
アニエス様がそんな私の顔を見て何かを察したように呟く。
「フッ……人妻のはずなのに、恋愛のネジが行方不明になっていそうなフルール様にこの質問は愚問だったようね……!」
「……?」
「と、いうか…………いつまでも黙られていても不気味なので、何か言ってくれません!?」
発言の許可を貰えたので、私は待っていましたとばかりに口を開く。
「よく分かりませんが、師弟愛最高! そう思っていますわ!」
「……師弟愛!」
「師匠と弟子ですもの」
私がそう答えたらアニエス様は、再び笑い出した。
「ホホホホホ! ……純粋! どう育ったらこうなるの……」
「アニエス様? えっと、シャンボン伯爵家ではよく食べてよく眠───」
「そういう意味ではありません! フルール様の大食いは嫌でも知っていますから! もう……」
苦しそうに息を切らすアニエス様。
大丈夫かしら? と心配になる。
「いいですか? フルール様。間近で二人を見てみないとハッキリとは言えませんが、わたしにはその二人の関係がただの師弟愛だけには思えません」
「違うのですか?」
「ええ。あくまでも……あくまでも推測ですけどね!?」
アニエス様は何度も何度も何度も何度も何度も何度も念を押してから私に説明した。
(なんてこと!)
アニエス様からその話を聞いた私は、急いで公爵家に戻る。
(これは確かめなくちゃ……!)
私は愛する夫の元へと駆け込む。
「旦那様! 大変ですわ!!」
「フルール!? もう帰ったの? もっとゆっくりしてくるのかと……」
「そのつもりでしたが、重要な事実が判明しましたので!」
「え……?」
リシャール様が、何事かと目を丸くする。
そんなリシャール様に向けて私は真剣な表情で言う。
「───旦那様! 第一回、モンタニエ公爵家、腕相撲力比べ大会を実施しましょう!」
「は? え?」
リシャール様の目はますます大きく見開かれた。
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