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171. 妻の思惑(リシャール視点)
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フルールは目をキラキラさせてにこにこしながら僕が頷くのを待っている。
(出た、フルールのどこから来た発言!)
そこに意味があるのか無いのか……全く分からない。
なのになぜか最後は全てが丸く収まってしまうという……ある意味恐ろしい。
だから、これもきっと意味のあることなのだろう。
───だが!
「フルール!? ごめん、意味がよく分からない。えっと……」
「ですから、腕相撲力比べ大会を──」
「いや、そっちじゃなくて! そもそも慌てて帰ってくるほど判明した重要な事実って何?」
そう、フルールは大親友のパンスロン伯爵令嬢の元に行って来たというのに帰宅が早かった。
その理由はなんだ?
まずはそこを話してくれないと分かるものも分からない。
「え?」
「それから、腕相撲力比べ大会? どうしてそれを開催しようと思ったんだ!?」
次から次へと質問を重ねて申し訳ないがフルールには一度に聞いてしまった方がいい。
一度、フルールのペースに巻き込まれると聞きそびれてしまう恐れがある。
…………と、僕はこれまでで学んだ。
「……あ、失礼しました。興奮して先走りすぎてしまいましたわ」
フルールはハッとすると、すまなそうに頭を下げた。
「まあ、フルールの性格はよく知っているから……それで?」
僕が続きを促すとフルールの顔がパッと明るくなる。
くっ……こういう時のフルールは本当に可愛い……
「そうなのです、旦那様! なんとアニエス様が言うには、ニコレット様とジメ男はお互いを意識しているそうなのです!」
「え? あ、うん───って、パンスロン伯爵令嬢がフルールにそう言ったの!?」
僕はフルールの発言に驚いて目を丸くした。
パンスロン伯爵令嬢が二人の微妙な関係を指摘した? 意外だ……
それとフルール……興奮しているせいなのか、弟のこと普通にジメ男と呼んでいるよ……
(すっかり、ジメ男が定着しているんだろうな)
そもそも、フルールのことだ。
これまで無邪気に踏み潰してきた人たちの名前……ちゃんと覚えているのか?
気にはなるが、それについては今度聞いて見ることにして、今の問題は───
「そうですわ! 私、すごくすごく驚きまして、五回はアニエス様に聞き直しましたわ!」
「五回も……」
伯爵令嬢はなんだかんだで根気よくフルールに付き合ってくれているな。
だが、しかし……
鈍感フルールは弟と辺境伯令嬢の微妙な空気に全く気付いていなかった。
気付いたらはしゃいで興奮するだろうとは思ったが……
これはフルールへの説明を丸投げした僕への伯爵令嬢からの軽い仕返しなのだろうか?
「二人が上手くいけばジメ男の婿入りも夢じゃないそうですわ」
「いやいや、ドーファン辺境伯家に婿入りするのはそう甘くないだろう?」
僕は首を横に振る。
さすがにそれは辺境伯が簡単には許さないと思う。
嫁に貰うならまだしも婿だぞ?
フルール……ジメジメしているからあいつのことジメ男と名付けたんだろう?
ジメジメした男を迎えたいと思うか?
「いいえ! そこはいかに今後、ジメ男が強くなってニコレット様を口説けるかにかかっていますわ」
「口説くって……あいつが?」
先日、弟の中に生まれた仄かな感情を無邪気にポッキリ折ったフルールが今度は口説けばいいという。
さすがだ。フルールに関わると展開は目まぐるしく変わっていく。
「そうですわ!」
「しかし、口説くっていっても……」
腕相撲で辺境伯令嬢と手を組んだだけで顔を真っ赤にしていたのに?
フルールたちは熱だと解釈していたが違う!
絶対に違う! あいつは単純に辺境伯令嬢のことを意識しただけだ!
(あんなに純情では……口説くなんて何十年かかるやら……)
「私、ニコレット様には、絶対に幸せになってもらいたいですわ」
「フルール?」
「ジメ男にはいつまでもジメジメされていては困りますの!」
「う、うん?」
今、フルールの目の奥に炎が見えたような……気がする。
僕の頭の中にメラールがチラつく。
燃え始めているのかもしれない。
「ですから、私は腕相撲力比べ大会を開きたいのですわ」
「……ど、どういうこと?」
ここで腕相撲力比べ大会に繋がった?
そう思って聞き返すと、フルールの目はやる気満々といった感じでギラギラしている。
「私は今、ジメ男の持つ力……秘めた力がどのくらいなのかを知りたいのですわ」
「え? 秘めた力?」
「ジメ男が私の大事な友人のニコレット様とこの先を生きていくのに相応しい漢なのかをこの目で見極めたいのです」
フルールはニンマリと笑う。
この楽しそうな顔、好きだなぁ……
「決闘や殴り合いをするよりもシンプルですし、でも、奥も深くて色々なことが分かると思いませんか?」
「フルール……」
(そういうことか……)
「フルール、僕はてっきり腕相撲力比べ大会は二人を急接近させるために開きたいのかと思っていたよ」
「え?」
てっきり僕はフルールが大会を開きたいと言ったことにはそんな裏があるのかと解釈していた。
まあ、腕相撲力比べ大会で急接近出来るのかは謎だが。
二人は現在、師弟関係ではあるけれど、とにかくもっと接点を作って無理やりくっつける作戦でも立てたのかと。
だが、そういう周りのお節介というものは時に余計な火種を生むこともあるから危険なわけで───
「まさか! それとこれとは別です。違いますわ」
フルールはあっさりそれを否定した。
「違うの?」
「違いますわね。私はあくまでも大会を通じてジメ男の秘めた力を見たいだけですわ」
「じゃあ、これを機会に……二人を急接近させてくっつけちゃおう、みたいな気持ちは?」
「急接近させてくっつけちゃおう、ですか?」
フルールが不思議そうに首を傾げた。
その反応に僕の方が驚く。どうしてそんな顔をするんだ?
「……えっと、旦那様。私にはよく分からないのですけど……」
「うん?」
「恋とは、自分で掴みにいくものではありませんの?」
「え?」
そう口にするフルールの顔は大真面目。真剣な表情だった。
「周りのお膳立てでくっつく? そんなものに頼るよりも私は、恋でも何でも幸せは自分の足で掴み取りにいきますわ」
「フルール……」
「ジメ男もニコレット様とこの先の人生を生きたいのなら、自分の足で掴みに行くべきです」
そう言われて僕は、フルールに迫られて押し倒された日のことを思い出した。
先に想いを告げたのは自分だったけど、フルールはそうやってあの日、僕のことを掴みに来ていたのか……
そう思ったらつい顔が緩んでしまう。
「と、いうわけで腕相撲力比べ大会……開催しましょう、旦那様!」
「……」
ねっ? ねっ? と迫ってくるフルールがめちゃくちゃ可愛い。
そんなフルールの可愛さについつい流されそうになるが、ハッとする。
フルールは、この大会は弟の秘めた力を見極めるためと言ったが……
「……フルール」
僕はガシッとフルールの両肩を掴む。
「どうしました?」
「この、腕相撲力比べ大会? は、確かに弟の力を見たいというのもフルールの中にあるとは思うんだけど」
「けど?」
「───ただ単純にフルール自身が自分の力を確かめたい……ってことの方が比率的には大きいんじゃ……?」
「……」
フルールが黙り込んだ!
下を向いたぞ!
でも、すぐ顔を上げた!?
その顔は、頬を赤くして、えへっと少し照れたような笑み。
(やっぱりかーー!)
フルールは、やっぱりどこまでいってもフルールだった。
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